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谷田部 愛里/好きな人を捜索しよう

所属の部署くらい聞いておけばよかった。

若手の集まりという名目で開かれた懇親会は予想通り男女での交流がメインとなって合コンとしての意味しかなかった。そこで出会ってしまったらなんだか“その積もり”としか思えなくなったのも無理はない。

二人で抜けたとは言え、何か有ったかと言えばそうではなく、連絡先を交換したのも思えば形式的な流れだった。

どんな人なんだろう?

私の身体がタイプじゃなかったの?

時折垣間見えた冷酷そうな雰囲気は表だったのか裏だったのか。彼の優しさは無関心の裏返しだろうか。


【好きな人を捜索しよう】


「痩せてて、頭が良さそうで、かなり格好良かった。木邨さんって名前なんだけど」

リノは白けた顔でパソコンに何か打ち込んでいる。

「黒髪で、物腰が柔らかくて」

覚えていることはそれくらいだ。リノがこれらのヒントから木邨さんを特定してくれるのかどうか、彼女の表情が冴えないところを見ると可能性は低いらしい。

「すごく格好良かったなあ」
「それはもう聞いた。他にないの」
「優しい人だった」
「他には」

どうだったかな。

「せめてフルネームならね。『キムラ』じゃ大して絞れないよ」
「そうかあ」

メールか電話をしても良いのだろうけれど、ああいう場で得た連絡先を利用するのはなんとなく嫌だ。

下心がありましたって宣言しているようなものではないか。まあ、結果としてはそうなのだとしても。

そうかと言って向こうから連絡が来るとは到底思えないから、何かしなくては進展は望めない。

どん詰まり、と呼ぶ。

「以上です。いくらなんでも情報が無さ過ぎます」

リノが言うならそうなのだろう。

「珍しい名字だから、分かるかと思ったんだけど」
「珍しいって程ではないでしょう」
「そう?」
「『キムラ』だよね?」
「だけど、漢字が」
「『漢字が』?」
「“木邨”って。珍しくないの?」

私はパソコンに彼の名前を打ち込んでみた。検索されたのはたった二人だった。

「そういうことは先に言ってよ」

リノは声を低くしてそう言った。感情を抑える訓練を積んでいる彼女が怒ることは滅多に無い。目の前で恋人が殺されても表情から心拍数まで一切変化させないのが彼らだ。

リノはまだ感情をコントロールしきれないことが時々ある。

だから訓練を続けている。

日常の中でも心拍数や声の抑揚を監視されている彼女を怒らせてしまった。後で彼女には何かが有るに違いない。私の所為で、罰則が。

「ごめん、ほんとうに」

リノは私の謝罪の意味するところに気付いたのか、また数分前の白けた顔に戻った。

「まあいいや。この人じゃないの」

ああ、そうだ。

格好良くて、優しくて、頭が良さそうで、しかし時々冷酷な顔をする人。リノの権限からでなければアクセスできない人。

私は木邨さんの個人情報を眺めながら、欲しかったものを手に入れたような、見なければ良かったという後悔のような、複雑な心境になっていた。

これは、“好きになってはいけない人”だ。

私は深く溜め息を吐いていた。
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File:ケアテイカー

 面倒見がいいって言われると、嬉しくなってまた他人の世話をしてしまう。要領も器量も良くないので、他人の世話をする余裕なんてないはずなのに。


 夜、少しずつ人の帰る事務室は冷房も切れて寒いのでコートを着る必要がある。節電の為に電気も最低限に減らされて『居残り』であることを思い知らされる。仕事が遅いから仕方ない。
 机の上にはチョコレート。池田さんがくれた。
「お腹空いた」
 チョコレートの包みを開く音はパリパリと響いて、悪いことでもないのに盗み食いをしている気分になる。

 池田さんは余り残業をしない。そういう人の方が上司にも好かれる。
 私だって何も好きで残業している訳では勿論ない。残業代は元より営業手当も住宅手当もない派遣社員の方が、私より良い生活だと思う。少し遅く出勤して、少し早く帰宅する。残業も出張もない。
 画面には詰まらない内容の報告書が映されている。アンケートの集計だとか見積りの並べ替えや消耗品の整理、誰もやらないから私が頼まれてやっている、それだけの仕事だ。電話対応や事務作業で時間がどんどん削られて、こうしていつも私は残業している。


 お腹、空いた。


「鍵、よろしく」
 鈴木さんがそう言って、開いている棚を指差した。
「はい。閉めて帰ります」
「あー、あと」
「はい」
 鈴木さんはコートを着込みながら言葉を濁した。
「榎本さん、残念だったね」
「あー、はい」
 はいと頷いていながら、私は鈴木さんの言わんとすることが分かっていなかった。理解の無い頷きは鈴木さんにも伝わったらしく、苦笑いされてしまった。
「榎本さんと仲良かったよね。彼、契約の更新しなかったんだって。知らなかった?」
「いいえ、聞いてます」
「そう。だから残念だねって言ったんだけど」
「あー、はい」
「『はい』って。……意味通じてないかな」
「いいえ、分かります。ありがとうございます」
 意味は分かった。社内で一番親しくしていた人が離職して、可哀想ってことだろう。でも、私としては、誰も榎本さんの相手をしないので仕方なく話していただけで、親しかったと思われるのは的外れなのだ。そんな気は、していたのだけれど。
 鈴木さんは、苦笑いのまま「そう」と繰り返した。
「じゃあ、とにかく、鍵の方はよろしく」
「はい」
「お先に失礼します」
「お疲れ様でした」
 鈴木さんは早い足取りで事務室から去って行った。

 まだ手の中にあったチョコレートの包みは、パリパリと乾いた音を鳴らした。

危ない橋を渡る

危ない橋を渡らなければ捕まえられない連中だから、保坂だってそれを承知でスパイしたものだと思っていた。

知っていることは少ない。

知ろうとするということは相手を求めるということだ。それはとても危ういバランスの上に成り立っている。

保坂は、潜入の度を超えて同化してしまった。

誰も保坂に同情しなかったし、俺だって保坂のような意思の弱い人間が大義名分を翳すのは大嫌いだった。可愛い恋人が憐れだ。我々保安官が憐れだ。

憐れな男だ。

危険を冒して自らの安全を賭して正義を全うする全ての人間に対する冒涜だ。ミイラ取りがミイラに、などと週刊誌が嘲るのが目に浮かぶ。

俺の手は震えていた。

抑えようのない憤りのために。

保坂のことで内通を受けた時、俺は少しも疑わなかった。仕事だから疎ましいとか嫌悪とかいう感情もないし、淡々と必要な情報を集めて疑いを晴らすことばかり考えていた。

保坂は馬鹿だ。

下らない連中に与して、自ら自分を貶めたのだ。

スパイするのには勇気と度胸が要る。いつ殺されても文句を言えないし死ぬより辛い拷問を受ける覚悟もなくてはならない。仲間は仲間ではなくなり、身近な人間は全て敵に変わる。心を許せる人はなく、眠りに着く度に命が摩耗してゆく。

悪夢が友だった。

少なくとも、俺は。

保坂は苦痛を手放して安らぎを得た。悪魔の子守唄を耳にして、欺瞞に満たされたベッドに身体を預けた。

そんなことは、危ない橋とは言わない。

危ない橋を渡る中で、俺達は絶対に正義を侵さない。だから保安官でいられるのだ。いくつかの違法行為と引き換えに社会の悪を打ち殺すのが仕事だからだ。

保坂を取り戻すのは簡単だった。

俺はただ悪夢と友となる。



曰く、“危ない橋を渡る”。
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ヘンリー ヒギンズ

言葉は魂を伝える鑑だ。

何処で生まれ、誰と育ったのか。何を学び、何を糧としているのか。言葉はそれらを教えてくれる。

私は王侯貴族や王都の言葉だけが正しく美しいとは思っていない。全ての者の言葉に魂ある限り、それこそが輝くのだ。人の生き様が言葉を躍動させる。

言葉は、だから魂を伝える鑑なのだ。

シークに特有の発音をあの少女は持っていないようだった。

彼女は一体誰なのだ。

セロリ(山崎まさよし)

君の作ってくれたロールキャベツにはセロリが入っていた。スープごと丸飲みして「美味しかった」と言っておく。

セロリなんか問題にならないくらい、僕は君のことが好きなんだ。

今日は流星群が見えるんだってさ。きっととても素敵な夜だ。マカロニサラダでも消せなかったセロリの後味は、君と流星群を眺めてどうにかするよ。

願い事を三回呟こう。それがお互い同じものだったらいいね。ずっと一緒に居たいって。

違ったとしても、まあ良いか。

ノイウェンス ハウゼン/孤立した僕と同室者

人の温かさを知ってしまった。


【孤立した僕と同室者】


世界が僕を嵐の中に閉じ込めていたから聞こえなかっただけだった。冷たい言葉の雨に耳を塞いでいたから、自分の身は守っていたようでも、大切な人の呼び声まで遠ざけてしまっていたのだ。

「おかえりなさい」
「あ、ただいま」

僕の出迎えに、同室者のアルはぎこちなく返答する。

「最近早いんだね」
「アルも早いですよね」
「うん。あ、もしまだなら、一緒にご飯食べに行く?」

そんな、怯えた草食動物みたいな顔をしなくても、僕は君を食べたりしないのに。

「同室者だからって、僕と食べる義務がある訳ではありませんよ」

アルはピノとは違う。彼は底の無い優しさを僕に与える人ではない。始まりがいつだったかは覚えていないけれど、その日以来アルは何かの責任を果たすように僕に話し掛けてくれる。

アルは眉尻を下げた。

「勿論、義務じゃない。私は君と食べたいんだよ」

それ以外には、ないよ、と笑いながら続けた。寂しそうな笑顔だった。

「そう」

ありがとう。

上辺だけの言葉でも嬉しいよ。

僕とアルは着替えてから食堂に向かった。ピークを過ぎた食堂は席を自由に確保できるので、複数人で食べようとする生徒で賑やかだ。目立つのは寄宿舎でも有名な学年の監督生とか期末に優等賞を受けたことのある人とか。

ピノもよく人の目を集めている。

社交的な人はピノに話し掛けて一緒に食事までとっている。僕の知らない人とピノが楽しそうに話している。

アルはそんな彼らを横目に見ていた。

そうだ、アルだって、僕なんかと居るよりピノと近付きたいんじゃないのか。

意識してピノ達から離れて座っていた僕は、アルに申し訳ない気持ちになった。ピノには及びも着かない僕ではアルだって詰まらないし楽しくないし恥ずかしい思いをするだろう。

「御馳走様でした。僕、先に帰ってます」

ごゆっくり、と席を立った僕に、アルは慌てた様子で声を掛けた。

「何故」

何故って、そんなの僕にも分からないよ。

「食欲ないから」
「食べなくても、良いじゃないか。一人で残されたら私は惨めだよ」

惨め。あなたが?

「惨め」

惨めっていうのは、僕のことだ。

マイヤー先生から離れると途端に僕は惨めになる。ピノにもアルにも嫌われてしまうんだ。僕は世界でたった一人になって孤独の中で老いて行く。

アルは違う。

友達が居るし愛されている。

僕は一人になったら、死ぬしかない。

生きているだけ迷惑だ。

それを惨めと呼ぶのではないか。

「違う」

アルは惨めじゃない。

アルの世界にはたくさんの人が居て楽しそうで明るくて明日がある。僕とは違う。

「ごめんなさい」

ごめんなさい。ごめんなさい。

こんなことを言う資格が僕にはないのに。アルを責める資格はないのに。

僕は生きるべきではない。

生きるべきではない。

隣に座っていたアルは僕の腕を掴んだ。マイヤー先生とは違う感触だったから酷く恐ろしい気持ちになった。

「離せ!」

僕はアルの腕を振り払った。その拍子にアルの顔に手が当たってしまった。アルが頬を押さえて、僕は見ていられずに逃げ出した。

最低だ。

もう嫌だ。

死んだ方が良い。

食堂を出る時、何故かトマトソースの匂いが鼻を掠めて、無性に食べたい衝動に駆られた。

僕は全てが最低だ。
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シバ/機械からのプロポーズ

水底の詩
それは耳を澄ます者にだけ届く声


レルムに新しいオイルを差してやると嬉しそうに歯車が滑った。そんなことをしなくてもレルムの中は正常に保たれる機能があるのだし、外気に触れると却って良くないのだろうけれど、レルムが笑うのだからそれが悪いとは思わない。

「ありがとうございます」

レルムはニコニコしている。拭いてやったばかりの髪は発色よく黄金色に艶めいて綺麗だ。

「俺は機械は専門ではないから、アレクシエルに色々教えてもらえて良かったね」
「うん」

レルムは大きく頷いた。

彼が犬なら毛並みの良い尻尾をゆらゆらと揺らしているところだろう。

「テンマは生きているんだなあ」

例えばテンマが死んだと聞かされたら、俺はそれなりに納得したのではないだろうか。レルムが来た時も、俺は彼の『頼み事』を聞いてやる一方で、テンマはもう死んでいてレルムはその形見なのだと感じていた。

テンマを追う旅の先に、彼の墓場があるような気がする。

「そうとも限らないか」

レルムは眠い時の子供がそうするようにゆっくり瞬きしていた。その重い目を持ち上げて、俺を見る。

「博士が死んだら、プッペが教えてくれます」
「どうやって?」
「分かりません。でも、そういう決まりですから」

彼らの幾つかの『決まり』は、テンマの意思に他ならない。レルムの言うそれを聞くと俺は少し嬉しくなる。

回路屋のクルト、人形師のノクス、レルムを構成するものに出会う度にテンマと再開した気になる。もう接点はないと思ってなんでも屋として荒稼ぎしている時はもうテンマは死んだだろうと思っていた。だから今はとても気分が良い。

「先生」

レルムが俺を呼ぶ。

初めて会った時より幾らか親しみを込めた声音で。

「博士が死んでも、僕と居てください」

それは丸切りプロポーズだ。

俺はレルムの頭を撫でた。冷たい感触にはまだ慣れない。

「考えておく」

俺が言うとレルムは不服そうな顔をした。人間と全く区別できないその表情は掌の感触と乖離して脳を混乱させる。

「本当に、考えておいて下さいね」
「うん」

答えはもう、分かっている。

俺も、ずっと君と暮らせたらって思っているよ。

さらさらした髪ごと頭を撫でてやると、レルムは気持ち良さそうに瞳を閉じた。


【機械からのプロポーズ】

ファスナー(Mr.Children)

布団に包まる君はベッドで白い脚を覗かせていた。そっと抜け出た僕がそのまま何処かへ出掛けたって気付かないんだろう。

思い出すのは、あの瞬間のこと。

昨日君が自分からスカートのファスナーを下ろした時、僕の中で何かが弾けた。奇妙な姿の道化師がパチンと指を鳴らすとそれで世界の仕組みが一変したんだ。

その後のことはあんまり覚えてない。

君のお父さんは、君が僕と夜を過ごしたことを知らないし、僕は、君が僕以外の男を知っているとは考えもしなかった。ウルトラマンの背中にはファスナーがあるんだって知った時みたいに、なんだか僕は泣きたくなった。

泣きたくなって、でも僕の手は君の滑らかな肌を撫でていた。

夜が明けて気付いたんだ。

僕はちゃんと知っていたよ。どんな風に見えても君だって14歳の少女のままじゃないよね。

結局僕だって他の男と同じだ。

君を触って、愛してしまう。

大切にしなきゃならないものがこの世にはいっぱいあると言うけれど、それは僕にとって君じゃないことに気付いてしまった。

帰り際リビングで僕が君のスカートのファスナーを上げてやった。優しい積もりの僕のお座なりな行為は精彩を欠いて、君はそれをすっかり承知していたから感謝も告げなかったね。

ファスナーの中がただの人間だってことは僕も分かっていたんだけど、そのファスナーを僕が上げてやるのはなんだか詰まらない種明かしを見せられているように虚しかった。

でも、誰にでもファスナーはある。

ウルトラマンにもファスナーがあるんだ。

そして、僕にも。

飲み会で女に言い寄られて僕の欲望は彼女をターゲットにした。このまま抜け出て遊ぶのも良いなって思ったのに、僕は君のことを思い出して、少し萎えてしまった。

君のファスナーを思い出してみる。君のファスナーは、決して下品じゃなかったなと思った。ファスナーがあるって分かっても僕はウルトラマンが好きだったのを思い出したよ。

僕は一人で帰った。

総てのことにファスナーがあるんだろう。知ってしまえば泣きたくなるような、そして酷く空虚になるような、そんなファスナーがあるんだろう。

きっとウルトラマンだけじゃない。

ウルトラマンのファスナーに子供の頃の僕は泣きたくなったけど、ファスナーは僕を傷付ける為にある訳ではなかった。ファンタジックなファスナー達を信じてみる値打ちはあると思えるんだ。

ウルトラマンにはファスナーがあって。

仮面ライダーにもファスナーがあって。

僕にもあって。

そして、君の背中にも。

奇妙な道化師が手招きして僕を誘うから気付かなかっただけで、見えないところには山程のファスナーがあるのかもしれない。

僕のファスナーを開ければ本当の僕が居るんだ。そいつは本当の顔を隠してヒーローで在ろうと頑張っている。何処か心の奥の深くて暗い場所で、見えない敵と戦っている。

或いは目を腫らして泣きじゃくっているのかもしれないね。

飲み会の女だってそうだ。

君のファスナーはスカートだけじゃなく、多分背中にも有るんじゃないかな。それを僕には否定できない。君自身にも剥がし取る術はないだろう。

そしてその必要もない。

君が下ろしたスカートのファスナーを記憶の中に焼き付けて、僕は胸のファスナーに触れてみる。

ウルトラマンのそれのように、見なかったことにするよ。

だってそれはなくてはならないものだろう。

だから僕は胸のファスナーを上げた。

惜しみない敬意と、愛を込めてファスナーを……。
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