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伊佐木

眞木と秋津はプライドが高くて似ているところが多い。父に呼ばれて秋津の父親と秋津自身と初めて食事をした時には見た目も似ていると思った。

「秋津は5組らしいね」
「……」
「気にならない?」

眞木はカタログを繰ると「別に」と呟いた。

秋津よりもシルバーアクセサリーの方が眞木の気を引くと言うのは本心ではないだろう。眞木なりに思うところもある筈だ。

「まだ芳川使ってんのかよ」

しかし眞木は秋津に付いては言及しなかった。

芳川は2年前に父がコネで慶明に就職させて遣った人で、こちらが強要する姿勢を見せなくても俺の言う事には逆らえないらしい。私はそれが愉快で色々とお願いしてしまう。

まだ未発表のクラス分けについても芳川が教えてくれた。

始めは眞木だって面白がっていたのに、最近ではそれほど興味がないらしい。

「だって楽しいんだもん」

にっこりと笑うと眞木も笑った。

「お前はいいな」
「あは、どういう意味?」
「意味はないけど」

眞木はまたカタログを繰った。

そこでコンコンとノックされた。返事をすると入って来たのは秋津だった。

「早かったね」

秋津は「ああ」と曖昧に答えて眞木の横に座った。

「伊佐木」
「何?」
「お姉さんに誘われた」

は?

「何に?」
「今度遊ばないかって」

眞木は声を出して笑った。秋津は表情を変えずに眞木の手元にあるカタログを見ている。

「本気にしないで下さいね」

つい昨日『賢太より年下は子どもにしか見えない』と言っていたのは何処の誰だろうか。

「親が聞いたら喜んで縁談組むんじゃねえの」
「伊佐木みたいな弟は欲しくないな」
「瑠璃さんが嫁ならいいだろ」

眞木は楽しそうに煽っているけれど、秋津はにやにやしながらも本気にはしていないようだ。

「それはもういいですよ。それより来年のクラス分け知りたくありませんか?」

私が笑むと秋津はソファに背を預けて溜め息を吐いた。

「まだ芳川使ってんの」
「眞木と同じこと言うね」

やはり2人は似ている。

「秋津は5組だよ」

秋津は複雑な表情で「知ってる」と言った。口の端では笑いながら、目はその話題を避けるように伏せられている。

慶明生にとって5組は特別だ。

勉強ばかりの慶明の中でも高等部の5組は更に優秀な生徒を選抜して構成されている。授業の多くは自習で、その替わりに宿題が山ほど出される。

自由な時間がなくなるということだ。

「だからお前とももう好きにできなくなるね」
「なんで5組に行くの?」
「…勉強したいから」

眞木が動きを止めて秋津を睨んだ。

「結局言いなりかよ」

秋津は舌打ちして脚を組んだ。

「私は5組でも5組じゃなくてもいいと思ってますよ」
「5組かどうかは問題じゃねえ」
「では何が、」
「ここで言いなりになったら、中学の3年間は無駄だったって言ってんのと同じだろ!」

そんな風に、怒らなくても。

「俺はお前とは違う。兄貴のこともちょっとは分かってきた」
「そんなの関係ねえよ!」
「だからお前とは違うんだよ!」
「違って当たり前だろうが!」

何、これ。

「お前はグループの一番真ん中にいて、しかも嫡男で、将来の心配なんかしなくていいもんな?」
「ハァ?」
「俺は認められる為に勉強する」
「成績とお前の価値は関係ねえよ」
「お前は苦労したことないんだろ。どっかで安心してんだろ?」
「俺は机でやるテストで一番二番決められんのが気に入らねえ。お前らもそう言っただろ」
「それは俺が甘えた子どもだったからだよ」
「だったらお前もアイツらと変わんねえな!」
「ステータスの一つにはなるって意味だよ」
「それが同じだって言ってんだろ!」

何、これ。

「てめえは最後には家族に守って貰えるって思ってんだよ!」
「ハァ!?」
「甘えてんだよ!」
「お前だって逃げてんだろ!」
「俺は親から貰ったもん全部捨てることになっても一人で生きたい」
「そんなの無理だろ」
「いつかそうなってもいいように、力をつける」
「それこそ甘えだろ。今度は誰に吹き込まれた?」
「お前の反抗期は永遠には続かない」
「ワンワン鳴いて尻尾振ってるてめえよりましだな」
「ならお前のは負け犬の遠吠えか?」
「兄貴に負けて可哀相になあ。今から頑張って留学しても敵わねえんじゃねえの?」
「てめえ、」

何、これ。

「あー、可哀相。会社はやらないって言われたのか?」
「何、お前って親の会社行こうと思ってんの?」
「教え込まれた通りに動かないと不安か?」
「お前こそ親のレール歩く気じゃねえか」
「そういうの奴隷根性って言うんだろ」
「それはてめえだろ!」
「俺は嫡男でてめえは次男。環境が全部悪いって考えてんだろ?」
「お前みたいに甘えたくねえんだよ」

何、これ。

「簡単に意思を曲げやがって」
「貰った餌しか食えねえお前よりましだ」

何、これ。

「私の家で、怒鳴らないでください」

五月蝿い。耳障り。

「……」

なんで?

「月に一度くらい、3人で遊べますよね?」

365日拘束される訳でもないのに。

「さあな」

眞木は立ち上がると乱暴にドアを開けて帰ってしまった。秋津は眉間に皺を寄せながら再びソファに凭れた。

「なんでですか」

秋津は何も言わずに静かに立ち上がるとやはり部屋を出て行った。

何、これ。

それから丸2年間以上、3人で集まることはなかった。

九鬼

一人で昼食を取ることは辛くない。

自分に友達がいないのは俺が詰まらない人間だからだと思わされるのが惨めなのだ。

「お前っていつも一人で食べてるよな」

だからそう言われた時はやはり惨めだった。心が痛いとかいうよりは一人でも良いから誰とも話したくなかった。

「そうですね」
「友達いないの?」
「…そうかもね」

俺は孤独が嫌なのではない。

人より劣ることが惨めなのだ。

俺はその時秋津を秋津として認識していなかった。厭味か皮肉を言われたのだろうとは思ったけれど、抗議したり反発する気は全くなかった。

無抵抗の降伏。

秋津という名前の同級生に惨めな自分を見透かされた。

「じゃあ俺の友達になる?」

秋津はやはり孤独な俺を惨めだと思っていたのだと思う。俺は秋津に傅く存在として彼の“友達”として迎え入れられた。

後悔しているわけではないけれど。

京平

花岡さんが風紀委員だとは思わなかった。自由奔放で、そういうタイプの人間には見えなかった。

風紀委員、ね。

今日は家を出る時から第三保健室以外での彼女との接点を作るの為に色々と根回しをしようと思っていた。良平からの頼まれ事は後回しだ。

光は教室で黙々と読書をしていた。

高等部へ進学し立ての脳天気な人間たちとは一線を引いている、という訳ではないことを俺は知っている。

「光」
「あ、はい」
「ちょっと来い」

驚いて椅子に座ったままの光を「早く」と急かす。椅子の脚を蹴ると慌てたように立ち上がった。

「はい、」
「お前って、風紀に知り合いとかいない?」

光は少し悩んでから答えた。

「いいえ。すみません」

だろうとは思っていたけれど。

「それと、どうなの」
「はい?」
「クラスの連中とはどうなってんだよ」
「ああ…」

あのまま平行線が続くよりは良かっただろうと思ってはいるが、俺が割り込んで余計に関係が拗れただろうとも思っている。

「俺は順調に復讐してるけど」

そう言って笑ってやると、光は「本当にやってるんですか…」と呟いた。呆れたような声音だったが俺はそれを“畏怖”と解釈することにした。

「皆怖がってますよ」
「それが目的だから良いんだよ」
「さっきも空気が変だと思ったら真井先輩が来てたし、」
「だからそれが目的だっつってんだろ」

凄むと光はあっさり「すみません」と謝った。

「あの、」
「ァア?」
「…あ、あの、風紀委員のことなんですけど、」

唐突だな。

「話戻すのかよ」
「すみません…」
「で。何」

光は苦笑いしながら言った。

「生徒会長ならお知り合いもいるんじゃないですか?」

あ。

「忘れてた」

荒唐無稽を憐れむような光の目は、俺の視線に気付くと一転して強張った笑みに合わせて曲線を描いた。

城内

恋人ではなくなって、友達として京平と話している時に思ってしまった。

この方が楽。

そうか。友達になりたかったのか。

周りの女の子が騒いでいてなんとなくで憧れていたから分からなかった。

京平

中庭に良平がいたので眺めていると、良平は窓から顔を出した花岡さんと話し始めた。

「何見てるの」

声の聞こえた方に顔を向けると皐がいた。

「お前か」
「あたしだよ。良平さん見てたの?」
「お前さあ、」
「あの2人付き合ってるの?」

皐は俺の声を遮った。

「……」

俺を批難して大泣きしていたのはついこの間のことなのに、今は随分けろっとしている。そういうところは嫌いではないけれど、よく分からないところでもある。

「まあ、あの花岡さんって色んな噂あるしねー」

皐は窓枠から乗り出して呟いた。

細かい雨がぱらついていて、校舎の中から傘を差し出した花岡さんに遠慮しているらしいのを漫然と眺めている。

細くて柔らかい髪が揺れた。

「濡れるぞ」

頭を上から掴んで後ろへ無理矢理引き倒すと、皐は変な声を出して仰け反った。

「普通彼女にそういうことする!?」
「お前なあ、」
「何よ…」

白々しいけれど強く責めようとは思えない。皐にはそういう“愛される”素質があるらしい。

爪の長い指で前髪を整えている。

「俺ら別れ損なってんだろ」

良平は傘を返して小さくお辞儀した。花岡さんは傘を畳むと窓を閉めてさっさと中に引っ込んでしまった。

生徒会のことで話していたのだろう。

2人が仲良いのかどうかは分からない。付き合ってはいないけれど、俺たちは趣味が似ているから内心は分からない。

「この間からさあ、京平はあたしと別れたいの?」

そうかもな。

お前のこと嫌いじゃないけど。

「さっきの、」
「うん」
「花岡さんの噂って何?」

皐は鬼の形相で俺を睨んだ。

「京平」
「ん?」
「サイテー」

自分が人間として最低なのは知っているけれど、そういう心算で話を逸らしただけでもなかった。本当に気になったからだ。

「俺あんま憶えてねえんだけど。なんで俺らってまだ付き合ってんの」

皐は俺を批難して、俺は皐に敵意を示した。

なのに皐はまだ俺の彼女だ。

よく分からないけれど本人がそう言ったのだからそうなのだろうとしか説明もできないような、そういう関係。

「あたしが嫌だって言ったから」

それだけか。

簡単な理屈だな。

「あ、そ」

俺は皐を自分の女にするということには興味がなかったけれど、皐が俺の隣にいることに嫌悪もなかった。

無理に別れるつもりはない。

「ねえ、」

俺は窓を閉めた。廊下を歩くと湿った空気を感じる。

「……」

皐は面白くなさそうに俺の隣を付いて来た。緩くウェーブの掛かった髪が揺れると仄かに甘い香水の匂いが広がる。

「もし別れてもあたしと話してくれる?」

そうだな。

「ああ。多分な」

だってお前のことは嫌いではないし、近くにいるのも苦痛とは思わない。

皐がヒステリックになるのは綜悟さんや佐倉が絡んでいる時だということも本当は分かっていた。女よりも男に対して嫉妬していたのだ。

恋人としてより、友達として。

始めからそうだったのかもしれない。

「ふーん」

そう言った皐の顔は何処かすっきりとしていて、楽しそうに笑っていた。

俺たちはその日のうちに別れた。

レルム

心優しい主人が経営するモーテルのあった街を出ると、外では酪農地や小さな家が建っていて長閑かだった。僕たちを乗せた車だけがその中をぽぽぽと突っ切って動いているので奇妙だ。

「どこへ向かっているんですか」
「アレクシエル=アレンの家」
「アレン?」
「『アマチュア』だよ」

アマチュア?

先生は道の遠くの方に焦点を合わせている。上り坂になっているし道も曲がりくねっているのでそう奥までは見通せないけれど。

仲の良かった人なのかな?

なんとなくそう思った。

ローリー

それは本物のクルト様だった。

「クルト様…」

クルト様は笑った。その口元に覗く八重歯は昔と全く同じものだった。釣られてこちらも笑ってしまう笑顔。

「こんにちは」

どうしてだろう。

どうしてまだ好きなのだろう。

クルト様はモーテルの客を全て追い払ってしまって、ただ笑ってお金だけ置いて行った。自分のことよりテンマという人のことをよく話して、帳簿に書かれた連絡先は出鱈目だった。

しかしその連絡先が真実だったとしても僕からは連絡できなかっただろうとも思う。

正しくても間違いでも同じことだ。

僕は馬鹿だから正しいことが分からなくて、だから正しいものに憧れてしまう。

クルト様なら間違いの間違いをさえ正して正しくしてしまえる。僕みたいに振り回されたりはしない。

「…お久しぶりです」
「うん」

僕のところへ来たのは、正しいことだったのですか?

「……」

傘を差し出された。

「風邪を引くよ」

ああ、そういえば。

そんなこと、僕は忘れていた。濡れた石畳の街路と霧のようなのに重く冷たい水滴を順に目で追って、雨というものの存在を思い出した。

「すみません、」

アパートメントから出るのに傘を忘れたのだ。すぐ近くに出るだけの用事だったのでまあいいかとドアを潜ったらクルト様が突然現れたのだ。

傘を取りに戻ろうと背を向けると、クルト様に腕を掴まれた。

「近くに外出の予定なら私も付いて行くから、一緒に入ってよ」
「いえ、でもクルト様が濡れると困ります」
「今は君と離れたくない」

クルト様の目は僕を捕まえた。

この熱い手でなら僕を本当に奪ってしまえそうだった。

この人はあの手紙がどうなったか知っているのだろうか。僕が読んでしまったことは知らないに違いない。読ませるつもりなら僕に渡してくれていた筈だし、出鱈目の連絡先を教えて音信不通にしたりはしなかった筈だ。

胸が締まって痛くなった。

「すみません。失礼します…」

クルト様は笑って招き入れた。

どうしてここへ来たんですか?

どうしてここへ来たんですか?

どうして僕に会いに来たんですか?

どうして僕の手を持って離さないんですか?

雑踏の中で僕たちはすっかりただの通行人になっていて、それがひどく心地好かった。誰も僕たちが客と従業員だとは思わない。

もっと心の通じた関係に見えたらいいな。

歩いている間に聞きたいことが頭の中をぐるぐると巡っていたけれど、もしかしたら握られた掌から伝わってしまったかもしれないとかもっと気の利いた話題にしようとかくだらないことも一緒に巡っていた。

「気にしないの?」

クルト様が言った。

それが何を意味するのかは分からなかった。

「……」

クルト様は手を強く握り直して少し僕を見ていたけど、僕が何も返事しないのを確認するとそのまま歩き続けた。

気にしてます、本当は。

だって好きなんです。

意識せずにはいられない。

『機械の回路にはゼロかイチしかない。複雑に場合分けして学習機能を付けたとしても、やはりその中ではゼロかイチかを絶えず判断しているに過ぎない。だからある記憶を忘れたいと思えば忘れてしまうし、憶えておきたいと思えば忘れない』

テンマさんが言っていた。

人間には、忘れたくても忘れられない記憶がある。

それはあなたです。

あなたが好きだからです。

「何を買うの?」

手が離されると冷たい空気が流れ込んできた。僕の手はクルト様を求めてさ迷った。

市場の屋根の中へ入ると、クルト様はカチリと傘を閉じた。僕がいたのとは反対側の肩がじっとりと濡れている。

僕はほとんども濡れてなかった。

馬鹿だから気付かなかった。

「僕を奪って下さい」
「え?」
「僕はもうモーテルの経営者でも従業員でもないんです。あなたがそうさせたんです。僕をちゃんと奪って下さい」

僕はあなたを追い出したりしなかった。

それが僕にできる意思表示だった。

あなたはもしかしたら僕の気付かないところでもっと沢山の信号を送っていて、あの手紙みたいに隠れたところで待っているのだろうか。

鮮明に、或は色褪せながら。

「……」

僕との出会いが間違いならクルト様には分かっただろうし、再開など望むべくもなかった。

ゼロかイチなら、イチ。

僕は手を差し出した。

「一緒に暮らして下さい」

クルト様は笑った。大きな声で笑った。市場を通る人が僕たちを振り返ったけれど、みんな直ぐに通り過ぎて行った。

「行くよ」

手が温かくて、気持ちいい。

もう離さないで下さい。

クルト様にとって僕がイチならいい。会った時、話した時、手に触れた時、ゼロからイチになったらいい。

クルト様の口元から八重歯が見えた。
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