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朱華。愛される。



抱き潰した。
目が覚めても、全身の痛みと怠さで動けなくなるくらい。

すると布団を口元まで隠した朱華ちゃんは目を赤くして俺を睨む。
あぁそれさえ俺を煽る材料でしかないのに…。

「…動ける?」

動けない事は重々承知で、敢えて訊いてみる。
朱華ちゃんは、顔を真っ赤にして布団に隠れるようにして、首を横に振った。

…可愛い。

俺は制服に着替えていたのだけど、それは反則だ。
また普段着に戻って、ベッドに滑り込む。
朱華ちゃんは何事かと慌てたけど、そのまま朱華ちゃんの身体を抱き締めた。

「全部俺のせいだよね?」

クスリと笑うと、下着姿の朱華ちゃんを強く抱き締める。
もう抵抗をする気力がないのか、大人しく、俺に恐る恐る手を回して、しっかり抱き返してくれた。

幸せだ。

「今日、学校どうする?」

分かっていて訊いてみる。
腰が立たないくらい愛してあげたから、きっと動けないだろう。
案の定、俺の腕の中で朱華ちゃんは首を横に振った。
そして、

「…むり」

掠れた声で、弱々しく答えた朱華が愛おしい。




愛しいひと。

灯色。凱旋。




「二枚落ちでいいぜ」

そう言った鉄くんに、思わず眉間を押さえてしまう。
さっきまでの「筒井くんごっこ」は何処へ行ったんだ。
バッ、と扇子を広げて、臨戦態勢。
こうなると、火が付いてしまって鉄くんは止められない。

まぁ確かに。
私たちが受け継いだ将棋部に、ナメた態度で入部されたのは、正直快いものではない。
体育会系ノリで何が悪い。
どの世界も、実力が全てだ。

そんなで。
岡村くんと名乗った彼は、泣き面で鉄くんの言う通り囲碁部に入る事になった。

私はそれを傍観していたのだけど、少しだけウズウズしてしまって、現部長をしている彼と一局交えた。勿論、囲碁の方。
なかなか、実力が出せないのか。弱気の見える打ち方に、私は指導碁に切り替えた。
まさか私が指導碁を打つことになるなんてね。今までは相手が鉄くんだったから、全力で挑んでいたのだけど。
囲碁でも将棋でも勝てた試しは片手で数えれるくらいだ。

ひと段落、というか、鉄くんの囲碁部でのご遊戯が終わって、漸く将棋部に顔を出した。
顧問の先生が鉄くんと私の肩をバシバシと叩く。

「さぁ先輩の胸を借りるつもりで挑んでこい!!」

そう勝手に言われて思わず苦笑い。
そういえば将棋部の女の子は少ない。
2人ずつを二面差しで相手をした。
勿論負ける訳にはいかない。そんなプレッシャーを感じながら、どうにか勝ちを取る。

遠くの方で、こちらを見ている男子生徒たちが居た。

「あ、あのっ。加賀先輩は怖くて…」

どうやら小心者だったらしい。
私が相手をしようかと思った時だった。

「おいおい、男なら向かって来いよ」

そう言って、鉄くんはその子たちの腕を引っ張って自分の前に座らせた。
ご愁傷様…。



「どうだ。骨のあるヤツは居たか?」

顧問の先生が、駒を片付けている時に声を掛けてきた。

「まだまだだな、根性が足りねぇ」
「鉄くん厳しいね」
「本当の事を言ったまでだ」
「ハッハッハ、お前らを呼んで正解だったな」

そう言ってまた肩を叩かれる。

「また頼んだぞ」
「…仕方ねぇな」

鉄くんは満更でもないような表情で笑った。

「衣笠は面倒なヤツと一緒になったな」
「そうでもないですよ?」
「モノ好きだな」
「変わってるってよく言われます」

ニコリと笑うと、顧問の先生は困ったように笑った。

「難あり物件だからな。飽きたらいつでも別れるんだぞ」
「今のところ予定はないです」
「惚気やがって」
「ふふっ」

「おい、灯色。帰るぞ」

そう大きくはない声で鉄くんが私を呼ぶ。
ちょっと不機嫌だ。


「すぐ行く!それじゃぁ」
「あぁ気を付けてな」


カブに跨った鉄くんが不機嫌全開で私を見遣る。
私は苦笑いを浮かべて、自分の乗ってきたスクーターに乗る。

「惚気だって」
「なんだよそれ」
「まんまの意味」


それぞれ、家に着いたのは夕方を少し過ぎたところだった。


嫉妬屋さん。

朱華。巻き込み事故。



払い飛ばしたのが、まさか君だったなんて…。


確かに、正気ではなかった、と思う。
でもそれは、相手の男が朱華に危害を加えたからであって、制裁だと思っていた。

なのに。

ペラペラと朱華に関する事を口にされて、頭に血がのぼった。
持っていた竹刀を全力で振り下ろした。
それも、何度も、だったと思う。
正直記憶は曖昧だ。

そして、俺は仲裁に入った朱華の身体を払い飛ばした、らしい。

相手の男は完全に気を失っていた。

肝心の、朱華も。
俺が払い飛ばした際に壁に頭を打ち付けて気を失ってしまった。
それには一気に血が引いた。

「朱華!」

我に返って、朱華に駆け寄る。
頭からは少しではあるが、血が出ていた。
ぐったりとした身体を抱き留める。

俺が傷付けた。

誰が呼んだのだろう、到着した救急車に朱華を乗せて、俺も付き添おうと思ったが、その資格がない事に気付いて、その場に居合わせた伊織ちゃんに任せた。






-+-+-+-+



八樹くんの瞳孔が開いているのを見て、ヤバいんだって、改めて思った。
止めなきゃ、相手の男の人を殺しちゃう。そんな勢いだった。
何度も竹刀を振り下ろすのを止めようと、後ろから抱き止めようと思った。

抱き締めた、までは良かった。
このまま落ち着いてくれたらと、思ったのだけど、八樹くんは人の判別もつかなかったのか、私は簡単に突き飛ばされてしまった。その時の八樹くんの冷たい目は、普段私に向けられるものと、全く違って、恐怖を覚えた。

ガツン

という音と共に頭に衝撃と痛みが走る。
ズルリと身体が床に落ちた。
手足に力が入らない上に、視界も歪んできた。
これ、本格的にヤバいやつ…。


そのまま私の意識はブラックアウトした。

朱華。調理実習。




八樹くんが、女の子に囲まれて、困ったように笑っている。
背が高いから、その表情を伺うのは簡単で、私は遠くからその光景を眺めていた。


今日は普通科の私たちは、調理実習があって、マフィンを作ったのだけど。
私の班は上手く作れなくて。
同じ班だった子が、好きな人に渡したかったのに、と肩を落としてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
分量や焼き時間は教科書通りだったんだけどなぁ。

不格好になったマフィンを適当に包んで、私はそれを家で処理しようと思っていた。
そんな事を考えながら、放課後、八樹くんとの待ち合わせ場所に向かう。
すると、冒頭に戻る訳で。
どうやら、八樹くんに集っているのは今日調理実習を行なった普通科の女子生徒だったらしい。
その手には、可愛らしくラッピングされたマフィンが握られていた。

優しい八樹くんならどうするんだろう?
少しの好奇心が顔を出して、私は彼の行動を眺めていた。

どうやら必死に受け取りを断ってるみたいだけど、こういう時の女子生徒はしぶとい。それは私も知ってる。
完全に困り果てた八樹くんが可哀想で、遠くからではあったのだけど、気付くかな?手を振ってみせた。
すると、それひすぐ気付いた八樹くんが、女子生徒の輪から飛び出してきた。
そして一言。

「ごめんね、俺好きな人からしか貰わないから」

そう言えば、何人かの女子生徒は卒倒し、他の生徒は渋々といったように、その場から散っていった。

「…お疲れ様でした」
「困ったね、こんなことになるなんて」
「ふふっ、八樹くん人気者だから」
「そんな事…」

ない、とは言い切れず、歯切れ悪く笑う。

「朱華ちゃんは、作ってくれた?」
「え?あぁ、えっと…」
「どうしたの?」
「失敗、うん、失敗しちゃって。お見せできない」
「そんな事ないよ!俺、朱華ちゃんの欲しいな!!」
「うーん」

渋れば、ね?と
押し切られてしまう。

渋々、嫌々。
さっきの女子生徒とは正反対なシンプルな包装をしたマフィンを取り出し、渡す。
すると、目を輝かせて八樹くんはそれを受け取ってくれた。

「分量とか焼き時間とかちゃんと教科書通りにやったんだけどね」

言い訳をして、八樹くんの様子を伺う。

少し間があって、八樹くんはガッツポーズを取った。

「?」
「朱華ちゃんの初料理!」
「でも調理実習…」
「じゃぁ今度、何か作ってくれる?」
「あー、あぁ。まぁ私で良ければ」
「朱華ちゃんだからいいんだよ!」

そう力説されて、思わず溜息が出た。




そんなのいつでも作ってあげる。
喜んでくれるなら、ね。

朱華。有名になるのも考えもの。



「妖精×妖精、だって」
「私、いつ人外になったんだろう…」
「そこ?」

御幸ちゃんからのゴリ押しで、読者モデルというのをやらせてもらう事になった。
流石にピンショットは恥ずかしかったので、頼み込んで御幸ちゃんと一緒に、という条件を付けてもらって。

今回はふわふわしたイメージで、煽り文には、冒頭の、「妖精×妖精」と書かれていた。
私はいつから人間ではなくなったのか。
首を傾げていると、バシンと御幸ちゃんに背中を叩かれた。

「褒め言葉なんだから喜びなさいよ!」
「御幸ちゃん可愛い…」

女の私から見ても、御幸ちゃんの可愛さは群を抜いてて。頼んだものの、一緒に写っていいのかってくらい、可愛い。

「まったく。朱華の天然も困りものね」
「んー?」
「ほら、そういうとこ」
「え?」
「無意識なのが余計に!」

八樹くんも苦労するわね。
と何故か同情の目を向けられる。
なんなんだ!

雑誌の反響というのは凄くて。
載ったティーンズ誌の中でも有名な雑誌だったらしくて、発売から何日かしか経ってないのに、よく声を掛けられるようになった。
御幸ちゃんは慣れた様子で愛想よく立ち回っていたけど、私はそれが出来なくて。
ただ会釈をするに留まってしまう。
その度に、隣を歩く八樹くんに頭を撫でられる。何故に…!
そしてそれを見ていた周囲の女子生徒が悲鳴を上げるのだ。ここまでがワンセット。

ふと。
八樹くんを見上げると、困ったように笑っていた。

「…どうしたの?」
「うん?あぁ」

なんでもないよ、と笑うんだけど、それは確実に心からの言葉ではないのが分かって、申し訳ない気持ちになる。

「八樹くんは、反対だった?」
「え?」
「雑誌の、お仕事」
「…いや…嬉しいよ?普段見れない朱華ちゃんが見れるんだから」

でも、
と笑みが曇って、なんだか泣きそうな表情をしたのを私は見逃さなかった。

「沢山の人の目に晒されるのは、少し、嫌かな」
「それって…」
「俺だけが見れたらいいのになって」
「…八樹くん」
「ハハッ、独占欲強過ぎだよね」
「っ、そんな事ない!嬉しい」

そう言って、八樹くんの腕に抱き着く。
すると予想外だったのか、八樹くんの肩が揺れる。




可愛い独占欲。
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