【和気の気功観・気功論/3】
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前回、気功とは、、或いは、気功としての練功は、「自らの生命活動の原動力、肉体と精神のパワーを養い強くしていくための訓練をし、訓練を続け、自分なりの成果を結実させていく取り組み、実践だ」と書きましたが、その為には、まず、〔気〕というものを体感しなければなりません。
気の体感なしには如何なる練功も意味をなさないと言っても過言ではないのです。
先にも書きましたが、その人が立って動いていようが坐ってじっとしていようが、それは表面的な形であって、気の訓練をしているかどうかは全く判らないのです。
外から見て判らない訳ですから、その形を真似していても〔練功〕にならないことは明らかでしょう。
つまり、練功は自分の感覚、気の体感を手掛かりに練功していく以外には不可能だということなのです。
では、気の感覚を体感する為には何から始めれば良いのでしょうか、何から始めれば、気功としての練功に入っていけるのでしょうか。
その答として、私は次の二つの方法から始めれば良いと考えています。
一つは、掌を用いた〔気のボールづくり〕で、もう一つは、掌を胸やお腹に直に当てる〔気功流手当て〕です。
そこで、この二つの練功に取り組んでみることにしましょう。
《気のボールづくり》
(つづく)