※妄想小説
※マスタング大佐に片想いするモブ
※女性に対して暴力を振るう表現があります(15歳未満の方は読まないでください)
※約束の日から5年後
mblg.tvのつづき
「申し上げたくありません」
ミシェルの言葉に、マスタングは呆気に取られた。新兵に口答えされたからではない。副官が言った言葉と、そっくり同じ言葉を返されたからだ。
「今日それを言ったのは、君で二人目だ。その言葉を言われると私は弱い。その言葉、ちょっと狡いと思わんかね?」
マスタングは苦笑した。
それでミシェルには『一人目』が誰だったのか、なんとなく分かった。
「申し訳ありません」
「いや、いい。君の名前は覚えた。次また何かあれば、その時は容赦しないよ」
そう言う声音が確かに冷酷だから哀しくなる。『彼女』に対するみたいに、苦笑いでいいから、マスタング大将の感情を少しでも分けてくれたらいいのに、とミシェルは思った。
どうやって?
「着替えたかね?」
マスタングは後ろに意識を集中して尋ねた。
一度視力を失ってから、マスタングは視力以外の感覚に頼ることを覚えた。それは些細なことだが、彼自身はそのことを気に入っていた。
ミシェルは先程から動いていない。
着替えず、じっと、恐らく、私のことを見ている、とマスタングは感じていた。
「ミシェル?」
優しい振りをして、ただそう呼び掛けるだけのことでミシェルが泣きそうな顔をすることを、マスタングはもう知っていた。気付いていた。それを分かって敢えてやった。
彼女の中にある憐れな情動を掻き乱してやりたい。
その熱が、私は好きだ。
ミシェルが乱れる程、自分が冷静に成ることを、マスタングはよく自覚していた。
「まだです」
ミシェルは震える声で答えた。
「早く着替えてもらわないと困るね。私はこの部屋を出られない」
その声は優しかったが、どこか冷静だった。
ミシェルはマスタングを熱い眼差しで見詰めた。この人の感情が揺れる様を見てみたい。体を重ねた時、どんな息を吐くのか。怒りに震えた時、どんな悪口を吐くのか。悲しみに打ちひしがれた時、どんな弱音を吐くのか。
その口で、教えて欲しい。
私の名前を呼ぶ、その口で。
「マスタング大将」
「なんだね」
「好きです。貴方のことが、とても、好きです」
マスタングは振り返った。
下着姿のミシェルは切なそうに直立の姿勢でマスタングを見ていた。マスタングは冷静な頭で彼女が自分の感覚どおりまだ着替えていないことに内心でほくそ笑んだ。
「私は、差し出されたものを遠慮する程、奥ゆかしい性格ではない」
マスタングはそう言ってミシェルに歩み寄った。
自分は幸福か、ミシェルは自分に問うた。
「当たり前よ」
その言葉に、マスタングは首を傾げたが、二人の距離は縮まった。
【苦い契機(後編)】
マスタングは最後まで優しかった。
思ったとおり。
想像どおり。
女に慣れていて、女を終始気遣って、優しい言葉を容易く口にして、気持ち良さそうに目を細めて、私の存在を祝福する素振りをして、詰まらない愛ばかりを体に満たしてくれる。ああ、マスタング大将は、私を慰めてくれたんだ、と全て終わってからミシェルは気付いた。
「これからペニントン少将のところへ行くのかね?」
マスタングは少し笑って尋ねた。
ミシェルがマスタングの執務室に来てからもう何時間も経っている。
「ペニントン少将は私の義理の兄なんです。私のことを知っていて、ここへ来るように計らっただけだと思います。今頃きっと笑っていますよ」
「ふむ。知らなかったが、ペニントン少将はそういう人物なのか」
「普段は、違うのですが…」
普段は違う。実直でユーモアがあって明るい義兄だ。
悪ふざけは似合わない。
ミシェルはマスタングに用意して貰って机に置かれたままだった軍服を手に取って、それを眺めた。これはマスタング大将のものではないか、その考えが頭を巡っている。
「着替えないのかね?」
マスタングはそう言ってミシェルの手から軍服を取った。そしてそれをミシェルの肩に掛けてやると、素っ気なくそこを離れて椅子に座った。優しいようで、冷たい。
早く部屋を出ろと言われているみたいだ、とミシェルは思った。
ああ、でも。
なんだか包まれているみたいで。
快感に震えそう。
ミシェルは羽織った軍服に触れて吐息を漏らした。
「今夜、お食事でもいかがですか」
ミシェルが言うとマスタングは笑って「喜んで」と答えた。それを聞いたミシェルは嬉しそうに微笑んで、本当に遠慮しないのね、と内心で思った。
食事も同じだった。
セックス以上に想像どおり。
優しくて聞き上手で話し上手。
店の主人が私を見てにっこり笑うから、きっと自分はマスタング大将が連れ歩く大勢の女のうちの一人でしかないんだわ、と思わずにはいられない。いつもと違うアクセサリーを店の主人も楽しんでいる。ミシェルはそう思って切なくなった。
分かっていたことだ。
分かり切っていたことだ。
「家まで送るよ」
店を出るとマスタングはそう言って車を手配した。
断るべきなんでしょうね、とミシェルは思う。
私に理性と自尊心があるならば、そしてマスタング大将との関係を良くしたいならば、私は笑顔で「ありがとう。でも結構よ」と言って断るべきなんでしょうね。彼だってそれを望んでいる。
でも、駄目だわ。
だって好きなの。大好きなの。
心が焔に煽られて、焦がれて、切なく泣いているの。
ずっと好きだった人が目の前で優しく私の名前を呼んで、私に触れてくれるなら、それを断るのは私の意思ではあり得ない。
「ありがとうございます。お願い、私、少し酔ったみたいです」
ミシェルに寄りかかられたマスタングは優しくその肩を抱いて笑ったが、それは失笑に近いものだった。
マスタングの精神は冷酷だが、要領が良いから気持ちが伴わなくても優しくすることを知っていた。女が喜ぶこと、上司が喜ぶこと、国民が喜ぶこと、それを片端からなんでもやってやる根気と体力もあった。
女を一日特別扱いして喜ばせることなど造作もない。
マスタングは最後まで優しかった。
にこにこ笑ってミシェルを介抱した。
ミシェルを抱えてベッドルームまで運んだマスタングが「私は帰るよ」と言うまで、ミシェルは夢の中で雲の上に寝転ぶみたいに全く現実味なくぼうっとしていた。
それは本当に酔っていたのか、恋の熱に浮かされていたのか、ミシェル自身にも分からない。
時間が止まればいいのに。
マスタング大将が、私を好きになってくれたらいいのに。
それが永遠になればいいのに。
二人で死なない人間になって。
永遠に。
二人で生きる。
「帰らないで、ください」
ミシェルはマスタングの腕を掴んでそう言った。
たぶん、言葉以上に私の目は、私の心を代弁しているでしょうね、とミシェルは思った。自分でも分かる。縋るような、救いを求めるような、憐れな目でマスタングを求めていることを。
「帰るよ」
マスタングはあくまで優しくそう答えた。
「中尉が家で待っているのですか?」
「は?」
言いたくない。けど仕方ない。
「マスタング大将の、特別なひと」
ミシェルが言うとマスタングは少しも動揺せずに「中尉とはそんな関係ではないよ」と答えた。
何よ。
なんなのよ。
じゃあ帰るなんて言わないで。
「私とは『そんな関係』になっちゃって良かったんですか?」
マスタングはまだ動揺を見せない。ただ困ったように笑ってミシェルの腕に触れた。
「悪いが、君は『特別なひと』ではないよ」
「でも寝たわ」
「差し出されたからだ」
「差し出されたらなんでも食べるのですか?」
マスタングはミシェルの頭を撫でて「なんでもは食べない」と言った。
それが、その声音が、余りに優しくて、丁寧で、ミシェルはマスタングに優しくされる程、辛くなるのが分かるのに、それでも求めてしまう。
止まらない。
止められなかった。
「哀しいひとですね。ホークアイ中尉が男性と歩いているのを見かけましたよ。中尉には特別なひとが居るのに、マスタング大将はまだ彼女に恋していらっしゃるのね。哀しいひと。ホークアイ中尉がマスタング大将の気持ちを知ったら、きっと貴方から離れますよ」
哀しいひとね。私と同じ。
マスタングはミシェルの頭から手を離した。
「彼女に恋人が居るかもしれないことは知っている」
「かもしれない?」
「本人から直接聞いた訳ではないのでね」
「信じたくないだけですよ。考えたくないだけです。中尉には恋人が居るのに、それを可能性の一つみたいに考えて逃げ道にしているだけではありませんか?」
「……」
「今頃中尉は男に抱かれていますよ」
最後の言葉を言い終わらないうちにマスタングはミシェルの口を手で塞いだ。
「口を慎め」
その声は、酷く冷酷だった。
「私の部下のことをあれこれ喋るな。傲慢な女め」
マスタングはそう言ってミシェルの口を塞いだまま、腕に掛けられていたミシェルの手を乱暴に払った。そしてミシェルの目を間近で見下ろして威圧した。
「哀しいひと? 私は哀しくないぞ、ミシェル」
二人の距離は互いの息がかかる程近い。
口を塞いでいた手が退けられて、ミシェルは少しの後悔と、少しの喜びを感じた。
熱い。
息が熱くて痺れそう。
なんて素敵なひとなのかしら。
ミシェルの膝は恐ろしさで震えていたが、熱狂的な憧憬が収まることはない。ミシェルは愛を込めてマスタングを見た。
「好きです。貴方が、好きです」
ミシェルは震える声で囁いた。
「君が、誰を、好きだって?」
マスタングはそう言ってミシェルをベッドに押し倒した。ここにミシェルを運んで来た時とは全く違う乱暴な手付きだ。
「マスタング大将…」
ミシェルがマスタングの名を囁くと、マスタングは憎しみを込めて「これでもか?」と言った。そしてミシェルの脚の根を暴いて指を入れた。
「私は、私の大切な部下を悪く言う人間を好まない。特に中尉とは付き合いが長いから、悪く言われると、ちょっと、抑えが効かん」
マスタングの乱暴をミシェルは拒否しなかった。
「君の言葉は醜い嫉妬だ」
「そうです。好きだからです」
ミシェルはマスタングの腕に触れた。
「私が好きか?」
「はい」
ミシェルは躊躇せず答えた。
マスタングはミシェルを見て冷笑した。
「何故、拒否しない?」
「好きだからです」
「この口は、好きならなんでも食べるのか?」
「なんでもは食べません」
ミシェルがマスタングと同じ言葉で返したのを、マスタングは楽しげに目を細めて笑った。
「じゃあ、これは?」
マスタングは指を動かした。
ミシェルは苦しそうに眉根を寄せた。
「中尉に、できないことが、私にできます。それが嬉しい。ああ、嬉しいの」
「淫乱」
「そうです。だって、好きなんです。マスタング大将、お願い。ああ……、お願い、もっとして。中尉にできないこと、もっと!」
ミシェルは切なく叫んだ。
冷たい目でそれを眺めていたマスタングは、段々と苛立ちが興奮に変わっていることを自覚した。ミシェルの淫らが蠱惑してくる。愚かな女だが、私と似ている、と思った。
「もっと、か。強欲だな、ミシェル」
「あ……」
「ほら、もっと頑張れ」
「あ、大将……」
「怠けるなよ、ミシェル。君も私に、良くしてくれるのだろう?」
マスタングが上着のボタンを一つ外すと、ミシェルがその続きを手伝った。
ミシェルが自分に尽すようにする程、マスタングは楽しくなった。自分に似て、独善的な信念を持ち、過ちを犯し、好きなものには自己犠牲的で、好きなものには憐れでしかなく、好きなものにはとことん愚かな、救いようのない、馬鹿者だ。
それが君だ、ミシェル。
それが私だ。
「シャツはいい。そのままで」
マスタングはシャツのボタンを外そうとするミシェルの手を優しく払った。朝は職場だったので気にも留めなかったが、ベッドでも服を脱がない積もりらしい。
「何故?」
切なげにミシェルが尋ねた。
それもその筈だ。マスタングもその気になって、その意味ではいい雰囲気だったのに、これでは行為が終わったら早く帰る積もりだ、と言わんばかりである。
マスタングは少し躊躇してから「傷があるから」と、口を濁らせた。
はっきりしないマスタングの態度に、ミシェルは首を傾げた。
軍人なのだから、傷くらい見慣れている。特にイシュバールを経験した軍人には大きな傷もよくあるものだ。そして彼らはそのことを恨みながらも誇りを持っている。
なぜ嫌がるの?
踏み入っても良いだろうか。
嫌がられるかしら。
ミシェルの複雑な迷いがマスタングにも伝わったらしく、少し自嘲して「大したことじゃない」とマスタングの方からシャツを捲って口を開いた。
「酷い傷だろう。自分でやったんだ」
マスタングの脇腹には大きな火傷痕があった。
「酷くなんかないわ」
ミシェルは傷痕をうっとり触りながら呟いた。
「怖くないか?」
「これでも私、軍人ですよ」
怖い?
そんなことはあり得ない。
発火布で脅かされて失禁したのがつい今朝方だから、怖がりだと思われたのだろうか、とミシェルは恥ずかしくなった。
顔を赤くしたミシェルは「今朝の、あれは、特別です」と消え入りそうな声で言った。
マスタングは目から鱗が落ちたような顔になって「あ」と言った。
「あ」
「なんでしょうか」
「君が軍人だというのを忘れていた」
そう言うとマスタングはミシェルの上から退いて、ベッドの縁に腰掛けた。背中を向けられたミシェルは面白くない。体を起こしてマスタングの顔を覗き込もうとしたが、あとちょっとのところで見えないから余計虚しくなる。
「だから、あの、今朝のことは、あれは、忘れてください」
「いや、うん。あれには驚いたが」
「……申し訳ありません」
「そうか、君は軍人だったな」
「なんですか、それ。さっきから……」
マスタングは困ったように笑って「私の信念の問題だ」と答えた。
「私は昔から軍人には手を出さないことに決めている」
「え」
「どうしよう?」
マスタングは愉快そうに笑ってミシェルを振り返った。
その表情が余りに優しくて、その声は余りに近くて、その仕草は余りに穏やかで、好きで、大好きで、彼に触れられる日が来るとは思いもしなかった程の憧れの人で、でも彼は確かに現実に目の前に居てミシェルを見ていて、ミシェルは堪らない気持ちになった。
こんなの。
こんなの。
だって、狡い。
「続きは……?」
ミシェルは泣きそうな声で強請った。
「どうしたい?」
「そんな。今さら、止めるなんて」
「でも私にはポリシーがある」
「そんなの……」
「軍人を辞めるかね?」
「できません」
ミシェルが即答したのでマスタングは笑った。
「冗談だ」
マスタングはそう言ってミシェルの首に手を回して浅く口付けた。
「ひどいですよ。マスタング大将だって、止めるのは惜しいって思っていらっしゃいますよね?」
「君程じゃない」
「でも興奮してましたよね」
「でも立ってない」
マスタングの直接的な物言いにミシェルは眉根を寄せた。
「下品です」
マスタングは涼しい顔で「そうか?」と言って、今度はゆっくり深く口付けながら、ミシェルの服に手を掛けた。
ミシェルは、そうか、と気付いた。
この人は、雰囲気を良くする為に、あんなことを言ったんだ。
冷たくて敵に対しては容赦がないのに、女の人を乱暴に抱けない人なんだ。
「今朝は、すまなかったな」
マスタングはミシェルを愛撫しながら申し訳なさそうに謝罪した。表情は普段と余り変わりないけれど、目元が少し暗い。これから女を抱くようには見えない。
ミシェルは笑った。
「忘れてください」
マスタングは「うん」と頷いて優しくミシェルを抱いた。