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耶槻。会話多め。雑然と。




「どうしたの、難しい顔して」
「…難産です」
「え?ええ!?」

現状を伝えれば、寿さんは驚いて、いつものオーバーリアクションで仰け反ってみせる。

難産とは勿論、曲である。
なかなかアレンジが決まらない。ここぞ、というのが見つからないのだ。
ぐったりとテーブルに突っ伏していると、寿さんが頭を撫でる。
…というかなんでうちの事務所に寿さんが居るのだろう。不思議に思ったが、そんな事より曲だ。いつもは湧いて出るものが今回に限って出てこない。
すると、なにを思ったのか、寿さんは私の腕を掴んで立ち上がらせた。
何事か、と思えば。

「じゃぁ気分転換にでも行こー!!」
「は?」
「は?じゃないよー。ドライブとかどう?少しはリフレッシュできると思うよ!ちょうど俺、この後空いてるし」

もう言うと同時に私は寿さんに引きずられるようにして、事務所の玄関を潜るところだった。

「だぁいじょーぶ。高山さんには俺から言っとくから」

そういう問題じゃない。とは思ったが、ここまで来たら諦めるしかない。
大人しく、寿さんの車に押し込まれた。



ガタガタと少し不安な音を立てる車はだいぶクラシカルで、見た目可愛い。寿さんに似合ってるかもしれない。
窓も手動で開けるタイプで、そういうの初めて見た。

「さぁて、何処に行こうかなぁ。耶槻ちゃんは何処がいい?海?街中?」

何故に海と街中の二択しかないのか気になったが、多分だけど寿さんの行きたい所は海なのだろう。

「…じゃぁ海で」
「おぉ!気が合うね。俺も海行きたかったんだぁ」

合わせたのは、気まぐれだ。




「…寿さんは、どうやってスランプから抜け出しました?」
「え?スランプ?」
「七海さんが曲書く前まで、雰囲気違いましたよね」
「あー。よく気付いたね」
「まぁ一緒に仕事する前は勉強しますからね」
「あれー俺に興味持ってくれたからじゃないんだ?」
「仕事としては興味ありますよ」
「あちゃー仕事絡みかぁ」

何を残念がってるのかは分からなかったけど、興味はある。どうすればスランプから脱する事ができるのか。

「やっぱり、熱意とか、なんですかね」
「うーん、そうだなぁ」
「七海さんの曲は本当に素敵ですから。歌う人の事を凄く考えてるんでしょうね」
「そういう耶槻ちゃんはそういうの無いの?」
「いや、無い事はないんですけど。あぁ今スランプかぁって気はしてます」
「え、今スランプなの?」
「湧かないんですよ。感情が」
「仕事のし過ぎかな。息抜きとかしてないでしょ?」
「…そうですねぇ」
「今だって仕事の話だし。もっと趣味とか好きな事ないの?俺、耶槻ちゃんの好きな物とか興味あるんだけど!」
「好きな物ですか…仕事に直結してます」
「だぁぁダメじゃーん」

私は兄と2人で永井さんを見返す為に今までやってきた所があって。その中で音楽が一番楽しい事になっていた。

「あ、でも」
「ん?」
「咲さんは好きですよ」
「あー、仲のいい盤の」
「というか、一応お付き合いしてるはずなので」
「一応って!」
「自信はあまり…」
「自信持って行こうよ!って言うか俺早速失恋!?」
「失恋?」
「あぁいやこっちの話。でもこうやって俺と2人でドライブとか、彼は許すの?」
「そこなんですよ。自信なくて」
「俺が狼さんだったらどうするの!」
「狼さんなんですか?」
「…いやそこ純粋な目で見られても」

そうだ。私の好きな物。咲さん。
彼と出会って世界は変わった。音楽漬けの日々は変わらなかったけど、見返そうとかそういう感情はなくなった。

何となく、元気のなくなった寿さんだけど、海に着くとはしゃいでた。
私はそれを眺めるだけで、大の大人が1人海ではしゃぐ。だいぶ痛い絵面になったんじゃないかな。

そうか。咲さんに慰めてもらおう。

そう私の方は元気をもらって、また事務所まで送ってもらった。
帰り道、寿さんは終始空回り気味だったけど、大丈夫かな。
人の心配ができるまで、余裕が出来た。
寿さんには感謝だ。
今度、何かお返ししよう。





咲さん!

日枝。心配される。




なかなか。しんどいものはあって。ここはこう、そこは違うとか。今まで以上に麺と過ごす時間があるとぶつかり合いもある。私はこれがいいと思っても他麺がいいと言わなければ変えなきゃいけないし。かと言って妥協したくはない。
切磋琢磨。日向さんにそう言われて納得してしまった。あぁこれが私たちの在るべきスタイルなのだと。
また明日。そう言って施設を出て、明日、がある事を嬉しく思う。

最近顔色が良くないね。そう言われたが、絶好調だ。幸村くんは浮かない顔をしたけど、私は至って健康だし、寧ろ心が潤って仕方ない。それに加えて。あまり寝てない様だが。と柳くんが言う。何故、私の睡眠時間を知っている?と思ったが、お隣さんだ。帰宅時間くらいは分かるかもしれない。実際、私はショートスリーパーの様であまり長い時間寝ない方が調子がいい。まぁ悪ければ寝るまでだけど。何より今は心が潤っているので、絶好調だ。仕事詰めすぎなんじゃない?。と幸村くん。そんな事はないです、好きでやってるので。そう?やっぱり顔色は優れないよ。と押されて、何故か柳くんに保健室に連れて行かれた。ゆっくり休んだ方がいい。だから私は。俺を不安にさせないでくれ。…そう言われても。いいから今は休んでおけ。若干の命令口調で言われて押されてしまった。私は不本意にもベッドの中だ。と言うのもたまたま居合わせた仁王くんが監視役として、サボりではあるが見張っているのだ。ただ無言で私を見ているので、上体を起こして、見詰め返す。そうすると居心地悪そうに目を逸らすのだ。
寝ときんしゃい。見られてたら寝る気も失せます、それ以前に眠たい訳ではないので。うちの参謀があんなに心配しとるんを初めて見たぜよ。…そうですか。お前さん無理しとるんと違うか?。寧ろ潤ってますけど。比重を考えんしゃい、学業が基本じゃろ。サボってると説得力に欠けます。痛い事を言うのぅ。そんなやり取りをしていたら、携帯がメールの着信を知らせる。開いてみると、日向さんからで。今日の練習は休みだ、と書いてあった。麺にも一斉送信されていて、何だかやる気を削がれる。とはいえ、上からのお達しだ。仕方ない。
一気に暗い顔になったのだろう、仁王くんが心配そうに見ていた。今日はお休みになりました。ほぅ、漸くゆっくり出来るのぅ。…そんなに余裕無く見えましたか?。まぁ働き蟻みたいなもんじゃの。実際働いてはいましたけどね。しかしあれじゃ、参謀と仲良く帰れるのぅ。は?。今日庭球部も休みじゃ。はぁ…。仲良く、というのはよく分からないが、帰り道は一緒だ。久々に家で夕飯を食べる気がする。自炊面倒だな。そんな事を思っていると、参謀には伝えておくぜよ。とそういうとこお節介。
まぁ取り敢えず、今は寝ときんしゃい。そう言って仁王くんも隣のベッドに潜り込んだ。

樋崎。act.17。

ふよふよと、身体が浮く感覚が心地よくて。
でもパチンと、何かが弾けた音がして目が覚めた。

天井と、一番に視界に入ってきたのは、泣き顔の中田さんで。
なんで泣いてるんだろうってぼんやり思いながら上体を起こしたら、抱き締められた。
肩が温かくて、あぁ涙かと冷静になれた。
それから気付いたのは、中田さんの肩越しに見えた、真田さんと幸村さん。
それに男子庭球部の面子が揃っていた。
なにやら大ごとになってる気がする。

「なんで…なんで助けたのよぉ」

中田さんは情けない声を出して、抱き締める腕に力が入る。
なんでって。
わたしも無理矢理連れてこられて、リンチなりなんなり受けるところだったんだ。
それに、口振りから、囲んでた女子生徒たちが女子庭球部の人たちって分かって、この前のゲームのせいで中田さんの立場が無くなってるのは言わずもがな。

「ごめんなさい。わたしのせい」
「謝らないで。惨めになる」

泣きながらそう言われたから、何となく彼女の背中を撫でた。

さて。問題は保健室に集まった男子庭球部の面子だ。

「中田さん、そろそろいいかな」
「あぁ、うん。樋崎さんありがとう」

ポンポンと肩を叩いて、中田さんは保健室を出て行った。

「ねぇ、何で無茶ばかりするの?」

幸村さんが超絶笑顔でわたしを見つめる。怖い。

「そんな事より、樋崎。身体はもういいのか?」
「そんな事、なんて酷いな、真田は」
「む…」

真田さん、そこ言い勝って!って思ったけど、幸村さんの笑顔には誰も口出しできない。

「そうだね、質問を変えよう。なんであの場所に樋崎がいたの?」
「なんか、無理矢理引っ張っていかれて…」
「女子の嫉妬はドロドロぜよ」

口を挟んだのは仁王さんだった。
なんだろう、この大人な意見は。的を射てる分つらい。

「その頬も心配ですね。淑女を殴るだなんて紳士のやる事ではありません」

最近知り合いになった柳生さんが、静かに言葉を落とす。

「でもあれだろぃ。コイツ1人であの数の野郎共やっつけたんだろ。とんだ根性だな」
「それは俺が稽古をつけていたからな」

真田さんが言う通り。
わたしはたまに真田さんに居合の稽古をつけてもらっていた。
そのおかげもあって、今回は助かったという訳だ。

ノートを取る柳さんの横で、幸村さんが何か言いたげにこっちを見ている。

「そうだ、これお前んだろ。体育館の前に落ちてたんだよ」

切原くんがわたしの薬ポーチを差し出して、あぁそうだと、受け取る。

「ありがとう」
「お前、普段からんなもん持ち歩いてんだな」

中身を見たのか、表情を曇らせてわたしを見る。「んなもん」というのは薬だろう。頓服とはいえ、いっぱい入っていて、そりゃぁ驚くだろうな。
それに、真田さんが浮かない顔をした。

皆は知らない。

言葉に詰まっていると、空気を読んだのか柳さんが真田さんと幸村さんを残して退室するよう促した。
それに流されて、皆、保健室から出て行く。


「…ご迷惑お掛けしました」
「迷惑じゃないよ。心配した。真田が顔色変えるんだもん」
「な、」
「すみませんでした」
「ちょうどポーチを見つけたのが俺たちで良かったよ」
「そうだな。中身を見られたのはあまり良くなかったが」
「そうだ。教えてよ、真田と樋崎の共有してる秘密」
「…」
「…」
「なんで黙るの。俺そんなに信用ない?」
「そうじゃないんですけど…」
「樋崎が煮えきらん事には俺からは言える事ではない」

あ、真田さんが丸投げした。
くそぅ。

「…いつか。落ち着いたら、話します」
「そう」

幸村さんの返事は案外呆気なくて、安心した。と思ったのに。

「真田の知らない樋崎も教えてもらうから」

と。またしても超絶笑顔で言われてしまった。


どう頑張っても太刀打ちできない。

樋崎。act.16。


女子庭球部のエース、中田さんが座り込んでいて。
それを取り囲む女子生徒たちがいて。
更に男子生徒も何人かいて。

わたしはどうしようもなくて、男子生徒が手を上げたから、中田さんを庇うように、男子生徒に殴られた。きっとモミジできてる。ジンジンと痛い。

女子生徒たちの笑い声。

偶然。
本当に偶然で。中田さんの後ろに竹刀が落ちてた。ここ体育館倉庫でよかった。
わたしはそれを手に取り、男子生徒たちと向き合った。

呼吸を乱すな。

そう稽古をつけられて、それを思い出す。大丈夫、わたしはやれる。

冷やかす声が聞こえるけど、冷静に。
竹刀を掴みにかかった男子生徒の手を叩き落として、そのまま頭の真ん中を狙って振り下ろす。面。
お前ふざけんな!と殴りかかってくる人を避けるようにして振り抜く。胴。

呼吸を乱すな。

それだけ頭に入れて、淡々と男子生徒を叩き伏せていく。
それに危機を感じたのか、今度は女子生徒が中田さんにハサミを向けた。
それを許す訳にはいかない。小手。


気が付けば、男子生徒の死屍累々と隅に座り込んだ中田さん。蜘蛛の子を散らすように逃げていった女子生徒たち。


扉が開いて、薄暗かった倉庫の中に光が入る。
あぁやってしまった。竹刀を落として、力の抜けた膝から床に落ちる。

真田さんたちの声。

なんで居るんだろう。そう思いながらわたしは意識を飛ばした。

朱華。口出しのできない未練。




私はただ。




「八樹さんのこと嫌いになったんですか?」

そう伊織さんに言われて、静かに首を横に振る。
どうしよう、泣きそうだ。

「じゃぁどうして?」

ゆっくり、優しい伊織さんの声が、逆に私を追い詰める。

「…怖いの」

震える声で答えると、伊織さんは背中をさすってくれた。次の言葉を促すように。

「あの時、離された手が
また離されるんじゃないかって…」

怖い。
最後は消えるような声を、振り絞った。
涙が握った拳に落ちて、視界は曇る。

ずっと考えないようにしてた。
なのに、八樹くんは何度も隣にきて、たまに手に触れる。
その度に手を引っ込めては、お互いに傷付く。
それなのに、八樹くんは懲りないのか私の隣に来る。
そろそろ呆れられてもおかしくない。
これ以上、傷付けたくない。

「決着、つけないと、ですね」

途切れ途切れになりながらそういうと、伊織さんは苦しそうな顔をする。
ごめんなさい。迷惑かけてる。

涙を拭って、できるだけ安心させれるように笑う。
やはり伊織さんは笑ってくれない。









「朱華ちゃん!」
「八樹くん、あのね、」

お別れしよう、って言葉は続けられなかった。
何故か私は八樹くんの腕の中に居て、身動きが取れない。
ついでに後頭部を押さえられて、八樹くんの胸に押し付けられる。
喋るなって言われてるみたいで、というか呼吸すらままならなくて、頑張って身を捩る。
首元にかかる八樹くんの息に、ドキドキする。
ダメだ。
私は今日お別れしようって言わなきゃ。
これ以上、八樹くんを傷付けたくない。
無理矢理2人の間に空間を作って、再度八樹くんを見上げる。
口を開いた瞬間。
八樹くんが口を塞ぐ。キス。
これには身体も頭も固まってしまって、真っ白になる。
呆然と、八樹くんからのキスの雨を受け入れてしまって、私の覚悟は揺らいでしまう。

長いキスの後に八樹くんは、ごめん、と呟いた。
身体は抱きしめられたまま、八樹くんを見返した。なにが?

「伊織ちゃんと話してるの聞いてた」
「あ…」
「ごめん。俺ひどい事したね。ずっと朱華を傷付けてた」
「ちが…それは私が」
「違わない。悪いのは俺だよ。本当にごめん」
「っ…」
「これからは絶対離さないから。朱華が俺のこと嫌いになっても」
「嫌いになんて、」

なれるはずない。
八樹くんは優しいから。悪いのは私なのに。





心臓を握り潰される思いだった。
朱華ちゃんがそんな事を思っていたなんて。
俺がそう思わせてた。
ごめん。大好きなはずなのに気付いてあげれなかった。
深く傷付けた。挽回はできるだろうか。
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