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彼らは俺のことを知らない。裏切りの対価を支払うのは俺ではなく彼ら自身であることをまだ知らない。

永遠に知らなくていい。

ダリア

どう生きてきたのかなんて聞くつもりはない。何にしてもここにいる人間は人間としての基準を満たさない生き方をさてきたのに違いないのだ。

リュウは食堂にチャップがいないのを確認すると肩を落として「いないね」と言ってからまた小さく謝った。俺はリュウの頭に手を置いて慰めようとしたけれど上手くいかなかった。

「いいから気にすんな」

それで本当にリュウが気にしなくなるとは思っていないけれど、何も言わないよりはましだと思った。

するとミツルに声を掛けられた。俺の当たり障りのない返答にミツルも曖昧に答える。

ハルヤはもともと食堂にいて食事をしているだけで周囲の注目を浴びていて、それが更にミツルと同席だということが誰にとっても奇異で目に付く。俺も2人の存在には気付いていたけれど、先程のことがあって積極的に声を掛けるつもりはなかった。

忘れたいのはお互い様だろう。

リュウがミツルを嫌がったようだったから離れて座ったけれど、俺も一瞥もくれないハルヤともそれとなく視線を送るミツルとも食事をしようとは思えなかった。

薄ら寒いのはそこに濃厚な感情の気配がするからだろう。個人の感情などここでは要らないのに。

「ここにいろよ。食事取ってくるから」
「僕が用意します!」
「ここに、いろ」
「……」

リュウは眉を下げて静かに礼を述べた。

俺がリュウの感情だけを受け入れているのは、きっとそれが何処か淡泊に思えるからだ。

笑いこそしないがリュウは迷いなく泣き叫び困惑し悔恨し縋る。しかし何故かこの子どもらしい直線的な感情のすぐ下には綺麗に澄んで身を切るような冷水が流れているような気がして、むしろ物足りなくさえ思えるのだ。もっと自分に感情を曝け出し、醜く甘えて欲しいと願ってしまうのだ。

刹那の存在を許されただけであることを丸で自覚しているみたいに。

「俺は嬉しいんだよ」
「……」
「お前がチャップと食べてしまわなくて良かった」
「……はい」

嗚呼、リュウ、ここへ来い。

芳賀

ぐずぐずに泣く魚住に優しくするつもりはなかった。レイプ紛いのことが余程怖かったらしいけれど、裏切られた気分だったのは僕も同じだ。

『好きです』

好き?

僕がどういう気持ちで我慢してきたか魚住は知らないのだろう。抱き寄せることさえ簡単ではなかったのだ。

「……ジョーク…」
「そう。ごめんね、あんまり嫌がるから興奮しちゃって」

僕が笑えばどれ程ぎこちなくても笑い返してくれていたけれど今の魚住は茫然自失としていた。本当はあの行為を続けても良いくらいだった。そうしなかったのは僕が魚住を好きだからに他ならない。大切にしたいのは今も同じだ。

しかしまだ嫌われたくないなんて笑える。

「……」
「帰ろう。ほら、もうこんな時間だよ」

魚住の目を見てまたにっこりと笑み、返答を待たずにドアへ向かった。廊下には僕の足音しかなかった。

魚住は逡巡してから重い足取りで着いてきた。

魚住

そんな笑顔なら無くていい。

僕といる時に慧弥先輩はほとんど笑わなくて、漸く笑ってくれたと思ったら上辺だけの作り物だった。綺麗で繊細で上等だけど僕には不釣り合いな。

僕が泣きそうなのに気付いたかな。

「あの時は、」
「もういいよ」
「…あの時は、先輩のことよく知りませんでしたから」
「よく知らない人の方がいいの?」
「違う! 先輩は分かってない!」
「何が違うの? ねえ、聞いたよ。魚住は誰とでもキスとかその先のこととかしちゃうような子なんだよね?」
「……!!」
「可愛い反応してたのに全部演技だったなんて、これはけっこうショックだよ」
「…せん、ぱい……」

取り戻せない過去が蝕む。

「でもこの話はお仕舞いにしよう。僕がそれで良いって言ってるんだよ」
「そんなのっ、そんなのは違います!」
「だから何が」
「…っそれじゃ、恋人じゃないッ」
「……」

泣いたのは間違いなく僕が慧弥先輩を好きになってしまったからだ。付き合おうって言ったのは先輩なのに、僕は片想いをして届かない気持ちに胸が痛んだ。

「…遊びも、身体、だけの、関係も、もう、嫌、です…」

相変わらずの整った笑い顔は僕の何かを引き裂く。手に入れられないはずだったものに手を伸ばしたから業火に焼かれた。それでもただ手放すよりはいい。

「自分勝手なこと言うね」

もう笑ってくれなくてもいい。嘘なら甘い愛の言葉なんて要らない。詰られてもそれが本音なら受け止めるから。

「好きです。好きだからです」

僕みたいな人間を好きにならなくてもいいから先輩の本当の心を見せて。

「僕も。魚住のこと好きだよ」
「……」
「だから黙って付き合おう。お前がそういうことこれからはしないって言ってくれたら信じるから」
「……」
「ねえ、もうしないって言って」

そんなこと、笑って言わないで欲しい。

「言えばいいんですか」
「うん。だから言ってよ」

頬を撫でた指は僕の涙を拭わなかった。

「もう、しません」

慧弥先輩は僕の胸倉を掴むと脚で近くの椅子を蹴り飛ばした。それは大きな音を立てて周囲の椅子や机を巻き添えにする。

突然のことに混乱して小さな叫び声だけが出たけれど、床に押し倒された衝撃にそれすら掻き消された。身体全体に鈍い痛み。バランスを取ろうとして無闇に差し出した腕は宙を掻いて机に打ちつけられる。

慧弥先輩はまだ笑っていた。

「ねえ、魚住。僕は口約束は嫌いだよ」

それだけ言うとキスをされた。意味が分からなくて先輩を押し返そうとしたけれど駄目だった。細いとは言え僕よりずっと身長があって重力を借りる先輩には及ばない。

丸で暴力的な状況が怖くて抵抗を続けたけれど、乱暴で濃厚なキスは止められなかった。逆に腕を抑えられてより悪い体勢になる。

少しも嬉しくない。

「…ッ!!」
「嫌なの?」

僕は泣いていた。通じない気持ちに胸が痛んだからじゃない。目の前の男に恐怖を感じたからだ。

「…ひっ、う…」
「泣かないでよ。傷付くから」
「やだ…」
「じゃあ泣いてもいいや。続けるから」
「……!!」

ベルトのバックルに手を掛けられてから漸く声が漏れた。「やだ、やだ、やだ」と嗚咽交じりの稚拙な反抗しかできなかったけれど無いよりましだろう。

「奉仕するのとされるの、どっちがいい?」
「…や、やです…」
「きっと上手いんだろうね」
「……」
「慣れてるんだろう?」
「……」
「火守にもしたの?」
「して、ません」

悲しくて苦しくて涙が止まらなくて先輩の顔はよく見えなかったけれど、笑っているのは分かった。からかわれているのかな。馬鹿にされているのかな。

「……ジョークだよ」
「へ?」

慧弥先輩は場違いに軽やかに言った。女の子がめろめろになるようなウィンクでも付いてきそうな声音だった。

僕の腕を持って立ち上がらせると丁寧に背中の埃まで払ってくれた。ベルトを締め直して制服の乱れまで整える。最後にポケットから出したハンカチで口を拭ってくれ、にこりと笑った。

少しも嬉しくなかった。

芳賀

最初に気になったのはいつだろう。好意を向けられることに疲れていたから、何かの気まぐれで好きになってしまったのかな。退屈凌ぎの冗談混じりがいつ本気になってしまったのかな。

『せんぱい。さとみせんぱい』

名前を呼ばれてから?

「先輩?」
「ん?」
「いえ、…」
「何」
「……あの、僕のクラスの人が先輩と話したって…」
「ああ、うん」
「……」
「だって魚住、僕より彼らの方が好きでしょう?」
「へ!?」
「浮気だなんて言わないけど、魚住の気を引くようなことはして欲しくないから」
「……」
「魚住は悪くないよ」

魚住を腕の中に押し込めたい。その感触は忘れ難く、会う度にそうしたいという衝動に駆られていることは知らないのだろう。

今だってそうだ。

「……」

本気で好きになってしまったんだよ。ごめんね。伝えるだけでは物足りなくて、抱き締めるだけでは物足りなくて、もっとずっと魚住と幸せになりたいんだ。もっとずっと魚住を手に入れたいんだ。

「分かったよ。ああいうことはもうしない」

自分が上手く笑えているのを知っている。気持ちを隠すのは慣れているから嘘を吐くのも得意だ。

この感情は間違っている。

「……」
「ね、この話しはもうお仕舞いにしよう。キスくらいなら魚住は誰とでもするんだろう?」
「…っそ、そんなことありません!」
「でも僕とした」
「……」
「本当は僕だけのものにしたいけどね。魚住がいいって言ってくれるから生殺しでも嬉しいよ」

極上の笑みをつくって「惚れた弱みだね」と続けた。

魚住は酷い顔だった。

水城

志は確信犯だ。鈍いとか天然とか言う人はいるけれど、俺に言わせれば全てを知り尽くして総覧できる能力を持つ色男でしかないと思う。

聞こえ通りの曲者。

迅と別れてからも志は飄々とした態度でその真意を測りかねる。

「迅のこと、気付いてたんだろ?」
「うん」
「…じゃあなんであんな言い方したわけ?」
「聞かないわけにはいかないだろう」
「は?」
「シカトされてたってのに理由を聞かないわけにはいかないよ。俺ならね」
「……」
「お前知ってんなら俺にチクるような真似すんなよ。俺は黙ってる。それで不満か?」

肉薄とした志の言葉は長くて重厚な槍だった。勢いを増しながら思うよりずっと早く深く貫く。心臓のすぐ隣を掠めて射殺す。

「ごめん」
「……」

それを引き抜くのには勇気が要った。どうしたって血が溢れるのだから。

「……志は平気なの?」
「何が」
「……お前って知らない振りするよね」
「うん」
「なんで?」
「平気なのが? 知らない振りするのが?」
「どっちも」
「その方が楽しいからだよ」
「はあ!?」
「知り合いがホモセクシャルでも平気かって、そんなのはどうでもいいだろ。恋愛の対象として好きになれない人間なら男でも女でも互いに辛いのは分かってんじゃねえの? 先輩に謂れのない嫉妬されて、君なんていなければ良かったのにって言われるのは残念だけど、だから距離置くようなことするつもりねえよ。だったら本当はどうあれ黙ってた方が楽しく過ごせそうじゃねえ?」
「……」
「まあ、自由だけどな」

志は畳んで手に持っていた眼鏡をかけると息をついた。それは色気があるけどどこか怖い。

槍を、抜かないと。

「俺ほんとは迅を軽蔑してたのかも」
「……」
「最低だ」
「……」
「最低だ…」

志は突然俺の頭を撫で回すと「偉い偉い」と言った。

俺は泣いていた。

火守

やけに顔を赤くして一緒に帰ろうなんて言うから体調でも悪いのかと思った。

「いや、全然!」

魚住は始めから挙動不審でわけの分からない迫力があって、学級委員長らしい優等生っぽさと愛嬌のある馬鹿っぽさを合わせ持つ不思議な奴だった。上級生の知り合いが多くて教室にいないこともあるけれど、魚住はクラスでも好かれるタイプの人間だと思う。

「久しぶりに一緒に帰るね…」
「そうか?」
水城「失礼な反応だな」
「ごめん」
「いやっ、いつも約束してたわけじゃないし、」
「でもお前と帰るの楽しいよ」
「へ!?」

OL辺りにモテそうな、初心な反応。

「お前よく笑うじゃん。一緒にいると雰囲気がよくなる」

するとなぜか水城に「魚住を誑し込むな」と注意された。魚住は一層笑っただけだった。

魚住

気にして落ち込むくらいなら聞けば良かったんだ。問い質せば良かったんだ。

恋人ならそれが正しい。

『慧弥のことは心の底から好きだよ。慧弥が幸せならそれが一番だとも思ってる』

繰り返される愛の言葉は僕にはとても言えないような甘美な響きで鼓膜を揺らす。きっと僕が口にした『好き』の何倍も人の心を打つ。

慧弥先輩を抱き寄せた人は見覚えのない人で僕の知らない先輩の側面は山ほどあるんだと思い知らされる。いつもこういうことをしているのだろうか。

どくせん、したいな。

覗き見で嫉妬なんて恥ずべきことなのに。

「結局芳賀先輩のこと好きなんだ?」
「うん。気付いたら…」
「じゃあ志に言う?」
「なにを!?」
「いや、避けてごめんくらい言っていいんじゃねえの」
「あ、…あ、それね。うん、言う」
「……あのさ」

水城くんは少し間を開けてから声を小さくして続ける。教室には2人だけなのだけど、一緒に僕も声のボリュームを落とした。

「うん」
「この前芳賀先輩に、俺のものを取るなって言われたんだよね」
「ええっ!?」
「……妬いたんだと思うけど。俺に」
「全然知らなかった」
「俺だからいいけど、あんまり色んな人に聞かれない方がいいと思うんだ」
「……」
「ちゃんと芳賀先輩と話した方がいいよ」
「…なんて…?」
「いやお前、浮気してるわけじゃねえし。そんなんでいつか誰とも親しくするなってなったらヤバいだろ」
「あ、そういうこと」
「お前なあ、」
「ありがとう! 今度ちゃんと話してみる」

水城くんは胡乱なものを見るように僕に視線をやったけれど、嫉妬されたことを喜んでしまった僕に効果はなかった。

僕のこと好きなの?

抱き合ってたあの男の人くらいには?

芳賀

僕のことが好き?

「先輩?」

魚住は僕から逃げて壁際に立った。前に魚住に触れようとして怯えられてからは意識的に距離を取っていたけれど、苛立ちと不安感でそういうことはどうでもよくなっていた。

簡単に追い詰められる。

「拒否しないで」
「え?」
「嫌いにならないで」
「……っ」

男が男に欲情したら、僕は男ではなくなるのだろうか。あんなに真っ直ぐに否定したのにトモはどうして好きだなんて言うのだろうか。

魚住も僕のこと、嫌いなのかな?

「お願い。好きなんだ」
「……」

魚住を抱き締めると甘い匂いがして、細い身体は温かくてとても安心した。触れているところから好意が伝わればいいのに。

「ごめん、魚住。もう我慢できない」
「せんぱい」
「好きだよ。僕、魚住のことすごく好きだよ」
「…はい」

魚住の身体をまさぐって撫でると流石に身をよじられた。

このままキスしたい。

解放してあげると魚住は首まで赤くしていて同じように赤い耳を触ると焼けるように熱くなっていた。これ以上何かするつもりはないのだけれど、目を固く閉じて僕の愛撫を遣り過ごそうとする魚住を見るとなんとも言えない愛しさが込み上げる。それに抱き締めるくらいのことは許してもらえるようになったのだと思うと笑ってしまった。嬉しくて。

「ありがとう」
「……」
「拒否しないでって言ったから許してくれたの?」
「いえっ、そ、そういうわけじゃ…」
「魚住は火守くんが好きって分かってたし。ちょっと強引にオーケイ貰った自覚もあったし。それなのに魚住があんまり我が儘に付き合ってくれるなら、全部僕が奪っちゃうよ?」
「うっ…!?」
「奪ってもいいの?」
「せんぱい、…」

魚住はその場にへたり込むと上目遣いで呼びかてくる。

「何」
「僕、先輩のこと好きですよ」
「……」
「たぶん、その、奪……っても、いいです」

思わずキスをした。

成澤

慧弥の家に行くと先客がいたらしかった。慧弥は一人では外出しないし、かと言って人を家に招くことはほとんどないから俺が突然訪れても大抵は問題ない。そのまま夕食をご馳走になって泊まったことすらあった。

もしかすると件の恋人なのかもしれない。

「上がってけば?」
「いやいや。特に用事があったわけじゃないし、帰るよ」
「……でも、」
「恋人がいるんじゃないの?」

慧弥は目を丸くしてから戸惑うような顔をした。

「トモはなんでも分かるね」
「さあね」
「挨拶、していってよ」

そう言われて戸惑ったのは俺だった。どんな顔して挨拶するって言うんだ。

「向こうも困るだろう」
「トモに会って欲しいんだよ」
「…分かるけど、」
「僕がどういう人間なのか、知って欲しいんだよ」
「……」

止めてくれ。

どういう人間かなんて今更じゃないか。同性愛についてはまだ受け入れきれていないけれど、それ以外はなんだって理解しているつもりだ。

「嫌いになってもいいから」
「……」

止めてくれよ。

お前のことは大切にしてきた。同性愛者のお前でも大切にしていくつもりだ。手放さないって決めたから俺はここにいる。中途半端な気持ちでは慧弥を傷付けるだけだから。

でもお前の恋人までは愛せない。

「だから上がって、」
「できない」
「……」
「お前のこと好きだよ。むしろ愛だ、これは」
「……」
「前に慧弥が言ったことは正しい。偏見だとか差別だって分かってるけど、本当のところ俺は同性愛ってものがよく分からない」
「……」
「お前だからいいんだ。お前じゃなきゃ無理だ」
「…よく、分からないよ」
「お前に恋人ができたことを祝福した以上、恋人同士のすることをしてても受け入れる。けどね、俺にとってお前は男だよ。それが崩れる瞬間はちょっと見たくない」
「……」
「ごめんね。俺は慧弥のことは心の底から好きだよ。慧弥が幸せならそれが一番だとも思ってる」
「……」
「でも挨拶は、できそうにない」
「……」

いつものように腕を広げると慧弥は玄関の段差に蹌踉けながら俺の胸に収まった。スリッパが脱げてしまったらしく慧弥の後ろにはひとつ残されているのが見えた。

「好きだよ」と繰り返しても慧弥は何も言ってくれなかった。

拓海

「芳賀くんとお友達になったんだね」
「え、うん」

あまりに唐突だったから、「彼と仲良いの?」と尋ねると笑われてしまった。

「そっちじゃなくて。鷹水がめちゃめちゃ喜んでたから」

そうでしょう?と悪戯っぽく目を細める。それは鷹水と同い年とは思えないくらい落ち着いた雰囲気でどきりとした。

ヒロくんといる時、浮気をしているような気持ちになることがある。

「鷹水って彼女います?」
「え」
「けっこう仲良くしてるのに、あいつの片思いの話って聞かないなと思って」
「そういうこと、あまり話さないから…」
「へえ」

あ、疑われた。

「どうして急に?」
「……男もそういう対象だったりすんのかなと思って」
「いや、それはないと思うけど。けど、え、なんで?」
「お兄さんとこういうことして今更偏見なんてないつもりだけど、鷹水、芳賀くんのこと好き過ぎないかな」
「……」

僕は、弟を庇うつもりで否定したけれど、もし鷹水がホモセクシャルだったら、すごく酷いことをしたんじゃないか。ストレートだったとしても、酷いことをしたんじゃないか。

ヒロくんは大人っぽいだけではなくて、本当に大人なんだ。

僕が黙ったのを不思議がってヒロくんは首を傾げた。

「誰が好きでも口出すつもりもなかったんだけどね」
「芳賀くんのこと…」
「いや、あいつなら偶然が嬉しくてああいう反応しただけってのも十分有り得るから、様子見て、それからの話だけど」
「……」
「すみません、変な話して」
「や、全然」
「まああいつなら好きになったのが男でも構わず全力で告白しそうだけどね」
「……うん」
「物は試しとか言って」

楽しそうに笑うヒロくんは、すごい人だなあと思った。

見付かったのがこの人で良かった。

菅野

目の前にいる友人は照れているのか興奮気味なのか、やや頬を染めて話している。

「なんか芳賀くんと仲良くなってしまったよ」
「…へえ」

鷹水が入学した中学に芳賀くんが転入してきたらしいと聞いた時は驚いた。慶明ではその少し前から彼の退学の話題で持ち切りだったのだけれど、あまりミーハーなことをわざわざ言う気にはなれなくて黙っていたから、鷹水は俺以上に驚いたらしかったけれど。

そしてこの度、機会がないから話しかけられないと1年間に渡ってぐだぐだ言い続けていたのが、報われたらしい。

「芳賀はやっぱカッコイイよ。近くで見ると半端ない」
「……お前って初等部で同じクラスになったことなかったんだっけ?」
「ないよ、なんで?」
「……いや、聞いただけ」

初等部の頃のことは思い出したくない。

芳賀くんは確かに有名だけれど人気があったわけではない。笑わないし運動も嫌いだったらしいしふざけないし。控え目に表現しても、避けられていた、と思う。

しかし鷹水の話を聞いていると丸でイメージが違っていて混乱する。

「芳賀って超モテるから一緒にいると楽しいんだよね」
「そういう人だったっけ?」
「いや芳賀が遊んでるとかいう意味じゃなくて」
「違くて、……まあいいや」
「みんなの視線が集まる集まる。髪なんかさらっさらだぜ?」
「鷹水にもファンクラブあったじゃん」
「はあ!?」
「左藤兄弟愛好会」
「……ああ、ああ、あのよく分からないやつね」
「慶明には今でもいくつかあるぜ? お前んとこのは解散してるかもしんねえけど」
「みんな好きだよねー」
「そっちはそういうのないの?」
「七中にはないね。芳賀のは有り得るけど」
「そんなにいい男だったっけ?」

この友人はやや口籠もってから、「色気が…」と続けた。

友人を止めようかと思った。

鷹水

全校レベルで有名人な芳賀に呼ばれると教室中の視線が集まって心地好い。直視しないようにちらちらとしているから余計に目立つことには気付いていないんだろう。

この学校の人は芳賀と少しでも接点をつくるのに必死なのだ。

「急にごめん」
「いやいや、全然いいよ。どうしたの?」
「左藤ってテニス好き?」

そう言いながらポケットから携帯電話を取り出すとトモからのものらしいメール画面を呼び出した。予想以上に淡泊な文面で左藤も誘ってくれ、と書いてある。

携帯電話が校内使用禁止なことには目を瞑ろう。

「あー、テニス?」
「うん。トモとよくやるんだ。よかったら左藤と拓海さんもって、これ、今きたメールだけど」
「俺テニスってやったことないんだよね」
「そうか…、なら仕方ないね」
「ねえ、初心者じゃ駄目?」
「やってくれるの?」

芳賀は少し綻ばせた嬉しそうな顔をして、俺はそれに見入った。整った顔だなあ。

「本当に初心者でよければだけど」
「それでもトモは喜ぶ」

ありがとうという言葉は丁寧に響いて、それなのに次の瞬間にはあっさりと別れを告げて背が向けられていた。気配が静かだから余計にそう感じるのかもしれない。

芳賀には年上と付き合ってるとか不倫してるとか根拠のない噂が沢山ある。

俺はそれまで、そういうものは彼の綺麗な容姿やどことなく品性を感じる雰囲気、明晰な頭脳に合った言葉遣いなどが人の興味を引くからだと思っていたけれど、それだけではないのかもしれない。不健康と上辺の美しさに、色気が垣間見えるのだ。

「鷹水って芳賀くんと仲良かったっけ?」

クラスメイトに声をかけられて我に返った。

「志望校が似てて」
「そっか。お前ら頭いいもんな」
「いや、そういうんじゃないんだけど」

はっきりしない態度に怪訝な顔をされたけれど、芳賀の色気に当てられた俺はそのままぼうっと突っ立っているしかなかった。

あれは、子どもの1人くらいいるかもしれない。

京平

良平が朝来とまた付き合うことになったらしい。おめでとうと言うと本気で良平が照れたので殴ってしまったけれど。

「魚住くんてホモなの?」
「えっ!?」

目の前にいるのは先日偶然出会ったリアクションがサディズムを擽るので気に入っているだけの少年だ。まだ中学生だったと思う。

「あんなとこに出入りしといてストレートなわけねえだろ」
「…いえ、」
「じゃあ彼氏はいんの?」
「かっ…!」
「分かりやすいな。いんだろ」
「……はい」

頬を赤く染めて奢ってあげたジュースのストローを指で弄りながら答える様は可愛いと評価する人間もいるだろうから、きっとごっつい体育教師とかがお相手かもしれない。

自分の妄想のせいで嫌になりかけたけど聞いたのは自分なのでこの話題に責任を持たなければならない。

「まあ、お前ってホモ受けしそうだよな」
「……え?」
「男らしくはないだろ」
「それは、そうですけど」
「……」
「京平さんは、」

魚住くんはちらりと窺う。

「……とりあえず、他に呼び方ねえのかよ」
「京平さん?」
「気色悪い」
「ええっ……、じゃあ京平先輩?」
「普通」
「ええっ!?」
「でもさっきよりまし」

打たれ強いのか魚住くんは嬉しそうに「では京平先輩で」と言った。

綜悟さんもこういうのがタイプだったりするのだろうか。

調べたところによると男役と女役があるらしく、サドとマゾみたいなものなのか、彼らは相手によって立ち回るらしい。女性に優しい綜悟さんは想像できるけど野郎に優しい綜悟さんはどうも違和感がある。マゾっぽいところがあるから魚住くんと同じ役割なのか。

というところまで考えて綜悟さんとこの少年がどうこうすることはないんだなと安心した。

安心?

「最近の中坊はさ、学校でそういうこと話せんの?」
「へ?」
「バイとか増えてるんだろ? やっぱそういう友達いんの?」
「……僕は、いません」
「あ、そ」
「増えてるんですか?」
「さあ」
「……」
「俺は尊敬してる人がそうだから、普通よりアンテナ張ってるだけかもな」

そうと決まったわけでもないけど。

魚住

先輩の呼吸が乱れているのに気付いたら、ダメだった。

気持ち悪いとか怖いとかいうことは思わなかった。それよりも先輩は本当に僕のことが好きなのかもしれないという発見の方が大きかった。僕みたいな人間のことが。

好きなんだ。

嬉しい反面、恋愛経験のない僕はすごく緊張していて、膝が震えて自分が話していることもよく分からなくなっていた。

自分が慧弥先輩を好きかどうかはもっと分からない。

僕はほとんど反射的にじりじりと前進して背後の先輩から逃げようとしてしまう。背後の先輩の、吐息から。

「魚住、」

耳元に響いた先輩の声はあまりに甘くて熱っぽくて腰が砕ける。

「せ、せせんぱい!」
「…何」
「せんぱいっ、ちいさかった、ん、です、ね」
「…うん」

足先が棚に当たった。これ以上どこへも行けないのに背中や脚の一部が先輩に触れる度に身体全体が縮こまって固くなるのが分かる。

「せんぱいっ」
「……」

腰の高さで先輩の両腕が棚に掛けられた。四方を囲われて脚から背中、肩、首筋にまで先輩の存在が伝わる。

振り払いたくても、そのために先輩に触れることさえ躊躇われた。

「せんぱいっ!!」

たぶん限界だったんだ。心の容量の。

先輩は息を詰めたかと思うと「ごめん」と小さく謝って、ゆっくり離れていった。その声がすごく切なくて、身を切るようで、一遍に罪悪感が込み上げる。

「せんぱい」
「…何?」
「……」
「いいよ、無理しなくて」
「せんぱい、先輩」
「……」
「慧弥先輩」
「何」
「先輩。どうしよう、先輩」
「どうしたの」

容量を超えた心にたっぷりあったのは、悦びだったんだと思う。

「先輩、僕、」

あなたのことが好きになりそうです。

芳賀

「あんまりものがないんですね」

魚住がぎこちなく笑って言った。僕は笑えなかった。

あの時、病院の外で待ってもらっても良かったはずだ。昔と違って今は直接家に入ることができる。帰ったことだけを告げて、挨拶だけして、魚住に中を見せなくても良かったはずだ。

丸で嫌われようとしているみたいで虫酸が走る。

魚住と無理に付き合うことになって、それ自体は心底嬉しい。

嫌がるだろうと予想はしていた。魚住には片想いの相手もいたようだった。それでもいいと告白する前に決意した。だから今の状況も予定調和なのだけれど、会った時からずっと引き攣った笑顔で当たり障りのない話題探しに必死な魚住をいざ目の当たりにすると流石に嫌な感情が湧いた。

ふつふつと、嫌悪に近い感情が。

手放す前に、手に入れなければ。そう確かに思ったのに。

「魚住の部屋は?」
「いや、僕の部屋は汚いです!」
「見てみたいな」
「え、ダメですよ!」

激しく首を横に振りながら「ダメです」と繰り返す。君の部屋へ行きたいだけだよ、とは言えない。

「そう」
「……、先輩っ!」
「何」
「あの、あの写真見てもいいですか!?」
「……」

魚住の指の示す方にはトモが勝手に飾った写真立てがあった。立ち上がってそこまで行き魚住を手招きする。少し躊躇したらしいが、不自然に力の入った歩き方で来てくれた。

これ以上の拒絶は耐え兼ねる。

「すごい! 先輩、すごい!」
「何が」
「慧弥先輩が小さい!」
「何それ」

魚住のリアクションは正直可愛かった。宣言通り独占できればどんなにか良いだろう。

「先輩、小さかったんですねえ」

魚住が僕の写真に夢中になっている隙に近寄り、流れに逆らわないよう「まあね」と耳元で囁いたけれど、明白にびくりと反応されて途端に会話が途切れた。

「せんぱい! その、ちいさかった、ん、です、ね」
「…うん」

魚住が膝を震わせていることに気付いたけれど、背中が僅かでも僕の身体と当たる度に自分が興奮していくのにも気付いて、離れられなくなった。

ああ、怯えられているんだ。

抱き締めたくて両腕がさ迷う。触れたい。魚住に触れたい、抱き締めたい。

堪らなく、好きなんだ。

魚住

家に呼ばれた。

「お茶でいい?」
「はい。あ、いえ、その、大丈夫です」
「ちょっと待ってて」

慧弥先輩の家は病院らしかった。いわゆる総合病院のように大きくはなかったけれど整然として近代的な病院。先輩の家に行くのにそこを通り抜けなければならないのか、今日だけそうしたのかは分からない。

精神科とか心療内科とか、僕に馴染みのないそこは申し訳ないけれどちょっと不気味で、明るく小綺麗な外観とミスマッチな気がした。怖い、なんて思ったらいけないのに。

『少しだけ、我慢してね』

僕の頭に手を置いた慧弥先輩は、だからかいつもより優しく思えた。

コンコン。

突然ノックの音が聞こえた。先輩がいないので変に焦って立ち上がると、扉から入ってきたのは慧弥先輩だった。表情を変えずに僕を見ながら「どうしたの?」と言ってよく冷えたお茶をテーブルに置く。

「ありがとうございます。あ、あの、ノックの音がしたから」
「……魚住の家ではノックしないの?」
「いえ、でも先輩いないし、どうしようって焦っちゃって」
「ふうん」
「……」

先輩の視線から逃れるようにしていたら「座ったら?」と言われた。慌てて腰を下ろすと首を傾げた先輩の顔が僕と同じ高さにあってたじろぐ。

「失礼します!」
「…どうぞ」

先輩は少しも笑ってくれない。

コップごと冷えたお茶を持つと手に力が入らなくて余計に緊張を自覚させる。緊張、しているんだ。震えを抑えるように「いただきます」と大きく言って一口流し込むと、ごくり、と音が聞こえて情けなくなる。

なんで緊張するんだろう。

自分の行動の一部始終を先輩に観察されている気がする。先輩の視線はさらさらとしているのに、先輩は僕のことが好きだということが意識されると変に高ぶってしまう。

こういうの、現金っていうのかな。

僕の方がずっと先輩のことを好きなんだという錯覚が起こる。心臓が鳴る。身体が熱くなる。顔が赤くなる。

『独り占めしたくなる』

先輩の声が耳元で聞こえた気がした。

ルカ

クラリッツは白くて柔らかそうな手に大きい銀のスプーンを持っている。右手には微細で美しい模様の施されたスープ用の皿を持ち、その中から具を拾って俺に差し出した。

いい匂いが鼻腔を擽る。

「いい子ですね」
「……」
「あなたはどうして、こんな風にいとも簡単に屈従して見せるのに、」
「……」

開いた口には上等な食材の織り成す夕餉の味が広がった。

視線を上げてクラリッツを見ると美味しい食事や品のある所作とは丸で対照的に顔を歪めていた。端整なそれは歪むと独特の危うさがあり、俺はそれとルーセンがキレた時の狂喜の顔を重ねた。

ロトが上辺だけのものは嫌いだと言っていたのを思い出す。

「私だけのものなら良いのに」
「……」

伏し目のままスプーンに具を乗せると俺が嚥下するのを待って再び口へ運ぶ。クラリッツとこの一連の動作は豪奢な部屋とよく合っているけれど、言っていることだけが宙に浮いてやけに頭に残る。

「俺のこと、殺してよ」
「……」

銀のスプーンが皿に当たってかちりと鳴った。

「パブロフなんて、」
「……」

かちり。それはクラリッツの心に鳴る着火のサインだったのかもしれない。

変化する一人称。

「セシカ。セシカ」
「……」
「あなたに会えて私は幸福です」
「……」
「他のものは要りません。俺はセシカの為に生きてきたんです」
「……」

かちり。

「だからあなたも、俺の為に生きてよ」

青い炎が灯った。ルーセンのそれとは全く違う、最高温の静かな情熱。

そして唐突にキスをされた。それはキスというより何かの拍子に喰い付いたと表現した方が適しているような衝動的で且つ親愛的情の無い接触だった。

「……」

クラリッツのキスにはそこにあるべき欲もましてや愛もない。

「反応してくれないんですね」
「縛られてて身動き取れないんで」
「…縛られてなければ応えてくれたってことですか?」
「……」

人間の部品として違和感のある程に真っ青な瞳に見詰められるとちりちり俺のどこかが燃えてしまうような気がする。溜め息と呆れ顔でそれを躱すけれど一層視線は強まって俺を射抜く。

「ふふ、セシカは情熱的なの?」

悪寒に肌が粟立った。

それでもクラリッツもその行為も嫌悪しないのは彼が美しいからだろう。繊細な造形は歪に捩れたように見えてもやはり美しい。

「……」
「本当は縛らなくても良かったんです」
「はい?」
「でもあなたは前に逃げた」
「……」
「もう逃げないって言えばこんなことしなくて済んだんです」
「…もう逃げない」
「本当ですか!?」
「ああ」
「ならもうずっと一緒です!」
「……」
「ずっと一緒です!」

嘘だけど。

シバ

永遠性の当事者


「この世界に残された伝説は互いに影響し合って君みたいなものを生んでしまった」
「……」
「俺が失敗作を前にする時と同じように、ジキルも酷く残忍な感情を持ったりしたのかな」
「残忍?」
「ジキルは君たちに名前を付けただろう?」
「はい」
「それは彼の愛情の表れだって世間では言ってるじゃないか。でも結局ただの物でしかない。そういう感情」
「ジキル博士は、テンマは、積み重ねることばかりだったような気がします」
「失敗作なんてない?」
「いいえ。僕は彼の失敗作です」
「……」
「でもどんな物でも彼は愛していました」
「それはきっと辛いだろうね」
「はい」
「…無機理論じゃなくても、ジキルなら一人で研究を完成させたのかな」
「どうでしょう」
「俺はね、怖くなったんだ」
「何がでしょうか」
「血を流すものを『造る』ことが」
「……」
「分かる?」
「いいえ」
「間違える度に、『造り』直す度に、命あるものを生み出したかったはずなのに、それが物でしかなくなっていくのが俺には怖かった」
「……」
「またジキルに会えたらいいのに。きっとあの頃できなかった話もできる」
「……」
「レルムもテンマに会いたい?」
「はい」
「はは、2人で探す?」
「はい」
「本気?」
「はい、本気です」
「あははははっ! それはいい! そうか! そうか!!」
「……」
「よし、そうしよう。探そう!」
「はい」
「うん、ジキルに会いに行こう」

ミツル

ハルヤの仕事が終わるのを待って食事に誘った。始めは俺と関わることに嫌気が差したのかとても丁寧とは言えない断り方をしたけれど、多少強引に連れ出すと下手な抵抗はしなかった。

ハルヤは個人主義で不干渉。人と距離を取るためなら社交辞令も厭わないが基本的に無愛想。

排他的なのは信用がないからかもしれない。

「仕事うまくいってないの?」
「いいえ」
「昼前と昼過ぎとで態度が全然違うと思うんだけどね」
「そうですか」
「……」
「……本当は一度、武器庫へ戻ったんですよ」
「いつ?」
「ミツルさんがいらして、私が出てから」
「あー…、そう。まあ俺もずっといたわけじゃないし? 訓練休んだらマズいしね」
「訓練ですか。そうですね」

優雅にスプーンを使って具を拾う手はやはり綺麗だった。指先まで抜かりない美しさがある。

リュウはハルヤとはどこか違う。

「その時に寂しくて今ご機嫌斜めなの?」
「……いえ。訓練はどういったことをなさるんですか」
「ぁあ?」
「……」
「興味あんの?」
「はい」
「……、お前には合わないと思うけど」
「参加できるものがあれば、検討したいんです」
「へえ」
「見学に近い形になるとは思いますが」

そこで言葉を切るとちらりと俺を見た。目が合ったことに驚いたのかすぐに視線は下ろされたが、「ご迷惑ですか」と言うと再び目を合わせた。

ハルヤの瞳は黒いのに澄んでいる。

「いや、悪い。それは俺が許可出せるようなもんじゃないから」

ダリアに聞いてみようと思ったちょうどその時ダリアはリュウを連れて現れた。リュウの頭を乱雑に撫でて何か言うと、俺たちに気付いたらしくこちらに近付いてきた。

「よお」
「お前らもいま夕食?」
「ああ」
「そうか」

じゃあとダリアが離れるのを見送る。ダリアの腕にリュウの腕が絡められるその様子が恋人同士染みていて目が離せなかっただけかもしれないけれど。

ハルヤと同じようにひ弱で繊細で美しいけれど、リュウは庇護欲を煽るのだと思った。

ハルヤには征服欲を煽られる。
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