二日酔いって、いつ経験してもいいものじゃないな。
痛む頭に、こめかみを押さえて、吐き気が無いだけマシだと言い聞かせる。
「高都さん、大丈夫ですか?」
そう俺を心配してきたのはアキラ君。
うん、今日も優等生だね。
「、風邪でも…?」
うーんと唸った俺の顔を覗き込んで来て、心底心配した様子。
これは、昨日の出来事を話すべきか、悩んだがやっぱり止めておく。
「ちょっと酒豪と飲んじゃってさ」
その酒豪が君の兄弟子さんとは言えない。
これでも俺、大人だかんね。
「高都さん、お酒弱いんですか?」
「いやぁ、普通?」
「研究会の前日でも、飲んだりするんですね」
意外です、と言わんばかりの笑顔に何も言えなくなる。
それ言ったら、君の兄弟子さんもな。
いや、あの人はワクだから飲んでもケロッとしてんだろうなぁ。
くっそ、俺だけ…。
頭はまだズキズキと痛む。
場の空気が変わったのが分かった。
緊張、というヤツ。
それだけで分かる。酒豪の登場。
ピンと張り詰めた空気に、少しでも頭痛が引けばいいのにな。
こんな時でも二日酔いは容赦ない。
「よぅ、高都」
俺の不調を知った上で、わざわざ声を掛けてくるこの酒豪は、本当質が悪い。
昨日は飲んでませんよ、的なその笑みにムカつく(胃が)。
「高都さん、調子悪いみたいで」
そう口を添えるアキラ君に、有難いのやらなんやら。
「みたいだな。顔色が悪い」
そうか、俺は顔面蒼白なのか。
元々血行はよくないけどさ。
分かっていて、というのがホント質悪くて。
わざとらしく、頭を撫でて来る、酒豪。
アンタのせいだろ、と精一杯睨めば、明らかに目を逸らした、酒豪。
なんだ、俺のせめてもの反抗が効いたか?
その横で、何故か顔を赤くしたアキラ君。
なに、と問おうとしたら、アキラ君にまで目を逸らされてしまって成す術ない俺。
途中途中、水分を補給しながら、どうにか研究会を乗り切った。
帰り際、芦原君に飲みに行こうと誘われたが、勿論断った。
高都君冷たーい、なんて知るか。
此処の一派は酒豪揃いなんだよ。
しかも絡み酒ですごく、質が悪い。
いや、酒が入る前から絡んで来るんだよな。
昨日も酒豪のあまりにもな絡みに、仕方なく付き合ったらこのザマだ。
二日酔いなんて、ほんと勘弁。
なんだか今日はぐっすり眠りたい気分で。
上半身の服は脱ぎ捨てて、シーツに包まった。
隣にあった体温は無視して、只管睡魔を貪っていた。
ふいに、全身が温もりに包まれた気がしておもむろに瞼を上げる。
目の前にあったのは、彼の鎖骨。
どうしたの?と笑うから、また目を閉じる。
少し疲れたのかな。
そう呟くようにして、相手の胸元に額を当てる。
仕方ないなぁと髪を撫でて、おやすみのキス。
こうやって相手に預けて眠るのは初めてかもしれない。
ゆっくりと背中に腕が回って、その体温に睡魔が再度襲ってきた。
ただその目に映るくらいでいい。
大切なモノを失って。
その声も失った。
ただ欲しかったのは、キミの体温。
俺の知らない人と仲良くするキミ。
キミはわざとらしく俺から目を反らす。
そして、知らない人と笑う。
たまに、話す事があっても、キミは僕を見る事はなくて。
目を合わせても、俺を見てはくれない。
他の仲間にはそんな事ないのに。
なんで俺だけ。
疑心。
遂に我慢が出来なくなって、キミを突き飛ばした。
何するんだと振り返ったキミは、やっと俺を見てくれて。
そして笑った。
それから。
またキミは俺を見なくなった。
あの笑みはなんだったんだろう。
見間違いだったのだろうか。
疑心と不安と。
どうしたら俺を見てくれるのだろう、そう思って気付く。
何で俺はキミの視界に入りたいんだろう。
疑心と不安と、嫉妬。
「サトル君」
そういえば、その名前で呼ばれるのは久しぶりだった。
無知な結糸が、本当の俺を知った時、どうなってしまうのか、楽しみで仕方なかった。
どうやって教えてやろう。
どうやって染めてやろう。
そんな事ばかりが頭に浮かんだ。
しかし実際はどうだ。
何をしても動じない結糸に恐怖すら覚える。
そういえば、コイツの生い立ちはそれは壮絶なもので、鍛え上げられたトラウマに敵うモノがない事を知る。
増して。
俺の所に転がり込んできた時も、また見捨てられての事だった。
世の中に、興味が無くなったのだろう。
ただ、生きる屍。
なのに、光の無い目で笑う結糸に。
俺の世界を魅せてやろうと思った。
少しは救いになるだろうか。
何処から、
何があれば、
いつから、
歪んでしまったのだろう。
先輩の過去に首を突っ込むつもりは無かったが。
その過去に興味が無い、と言えば嘘だ。
試しに、武末先輩に少し尋ねてみる。
「興味無いわ」
その一言で終わった。
しかしその言い草は何か知っている様で、益々興味が湧く。
それから、先輩について武末先輩にいくつか尋ねる機会を作った。
何処かにヒントは落ちてないだろうか。
それはもう、気付けば必死になっていた。
「最近、武末にちょっかい出してるみたいだね」
先輩に会った時に言われる。
そんな直球で訊いたつもりは無かったが、いつの間にかそうなっていたのだろう。
「あんまり武末困らせないようにね」
止めろと言われるかと思ったら、先輩は特に気にした様子もなく、いつもみたいにへらりと笑った。
「和泉の中ではあれが真っ直ぐなのよ」
その後、武末先輩に言われた一言で、引き際を感じた。