「アイドルの恋愛は禁止なのでは?」
一ノ瀬くんが、冷たい目で私を見てきた。
それは重々承知だ。
でも、それは学園内での話であって、入学前から付き合っていた私たちは、学園長の許可も得ていた。
半ば、某財閥の圧力はあったかもしれないけど。
「そうですね」
それだけ返すと、一ノ瀬くんは不満気に私を見る。
「貴方だけ優遇されるのは不公平だと思いますが」
「既にアイドル活動してる人に言われたくないないです」
「な、あれは双子の…」
「兄弟なんてよく学園長が信じましたね」
そう言うと、一ノ瀬くんは口を噤む。
悔しそう。
「別にバラすつもりはないので、気に病まないで下さいね」
私のはバラしても結構です。
そう付け加えて、彼に背を向ける。
「ゆし。バレちゃった」
「ほうか。せやけど、堂々とできるやん」
「まぁ学園長のお墨付きだからね」
「せば、自分、アイドルコースにも誘われたんやて?」
「そうなの。私は作曲家だけでいいのに」
「勿体無いやん」
「でも…」
「やれる内にやっといたがええで」
「…そうかな」
「せや。後悔せぇへんようにな」
「…やってみる」
「おう、その意気や。応援してるで」
「ありがと」
こうやって、恋人には励まされて、今日を生きていく。
「楽しくなさそう」
その呟きが聞かれてるとは思ってなかった。
再提出の曲を持ってスタジオに向かうと、前のペアが歌い終わるところだった。
歌っていたのは一ノ瀬くん。
クラスのトップレベルの人。
でもなんか歌い方が好きにはなれなかった。
そんな事より、私の曲だ。
手の空いた日向先生に楽譜と曲を渡す。
流れる曲と、あまり聞きたくない自分の歌声。
曲を聴いてる間、日向先生の眉間にはシワが寄りっぱなし。
落第かなぁと不安になっていると、曲が終わった。
少しの沈黙。
日向先生は考え込んだように、表情が暗い。
合わせたように私の顔もショボンとしてしまう。
「お前」
「…はい」
「アイドルコースに変更する気はないか?」
「は?」
頭は真っ白だ。
は、私がアイドルコースとか。意味分かんない。
「…いや、作曲能力も申し分ない。勿体無いな」
言った鼻から、自分の言葉を否定する日向先生に私は戸惑うばかり。
様子からして日向先生も戸惑っているようだ。
「…ちょっと待ってくれ」
珍しく、弱気に見える日向先生に、頷くしかなかった。
何がどうなった?
頭を抱えた日向先生は初めて見た。
というか戸惑う姿も、全部、初めて見る日向先生だ。
「楽譜と音源、借りるぞ」
「…どうぞ」
暫くして、日向先生がいつもの日向先生に戻った。
音源、どうするんだろう。
というか私の判定はどうなったんだろう。
後日。
学園長室に呼ばれる事になって、ギャル子さんに、ざまぁって顔された。
え、私なんかした?
ペア、というのは残酷なもので。
一匹オオカミやってる私は偶数人数のクラスで誰と組む事になるのか、そんな事を漠然と思っていた。
そしたら、クラスでも結構ギャルなギャル子さんと組む事になった。
彼女たちがつるんでいるのは奇数人数だったらしく、ジャンケンで負けて、余り者の私と、という事らしい。
今回の宿題は、作曲家コースとアイドルコースがペアになって曲を仕上げるというものだった。
ギャル子さんと顔を合わせるや否や、彼女は「テキトーに作って」と宿題を丸投げしてきた。
まぁ協調性に欠ける私としては願ったり叶ったりな申し出だった。
ギャル子に合わせてギャルギャルした曲がいいなぁなんて思いながら、音符を浮かべる。
1日、丸っとかけて曲を作って、ギャル子さんに提出すると、楽譜を見て「こんなの歌えない」と却下された。
困った。
翌日、また違うアプローチで曲を作るも、やはり却下された。
しかし分かった事もあった。
彼女は音域が狭い。ロングトーンも苦手。
それを考慮して、3日目。
漸くギャル子さんが「歌える」曲が出来た。
あとは日向先生の前で披露するだけ。
それまでに練習してくれてるといいんだけどな。
そんな嫌な予感は的中するんだ。
率直に、B判定だった。
ギャル子さんは私を睨み、楽譜を押し付けて、スタジオを出て行った。
その様子をなんとなく眺めていたら、日向先生が眉間にシワを寄せて私を見た。
「お前、今の曲で満足してるのか?」
「ギャル子さんには合ってると思いますけど」
「…お前は補習だ。自信を持って出せる曲作って持って来い」
「はい」
流石は現役アイドル様。
見抜かれた。
あの曲は、余りにも稚拙なギャル子さんのレベルに合わせた稚拙な曲だった。
だって「歌えない」と言われてはどうしようもなかったから。
再提出を言い渡された私は、最初に作った曲をアレンジし直した。
まぁ、自信作とまでは言わないけど、自分らしい曲だと思ったから。
歌はどうするかと考えたけど、仮歌だけ。
作曲能力を問われているのだから、それで問題ないだろう。
明日持って行こう。
そう思い、私はベッドに潜った。
「この写真、可愛いよね」
不二周助がチラリと見せた携帯画面は、この前、サヨが撮った写真だった。
「なっ!」
「ちょっと、待ち受け?」
皆が帰った後。
サヨと不二周助と私。
不二周助はニコリと笑って携帯をチラつかせる。
携帯の中にはパジャマでサボテンを手にする私の姿…。
絶句する私と、なんとか不二周助から携帯を取り上げたいサヨ。
身長差で届いてないけど。
「…どうしたら消してくれますか?」
色々と文句は言いたかったけど、取り敢えずはそこだ。
「消すなんて勿体無いじゃない」
クスクスと意地悪に笑われて、絶対に消さないと宣言された気分だ。
「まぁ保護設定してるから、他の人からは消せないけどね」
なんてこった。
笑顔で恐ろしい事を言う。
「やめてよー、私と周助、待ち受けお揃いじゃん!」
「は?」
ちょっと待て。
サヨ、今なんて言った?
「…なんで、2人して待ち受けなんかにしてるの?」
「「可愛いから」」
「だー!!」
分からない。分からないよ。
何この人たち。
頭を抱えていると、サヨと不二周助はお互い待ち受けを変えるように言い合っていた。
「僕は七田さんがいいんだけどな」
「私だって、しっちーがいいの!」
「七田さんは迷惑かな?」
「迷惑だよ!変えて!」
「サヨには訊いてないって。ね、七田さん?」
「2人とも頭打った?」
「なんでそうなるの?」
「それはこっちの台詞です」
「私がしっちー待ち受けにしてるのはおかしくないよね?」
「いや、私単品はおかしいよ」
「えー!」
なんとか2人の待ち受けを変えさせたいんだけど、頑なに。
本当、頑なに嫌がるから意味が分からない。
…妥協案。
「じゃぁ、サヨはカズホと3人で撮ろう」
「あ!それいい!!」
「じゃぁ僕は?」
「サヨと3人で」
「ふふっ、仕方ないなぁ」
という事で、どうにかパジャマ姿は免れられそうです。
「それ撮るまではこのままだけどね」
「はぁっ!?」
周助がしっちーの事を気に入ってる。
好意を通り越してるのは、長い付き合いだから分かる。
やっと、そういう相手が見つけられたんだって、安心する。
「やぁ」
「…どうも」
今日はサヨの後ろに大勢の人が付いて来た。
恨めしくサヨを見れば、困ったように笑みを浮かべた。
全員、庭球部の面子だ。男ばっかり。
むさい。
「カズホも誘ったんだけどね、」
「なんでカズホ誘ってそうなる?」
「ごめんってー」
病室は大部屋に移ったから、他の患者さんの迷惑にならないように共有スペースに場所を移して。
「女子で50周完走したの初めて見たにゃー」
「その前に、女子が50周走る事自体が初めてだったな」
「よく走り切ったね、すごいよ」
「何かスポーツでもしてたのかな」
上から菊丸英二、乾貞治、河村隆、大石秀一郎だ。
2年の2人は、走った原因の一端でもある訳で、気まずそうに下を向いていた。
「…なんで庭球部が揃いも揃って来たんですか」
沈黙を貫こうとしていた手塚国光に声を掛ける。
お前、部長だからな。
引き連れて来たのはサヨだけど、許可したのは手塚国光だろう。
「そんなの、七田さんと話してみたかったからに決まってるじゃないか」
「は?」
代わりに返事をしたのは不二周助だった。
「ねぇねぇ!俺もしっちーって呼びたいにゃ」
出た、猫語。
本当にそんな言葉使いなんだ。引く。
しかも馴れ馴れしい。
「こら英二、馴れ馴れしいぞ」
「えー!大石羨ましいんだにゃ」
「そんな事はない!」
「ホントかにゃぁ?」
「まぁまぁ。ねぇ、七田さんはなんて呼ばれたいのかなっ?」
そこで私に振ってくるか、河村隆。
侮れぬ。
そして何気にノートを開くのを止めてくれ、乾貞治。
「僕は××って呼ぶよ?」
「それはお断りします」
不二周助が下の名前で呼ぼうとするから、全力で拒否しておく。
「仕方ないな。じゃぁしっちー?」
「なんで耳元で囁く必要があったの!」
突如、耳元であだ名を囁かれて、鳥肌が立った。
それに気付いたサヨが、私と不二周助の間に割って入る。
「もう!皆いい加減にしてよ!」
「サヨ、病院」
「あ…」
サヨが声を上げるから、取り敢えずここが病院である事を思い出させる。
周りが少し騒ついたけど、自分たちが学生である事が助けだった。
若いねぇという視線だけで済んだ。
「今日は、謝りに来たんだ」
手塚国光が口火を切った。
サヨに関わるなと、冷たく当たった事。
試すように50周走らせた事。
そのせいで入院させてしまった事。
口々に謝罪の言葉を告げながら頭を下げるから、なんかすごい絵面。
それってすっごい気まずい。
サヨは満足気に腕を組んでその様子を見ていたけど。
「いや、もう済んだ事だし、いいですよ」
「いや、よくない。すまなかった」
なんと言えばこの絵面から解放されるのか。サヨに助けを求めれば、ふふんと鼻を鳴らした。
「皆、許すって」
「本当に?」
私の代わりに、サヨがそう言うと、単純かな、ゆっくり顔を上げる面々。
…流石、付き合いが長いだけあるな。扱いを心得てらっしゃる。
「皆がサヨの事、大事に思ってるのが分かったので」
嫌味も込めて。
苦笑いを浮かべれば、今度はすごい笑顔が返ってきた。
「今度はしっちーも、大切な仲間にゃ!」
「いや、私はサヨとカズホで充分です」
「えー!」
それからは険悪なムードもなし。
長居は無用だと、サヨと不二周助を残して帰って行った。