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魔術仕掛けの人形 アイリス(仮)

そのうち書きたい小説の断片。分類はラブファンタジーになるかな。
復讐を望む魔術師と人形のお話。
****

「君の名は、“アイリス”だ」
 少女よりは大人びた、だが女性と呼ぶにはいささか幼過ぎる顔立ちの少女に向かって、青年は優しく諭すように言葉をかける。
 うねり一つない銀髪は、腰よりも長く、暗闇の中でもその存在感を示す。
 白い肌は、思わず触れたくなるほど、まるで陶磁器のように滑らかでみずみずしい。
 その身を包むのは、多種多様なレースで装飾された、ドレスにも近いワンピース。淡い水色を基調にしたそれは、涼やかな彼女の顔立ちをよく引き立てていた。
 まるで、アンティークドールに美しい少女。そんな少女が、青年を見つめていた。
 ――何一つ、アイリスと変わらない。
 それに、青年は安心し、満足そうに笑む。

「かしこまりました、マスター」
 だが、長いワンピースの裾を持ち上げ、恭しくお辞儀をする“アイリス”。
 その以前とはあまりに違う態度に、胸が軋んだ。
 姿形は変わらない、瓜二つ。しかし、その心根は全く違う。
(“アイリス”はアイリスじゃない……)
 その当たり前だが、考えることのなかった事実に愕然とした。
 ただ、青年は恋人を取り戻したいと必死で。
 ――それ故に、少女を“作った”。
 否、正確には人形師に人形を作らせ、青年が魔術によって動くようにしたのだ。
 少女は、青年の魔術によって作られた動く人形だ。
 今は、亡き――殺された恋人に似せて。名前も、彼女と同じものを与えて。
 恋人の代わりになればいいと思った。だが、やはりそんな簡単な話ではなかった。

「……“アイリス”」
「なんでしょう、マスター」
「俺は俺の復讐をする。手伝ってくれるか?」
 彼女の代わりにと作った人形に、彼女を殺した人間への復讐を手伝わせる。
 なんて滑稽なのだろう。
 だが、青年に復讐をしないという選択肢はなかった。
「勿論です。私は貴方の所有物。マスター、ご命令を」
 彼女と同じ顔で。彼女と同じ声で。彼女と全く違うことを言う、“アイリス”。
 穏和な彼女なら、間違いなく止めたことだろう。 
 ――“アイリス”は、アイリスではない。
 当たり前だ。そんなことに今の今まで気付けなかった自分は、どれほど愚かなのだろう。
(ああ、愚かだろうな、俺は)
 歪んだ顔で、不気味なほど静かに笑む。
 彼に残されたのは、復讐という暗く道だけ。勿論、それがどれほど愚かなことか、分かっていたが。
 死者は還らない。復讐など、ただの自己満足。
 だが、青年には自分で自分を止めることは出来なかった。
 そうでなければ、おそらく彼の精神は壊れるだろう。
 憎しみ、悲しみ、怒りの矛先を向けて、ようやく保っていられるのだ。

 軋む胸に気づかぬ振りをして、青年は“アイリス”に微笑を浮かべた。
 それは、酷く歪んだものだった。



*****
以前人形の話を書いた時に続きを読んでみたいという感想をいただいて、私も気に入ったので、もっと面白くならないかと練っていたのですが……気付けば全く違う話になってしまった。
あちらは骨董品店での、おじいさんと人形の話なんですよね。それはそれで書きたいのですが。魔術とかエクソシストとかの方がわくわくするかなぁと思ったんですが。あと老人よりも青年で、恋愛要素入れてみるとか。
……しかし、ここまで変わるともはや同じものだとは言えない(苦笑)

魔術師でエクソシストな設定にしても面白いかなと思案中。少々無理がある気がするので、どうなるか分からないですが。

ちなみに、こういう人形・機械じみた無感情の女の子キャラも好きなのです。
こういう子が、感情を得ていく過程を見ていたいですね。

放課後の音楽室で

なかなか日記のネタがないので……そのうち書きたい小説のプロローグ部分です。
以前短編で書いた、ピアニストを目指せなくなった少女と音楽教師の話を長編で書きたいなぁと思っているのです。今度はちゃんと恋愛風味で。ファンタジーにはなりませんが。


*****

 窓硝子越しに差し込む陽光はほのかに赤みがかっており、夕暮れへと向かう気配が感じられた。
 廊下を照らす淡い光は、人通りがまばらな冷めた廊下を、僅かにだが温かく感じさせる。
 だが、男は脇目もふらず、ただ淡々と規則正しい靴音を響かせていた。
 視線を揺るがせることもなく、一定のリズムで男は歩を進める。放課後だから当たり前ではあるが、すれ違う生徒は少ない。
 それでも、時折すれ違う生徒は、男の姿を視界に入れると瞬時に姿勢を正し、挨拶をしてくる。規律を重んじ厳しい男の性格を、生徒達がある程度身に染みて知っているからこその態度なのだろう。
 だが、やはり男の表情は変わらない。微笑むことはおろか、頬が僅かにでも動くことはない。ただの無表情。
 何故なら、男は笑うことを止めたから。笑うことだけではない、泣くことも止めた。感情を表現すること全てを止めた。否、感情を殺すようになったと言っていいかも知れない。
 故に、その相貌に宿るのは、凍てつくような冷たさと鋭さだけ。まるで周囲を拒絶するような頑なさがそこにはあった。
 辛く、悲しいことがあった。受け入れ難く、何も考えたくも感じたくもなかった。だから、ただ感情を捨てた。ただ機械的に生きようと思った。そうすればもう悲しくもない。だから、男は感情を殺す。そんなものは自分には不要なのだと。
 男は歩を緩ませることはない。ただ規則正しい速度で、歩幅で、進む。

(この音は……)
 だが、その男が足を止めた。
 男の耳に届いたのは、重くも高くもない、ピアノの音だ。それは、旋律にもなっておらず、辿々しいもので、音の様子を確かめているように感じられた。
 それから、大した間を置かず、緩やかに旋律が奏でられ始めた。初めは軽く、それから徐々にダイナミックに。
 聞き流そうと思った。ピアノは男にとって悲しい思い出ばかりだった。忘れてしまいたいことが多すぎて、そんなもののことを考えたくなかった。
 ――だが、聞き流せなかった。
 旋律は柔らかくも、聞き手を離さない。耳に、頭に、全身に響き渡るかのように、音は紡がれ続ける。
 思考がピアノに奪われる。ピアノなんて、と思うにも関わらず、思案を巡らせてしまう。
(この音は、どこからだ?)
 少なくとも、音楽室からではない。音楽室からならば、これほど遠くには感じられない。ならば?
 そこまで考えて、一つの場所が思い浮かぶ。旧校舎の、音楽室。
 そういえば、普段は利用することもないので忘れられがちだが、新しく校舎を建て直したために使わなくなった古い校舎がある。他にピアノがある場所と言えば、そこくらいしかないだろう。
 気付けば、男の足はそちらへ向かっていた。


 旧校舎に近付けば近付くほど、音色ははっきりと聞こえてくる。もはやそこの音楽室からだというのは、疑いようがない。
 響き渡る音に、胸が高鳴る。音楽室の前まできて、男は足を止めた。
 どこよりも明確に、響き渡っていた。古ぼけた廊下は、まるでコンサート会場のように感じられた。
 ――美しい音色だった。
 ただ、その言葉しか出てこない。その音色を表現出来るような言葉が見つからなかった。
 世界の全てを表現しようとするかのような、ダイナミックな旋律。繊細なタッチで表現される、音の重なり。
 ただその演奏に、聞き入った。音楽室の前で、耳を傾けた。

(ああ、そういえば、彼女もこの曲が好きだったな)
 それは、無意味なノイズ。普段の彼ならば、そう結論付け、思考を止めた筈だ。
 だが、少女の演奏にひどく揺さぶられている心では、制止を掛けることは出来ない。
 甦り出す記憶、想いは止まらない。微かに震える唇を、小さく噛む。
(もし、彼女がもう少し強ければ。もし、自分がもう少し器用だったなら)
 何かが、変わっていたのだろうか。結末は、変わっていたのだろうか。
 全ては過ぎ去った過去の話であり、仮定など意味を成さない。
 それでも、男は思う。
(ああ、もしも――)
 夕焼けの柔らかな光が、男の横顔を照らす。
 その頬を、一筋の涙がすっと伝った。
 窓の外へ視線を向けると、桜がまるでその演奏を賛美するかのように、とても綺麗に咲いていた。
 ただ、音は響き、世界は廻り続けていた。

クロス×タイム

いつか書き終わらせたいという小説の断片です。
近未来ちっく。私にしては珍しく、ふつーに明るい主人公らしい主人公ではないだろうか(笑)
時空の歪んだ世界の中で、唯一道具もなしに、自在に行きたい場所へ行けるお姫様です。独自の神話なんかを作り上げねばならないのですが、苦手分野だなーと。恋愛小説っぽくなりそうです。

しかし、断片すぎますが。キャラ説明で終わってるようなものだし。


*****

 時の神、クロノス。時を支配する存在。
 人間が「地球」と呼ばれる惑星に住んでいた時、かつて彼は、一人の人間の娘と恋に落ちた。
 二人の間には子供も生まれ、幸せだった。
 だが、程なくしてそんな幸せも呆気なく壊れてしまう。

 娘は、人間が神との子を孕ませる為に送り込んだ存在だったのだ。
 神に近付きたいが故に、神の力を欲したが故に、人間は神を利用した。
 それを知ったクロノスは、怒り狂った。

 ――そして、時空を歪ませた。

 過去と現在と未来と一直線に進んでいた時間が、そうではなく不安定に混ざってしまった。当たり前に認識出来ていた空間も歪んでしまった。
 クロノスの作った時空の歪み。それは、突然現れることも、消えることもある。
 そこに入り込んでしまえば、生身の人間には堪えられるものではなかった。
 特に、その歪みは惑星に多発した。
 人々は、普通に生活出来なくなってしまった。
 それ故に、なんとかそれに対抗する術を編み出した。歪みを察知する機械などを生みだし、歪みの中でもそれに堪えられ、そこから出れるような宇宙船を生みだし、宇宙へと出て行った。






「これが、今の生活の理由です。分かりましたか、姫」
 淡々と説明していた男が、唐突に言葉を止める。
 眠りそうになっていた少女は、慌てて姿勢を正した。
「ティカ姫? 聞いていましたか? もしや、眠られていたのではないでしょうね?」
 男は、黒い眼鏡を上げながら、眉を寄せた。
 何処か鋭さをもった、端正な顔。それを、歪ませて近付けられれば、流石に迫力がある。
 おかげで、ティカの眠気も一気に冷めた。
「き、き、聞いてたよぉ! 人間が神様を利用しようとしたから、それに怒った神様が時空を歪ませたんでしょ!」
 男の言葉に、否定の意味を込めて、懸命に首を振る。
 その度に、肩まである紅い髪が、淑女らしからぬ様子で乱れていくが、そんなことは今のティカには気にしている余裕もない。
 今は、男の視線から逃れることだけしか頭になかった。
「はい。その通りです」
 綺麗に浮かべられた笑み。それに、思わず顔を赤くしてしまいそうになる。
首ほどまである襟足の髪が、静かに揺れる。水面を思い起こさせるような、そんな動作。
 冷たい顔だと言っても、どこまでも整っているのだ。
「ですが、次に眠りそうになっていたら、宿題を二倍にしますから、覚悟しておいて下さいね?」
 間髪入れずに続けられた言葉。
 ああ、やはり。それでも、やはり誤魔化されてはくれないのが、この男――ユーイなのだ。
「……うう!」
 ぷっくりとした唇を噛んで、ティカは小さく唸る。
 外見通りに、ユーイには容赦がない。やるといったら、やる。
 真面目な彼は、自分の与えられた仕事は完璧にこなす主義だ。
 彼の仕事は、ティカの家庭教師。彼女に、姫として恥ずかしくないような教養を付けさせること。
 それ故に、それに関しては徹底されている。ティカは、嫌というほどに思い知らされてきた。
「ユーイ、それくらいにしてあげなさいな」
 女性的な艶のある声に遮られて、ユーイは言葉を止めた。
 ティカは、その声にぴょこんと飛び上がった。
 振り返れば、いつの間にいたのか、そこにいたのは金髪の女性。腰ほどもある巻き髪を手で払い、真っ赤な唇で艶やかな笑みを浮かべている。
「リーリエ!」
 数秒の間も置かずに、ティカは、女性――リーリエの元へと駆け寄った。
 リーリエは、いつみても目を奪われるようなスタイルをしている。ティカには叶わない、女性らしいライン。ウエストは細いにも関わらず、豊満な胸。見惚れない男がいたら、それは男ではない。
「わぁ、久しぶりー!」
「久しぶりね、ティカ」
 並ぶと自分の体のお粗末さを突き付けられるが、そんなことはまぁ些細な問題だ。久ぶりなのだ、こうして話せて嬉しい筈がない。きゃきゃと話に花が咲く。

 暫くして、そういえば、とティカは後ろのユーイを振り返る。
「ていうか、ユーイはいつまで私の事を『姫』って呼ぶの。『ティカ』でいいって言ってるのにぃ!」
 ぷくぅと頬を膨らませれば、真面目そうな顔が困惑の色に染まる。
「姫は、姫ですので……」
「これだけ、時間と空間が交じってるんだから、お姫様なんて、いっぱいいるよぉ。この船にだって数えきれないほど、いるもん!」
「ですが、姫はこの船の有力者のご息女ですから」
「やだって言ってるのにー」
「まぁまぁ、ティカ。ユーイは、馬鹿が付くほど真面目なのよ。諦めてあげてちょうだいな」
「ぶー。リーリエが言うんなら、仕方ないなぁ」
 そう、渋々ながらも頷けば、ユーイはほっとしたように息を撫で下ろす。その姿を、ティカとリーリエは笑った。
 ティカは、日々のそんなやり取りがとても楽しかった。とても好きだった。

 ――こんな当たり前のような日々が、こうしてずっと当たり前に続いていくものだとばかり思っていた。

禁断の書

早く書き上げたい小説のプロローグ的な部分です。
魔力のない少女が、ひょんな事から手にしてしまった魔術書を巡り、戦うファンタジーの予定です。
早く書きたいんだけどなぁ……。


***

「“燃える赤き炎よ、彼の者を焼き尽くせ”!」

 凛とした強さを持つ声が、清閑とした谷底に響き渡る。
 谷底に広がるのは、大きな岩だけ。そこは生命の息吹など感じられぬような、冷たい場所だった。
 辺りを埋め尽くす、大きな岩。その上で、手に一冊の本を持った女性はそう叫んだ。
 腰よりも長いまばゆいばかりの金髪を、風に靡かせていた。
 彼女の白い手は、目の前にいる漆黒のマントを着た人物へと伸ばされていた。
 声に呼応するように、刹那、その本が小さく光り、女性の伸ばした手の指先からは炎が現れた。
 赤々と燃えるそれは、空を切る音を響かせ、男を目掛け素早く飛んで行く。
「くっ!」
 炎は男の肌を焦がす。
 人間が堪えられぬような熱さに、くぐもったような呻き声が男の口から漏れる。
 男のマントは炎により見る影もなくボロボロになり、肌は赤く爛れている。
 一目でかなりの深傷だとわかる。命さえもが危険なほとだ。
 それでも何とか堪える男の精神力の強さ。それは、驚嘆に値するほどだ。
 しかし、それが命の危険と繋がらないかと言えば、やはり話が別だ。
 男も、自分で理解しているのだろう。その表情には焦りが感じられる。
 このまま放っておけば、確実に男は苦痛を感じながら死ぬ。
 だが、その原因を作った、当の女性はそれを冷静に見つめているだけ。

「……覚えていて下さいッ。この恨み、必ず晴らしますから……ッ」
 膝を地に付きつつも、なけなしのプライドで男は女性を睨む。
 恐ろしさを感じるほどに黒い男のその瞳には、深い深い憎悪が感じられる。
 憎い。憎い。憎い。
 それは、親の敵などよりも根が深い。
 ただ、心の奥底からその感情だけが湧き上がるような様子だ。
「……何言ってるの。その傷じゃ、いくら貴方でも数十年は動けないわ」
 だが、女性はそんな憎しみの込められた瞳を向けられても、全く動じた様子がない。
 眉一つすら、動かない。
「……傷が治ったら、必ずその本を奪い、貴女を殺してやります……ッ!」
 ――傷が治ったら、か。
 男の言葉に、女は小さく目を伏せた。
 それは、男の生死に関わるほどの怪我を見ても、全く表情を変えることのなかった女の初めての表情の変化だった。
 数秒の間を置くと、再び口を開いた。
「……私はその頃にはもう生きてはいない」
 少しだけ、哀しげに。少しだけ、表情を歪ませて。
 それは、何に対する悲哀だろうか。
 ただ、女は思い出すかのように哀しげな様子を見せた。
「ならば、貴女の子供を苦しめて、苦しめて、殺すまでですよ……」
 男はククッと、喉で笑った。整った顔立ちをしているのに、どこかおぞましい笑み。
 だが、女もまた、男のその言葉に小さく笑った。
 そして、俯き気味だった顔を上げ、先ほどの哀しげな瞳とは違う、強い意思のこもった瞳を男に向けた。
「私の子供? なら、貴方にそんなこと出来るはずがないわ」
「ふっ。やってみなければ、わからないですよ」
 そんな女に男はそう返すと、フラフラと体を支えるのも精一杯な様子で体を地から起こし、やっとのことで立ち上がる。
「覚えていて下さいね」
 すると、そう付け加え、その場から消えた。
 それは、ほんの瞬きの間の出来事だった。
 残された女は、険しい表情で男の消えた場所を見つめている。
 赤い唇を血が滲みそうな程に噛み締めて、呟く。
「……渡さない。これは、アイツみたいな者には渡してはいけない……」
 谷底では相変わらず、激しく風が吹き荒れていた。風に荒れる金色の髪をそのままに、手に持っている本へ視線を向けた。
 多少の装飾は施されているものの、何の変哲もない本。
 だが、それは見た目だけの問題だ。この本には強大な魔力が秘められている。あまりに危険なものだ。
 それこそ、世界の破滅をも齎す、と言っても過言ではないのだ――。

月光の導くままに

いつか書き上げられたらいいなぁと思っている小説の断片その2です。
自分の事に関して何も知らない、美しき賢者の話です。世界の崩壊を前に旅に出ます。
一応、和風ファンタジーなイメージなのですが。





「どうぞお顔を上げて、お話し下さい」
 鈴を転がすような涼やかな声に導かれ、頭を下げていた男は恐る恐る顔を上げる。
 ――白。それが、賢者と呼ばれる女の印象だった。
 日の光に当たったことがないかのように、透き通る白い肌。それだけではなく、彼女は髪も白かった。
 年老いてもいない、まだ若い女の白髪は、室内の光のない場所でも、美しく輝きを帯びていた。
 銀色の瞳は、神秘的だが優しい光を灯している。
 纏っていた着物は、村人が着るようなものよりは上等なものであったが、姫君が着るほど高価なものでもない。だが、姫などというものよりももっと、高貴な存在のように思えた。
 姿勢を正して正座をしている女は、それだけで充分に存在感を示していた。女の美しさは、この場では異質なもののように際立っていた。
「……数十年、不作が続いておりまして、村人が知るありとあらゆる手段を用いても一向に治る気配がありません。何とぞ、良い知恵をお貸し下さい、月白さま」
 月白、それが女の名だった。
 この世の全てを知るのではないか、というくらい知識に溢れ、賢者と呼ばれる彼女を知らない者は少ない。
 彼女の下を訪ねれば、分からないことはない。解決出来ないものはない。故に、多くの者が訪れた。
 この男がこうして話している今とて、屋敷の外には彼女との面会を待つ者達が長蛇の列を作っていた。

 男の言葉にほんの刹那、月白は思案を巡らすように瞳を閉じた。
 長い睫毛が、色を添える。一挙一動が、優美だった。
 瞼を開くと、そこでは銀色の瞳が神秘的な色を灯す。真剣でありながらも、優しさをも感じる瞳。
「牡丹、紙と筆をちょうだい」
 脇に控える少女――牡丹に言った。
 牡丹は、その表情のない顔で頷くと、紙を即座に差し出す。
 紙を受け取った月白は、そこに美しい文字を書き込んいく。筆を動かす度に揺れる、着物の袖さえも優雅だった。
「ここに書いた薬草を調合してみて下さい。そして、それを土に混ぜればきっと良くなるでしょう」
 男にその紙を渡すと、月白は微笑を浮かべた。紅の唇が鮮やかで、浮世離れしていた。


「月白さま」
 掛けられた声に、月白は顔を上げる。
 老年独特のくしゃりとした優しい顔に、笑みを返した。
「村長さま」
「沢山の客に、さぞお疲れでしょう。何か困った者はいませんでしたか?」
「ええ、大丈夫です。ですが、私にそのように畏まらないで下さい」
「月白さまこそ、私などに……。貴方は賢者と呼ばれるお方なのですよ、我が村は貴方のお陰で潤っています」
「それを言うなら、私も貴方に命を救って頂きました。貴方が私に名前を与えて下さった」
 幾度となく繰り返されたやり取りに、二人は苦笑を漏らす。
 この小さな村は、賢者と呼ばれる月白がいる事によって潤っていた。彼女の言葉を求める人々が後を絶たずに訪れ、宿や市が賑わった。
 だが、何故、月白がこの村にいるのか。それは多くの人間の疑問だが、知る者は少ない。
 月白には、村長と出会った時以前の記憶がない。気付いたら、この村の近くの林にいた。そんな彼女をここに住まわせ、名を与えたのは村長だ。
 その後に、豊富な知識だけを持っている事が分かったのだが。

「お陰はよろしいのですか?」
「ええ、もうこのように。単なる風邪といえど、老体には厳しいものがありましたな」
 鈴を転がすような声で、月白は笑った。
 月白は、この人のいい村長を慕っていた。正直な所、年老いた彼はいつ寿命が来てもおかしくない。だが、彼は村人に心配を掛けないように、そう軽口を叩くのだ。
「月白さまーっ!」
 幼い少女の声に、月白と村長は入口の方へ視線を向ける。
「こら、月白さまはお疲れなんじゃ」
「良いのですよ、村長さま」
 幼い少女が愛らしい笑みを浮かべて、月白の方へと向かって来る。
「月白さま、このお花あげるー!」
「まぁ、ありがとう。本当に綺麗ね」



 月白は、村が好きだった。この村での日々がかけがえのないのないものだと思う。
 だから、思う。いつまでも平和が続けば良いと。
 世界からの吉兆を知っていながら。
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