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佐倉

サエと名乗る美人に逆ナンされた俺はチラッと見えた彼女の鎖骨に釣られて駅ナカのスタバに入った。何故スタバなのかと言うと、サエがそう望んだからだ。

「居酒屋でいーじゃん?」

サエは色っぽく微笑むと明快に拒否した。

「貴方、制服だもの」

成る程、その通り。

制服のまま酒を飲む機会は結構あるので、すっかり忘れて居た。良平も京平もそれを止めるような人間ではないし、居酒屋からラブホへ行くのは俺にとっては定番のコースだったから、逆ナンされてスタバへ行くのは斬新だ。

しかしサエの鎖骨は綺麗だし、そもそも逆ナンだから酔わせる必要は無いのかもしれない。

「なんで俺に声掛けてくれたの?」
「よく見掛けるからよ」
「へー、まじ? どこで?」

サエは俺の目を見た。

「学校」
「まじで?」
「ええ、そうよ」

俺は制服を着て居るけれどサエは私服なので思いもしなかった。クラスメイトの顔や名前も憶えられない俺が、同じ学校の誰かだというヒントだけでサエに心当たりが有る訳がない。

クラスメイト、だったりして。

それってスゴい。

「俺たちもしかして知り合い? 俺バカだから人の顔とか憶えらんないんだよね」

俺の言葉にサエは破顔した。

「貴方って面白いのね。あの2人が好きになった理由が分かる気がするわ」
「あの2人?」
「真井くん」
「さないくんって、」

もしかして。もしかしなくても。

「真井良平と真井京平くん」
「そっちが目的?」

俺が聞くとサエは首を傾げて否定した。

「目的は貴方よ」

その悩殺アイコンタクトは色っぽくて京平の好きそうな感じがした。ストレートで意志が強そうで自信に満ちていてどこか優しげ。

京平が手を付けた女かな。

「まあいーや」

俺と京平とでは違い過ぎる。

せっかくの逆ナンが京平目当てであるというのは中等部までは特によくあったことなので、俺はサエとのイイことを諦めて、脱力した。

サエはそんな俺を見ると、ひくりとも笑わずに首を傾げた。

「何が良いの?」
「よくねーよ、全然」
「何が?」
「アホみたいに俺ばっか京平たちを好きなこと」

サエは納得したのかしないのか「ふうん」と気のない返事をした。

つまんない。

俺はサエの鎖骨を未練がましく見詰めた。細いネックレスのチェーンがその鎖骨を撫でるのを見て、俺は京平たちと三つ子だったら良かったのに、と思った。

京香

私はダラスに手を引かれてホテルのスタッフ向けの部屋に連れて来られた。

「ウォルターは?」

挨拶を、と思って中座したのだ。その相手がいないのでは、いよいよ私はレオンとヤンに失礼なことをしたことになる。

「必要なら連れて来る」
「ちょっと、話が違うんじゃない?」
「これでいい」

ダラスは威嚇するように私を見た。初めて会ったあの時のように、その視線だけで竦み上がらすことのできる冷徹な目だ。

「いいわけないじゃん!」

私の反発にダラスはさらに睨みを利かせた。

「俺は『これでいい』と言ったんだ。どうして『いいわけない』と思う?」
「どうして怖い顔するの?」
「お前が聞き分けないからだ」
「なんで急にそんなこと言うの?」

ダラスは一呼吸置いた。その微妙な間は、目には見えない最後通牒なのだと思った。突き付けられたのは、若しくは私の最期を決める凶器か。

「私は人間を信じていない」

その声は脳を直に侵食する。少し前まで私はダラスにぐずぐずに侵食されることを望んでさえいたのに、いまはそれが怖い。

「ダラスだって、人間なのに、」

人間であるダラスが、人間を信用できないと言う。人間を信じられないと言うダラスは、人間を苦もなく殺せるのだと言う。

悲しいじゃないか。

残酷じゃないか。

私のその呟きに答えるようにダラスは微かに笑った。表情筋の攣縮と言う方がしっくり表現されるかもしれない、そんな笑い方だった。

笑えたんだ、ダラスって。

それとも見間違い?

「俺は、俺自身のことも信じていないが、お前のことは信じてる」

なんだって?

「それは、」
「お前は信用できる。だからお前を護りたいと思ってる」

ダラスは真っ直ぐ私を見た。その目をまだ怖いとは思ったけれど、敵意や殺意は感じなかった。

「護りたいって言われても」
「あの2人とはどうやって知り合ったんだ」
「どうって、」

私は仕方がないので「強いて言うならナンパです」と素直に答えた。

「お前には警戒心がないのか」
「あるよ」

私の即答にダラスは渋い顔をした。それは元より明るくてハッピーな方ではない顔だから、慣れてもまだ得も言われぬ迫力を覚えてしまう。

警戒心ぐらい、持っている。

人間不信のダラスには敵わないだろうけれど、こんな世界に打っ飛ばされた私だから、当然だ。至極当たり前に順当に自然の摂理として真っ当に健全に歴然の道理として確かに正しく警戒心を持っている。

ダラスは「そうか」と答えた。

ああ、そうか。

つまりレオンとヤンに対して抱くべき警戒心が私には欠けていたのか。

漸く私は“ナンパ”という軽率な誘いに応えた自分の警戒心の無さに気付かされたことを知った。

レオンを信じたのは和山さんに似ていたからだ。

馬鹿だな、私って。

和山さんはもう居ない。

ここには智仁しか居ない。

「なら、もうあいつらと2人きりで会おうとするな」

私はダラスの忠告にはっきりと答えなかったけれど、否定することはできなくなっていた。ダラスの親切は、正しかった。

悪縁契り深し

バーン!

アメコミで言えばまさに悪者の登場シーンである。もっと現実的に考えると、不意で想定外の爆音が早朝の街に鳴り響いた。

バキバキ!

生け垣を打ち破って何かが俺の家の庭に侵入したと思しい不吉な音も伴っていた。悪夢、ではなく、現実である。

「いってぇぇぇ!!」

そしてその声は幼馴染みのものに違いなかった。

「うるっせぇぇぇ!!」

只今の時刻は午前5時。季節によっては空も白む前だ。

「いてててて、リョータ、助けて…」
「自力で出ろやぁ!」
「いたたた、ヤバいってこれ…」

ァアン!?

何がヤバいんじゃ、ドアホ!

幼馴染みを怒鳴り付けながら縁側から庭に出て事故現場を目に留めたとき、俺は言葉を失った。

「……」

密かに家庭菜園で育てているゴーヤを支える添え木が、紀勢の太股に不気味にぶっ刺さっていたのだ。裸足で画鋲を踏み抜いたことのある俺でも流石にその壮絶な負傷には顔が引き攣った。

「リョータ、」

紀勢の泣きっ面は少しも可愛くなかった。

普段の凶悪顔の方がまだ見ていられる。

しかしながら俺が紀勢との長い付き合いの中で彼の目に涙が浮かぶのを認めたのは初恋の文枝ちゃんに振られた時とこの時のたった二度である。多少の同情は、してやった。

いや、でもなぁ。

ゴーヤ、グチャグチャじゃん。

紀勢の顔も、グチャグチャ。

それが先週の出来事だった。紀勢はそれから入院していて、今日は明日には晴れて退院することが決まったという報告を受けたところだ。

「お前の生命力が怖いわ。ゴキブリ並だな」
「俺が元気になって嬉しい?」
「せやなー」

俺の心の篭っていない相槌に紀勢はへらっと笑った。

入院してたった1週間で院内を徘徊するに至った紀勢は一躍リハビリをしている人たちの人気者に成った。期待の星、希望の星、らしい。

馬鹿みたいなその話を初めて電話で聞いた時の俺の返答は、「まずその頭ん中を治してもらえ、ドアホ」だった。

そもそも紀勢がこう早く回復できたのは半分は俺のおかげだ。まず太股に突き刺さった添え木を力任せに抜こうとするのを制止して、変に曲がった腕を冷やして固定した。そして円滑に治療してもらえるように口利きを頼む根回しまでした。

ちなみに内科医に特別に応急手当てをしてもらい、言われた言葉は「警察呼ぼうか?」だった。

捕まるのは紀勢の方だけどな。

確かに紀勢は交通事故に巻き込まれた歩行者かリンチ遭った非行少年みたいに悲惨な格好だった。今も身体中に痣がある。

「俺はリョータみたいなダチがいて幸せだっつうのに」

痣だらけの紀勢のアホ面がだらしなく緩んだ。

「俺はお前みたいなトモダチ要らんわ」
「なんで!?」
「ゴーヤ、お前のせいでグチャグチャんなったんだぜ?」

どんどんツタが伸びていくのが面白かったのに。今はもう水もあげていない。

「ゴーヤぐらいで…」

ァア?

“ぐらい”ってなんじゃ。

ゴーヤ、“ぐらい”?

「小学生んときさあ、お前とダチんなると頭悪くなるって噂あったの知ってる?」
「ァア?」

だから紀勢は一匹狼だった。

もっと酷い噂もあったし、俺だってそれを信じた時期があった。

「今だって、変わんねえな」
「ァア!?」
「お前といると気分わりぃんだよ!」

俺の言葉をきっちり全部聞いてから、紀勢は勢いよくベッドから立ち上がって無傷だった脚で助走を付けてその脚で俺を蹴り倒した。

「何すんじゃぁぁぁ!!」
「うるっせぇぇぇ!」
「死に損ないはさっさと死ねぇ!!」

揉み合ううちに脚に痛みを感じた。

でもそれも長くは続かなかった。紀勢の腕は力なく俺を掴んでいて、はっきり言って女に縋られている時の方がまだ力入ってるだろと思えるくらい紀勢は弱々しかった。

それに、俺は至近距離で怒鳴り散らすこの弱々しい男に目が釘付けになっていた。

おい、紀勢。

お前それマジかよ。

「……、」

紀勢が泣くのを見たのは、長い付き合いの中でも、初めてだった。

目に涙が浮かぶってのはあったけど、こんな風に『泣く』ってのはなかった。確かに間違いなく一度もなかった。

日焼けした頬を、涙が濡らした。

「お前、泣いてんじゃん…」

マジ泣き?

「うるせぇ、見んな!」

なんで泣くんだよ。

死ねって言ったから?

「わりぃ、なんか」

俺の久しぶりの謝罪に紀勢の何かが余計に反応したらしく、声を抑えるのも虚しく可愛くもない嗚咽が病室にこだましていた。

少ししてから紀勢は小さな声で言った。

「文枝ちゃんも、そう言ったんだよ」

ああ、そっか。

お前が必死で泣くのを我慢したあの時の涙がいま出てきたのか。

『お前といると気分わりぃ』がまさかのクリティカルヒットだったわけね。

思いがけないことってあるもんだよな。

でも、いまそれどころじゃねえわ。

いてぇ。

俺の太股にはシャーペンがぶっ刺さっていた。太股を手で押さえたときに目の端に映ったのは、学校の教科書と汚い落書きしか描かれていないノートだった。

馬鹿が勉強してんじゃねえよ、ドアホ。

「紀勢、」

紀勢はすぐには俺の現状を理解できずに首を傾げて怪訝そうな目を向けてきた。俺とは大違いだ。

自力でシャーペンを抜いて水で洗ってから病室に戻ると、紀勢は何故か笑顔だった。

「同じとこに傷出来たね」

ぬかせ。

「やっぱお前みたいなダチは要らんわ」
「ハァ?」
「もう見舞いにも来ねえ」
「大丈夫、明日には退院だから」

最悪だ。

こんな男とは縁を切ってやる。

「死ね」

紀勢はアホ面を緩めて笑った。女が好きそうな甘いマスクというやつだ。

「俺たち、死ぬときも同じなんじゃねえ?」



曰く、“悪縁契り深し”。
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レオン・リー・スコッチ

「何あれ。バレてんの?」

俺が言うとヤンは緊張の糸が切れたように申し訳なさそうに顔を崩した。

「申し訳ありません。だとしたら、私の責任です」

責任の所在なんて、興味ない。

ヤンは俺の気持ちを汲んでか一層申し訳なさそうに目を伏せた。

俺はこういうヤンが嫌いだ。

独善的な主従関係に支配的価値はない。俺という男だからヤンを支配できるのだ。ヤンが平伏そうが足掻こうが俺は必ずヤンを支配する。

「あの男、ダラスって呼ばれてたけど」
「言葉遣いに比べて、とても綺麗な発音でしたね」

ヤンは探るように答えた。

確かにヤンの言う通りだった。発音だけは奇妙に流暢で、何より俺たちを警戒して京香から引き離したところも気になる。

何で気付いた?

「京香ちゃん、帰って来ないかもね」

俺が言うとヤンの目尻の垂れた目が細められた。勝ち気なその表情こそ俺の気に入ったものだった。

「また改めて伺いましょう」

その言葉には術が仕掛けてあるようにさえ思えた。

京香

私は私の必然が知りたい。それは神様が気まぐれに決めたものだとしても私にとっての必然には相違ない。

或は、私にとっての“神様”は、この世界のただの人間に過ぎない可能性も非常に高いのだ。

「2人は何処から来たの?」
「ここからはけっこう遠いよ。ロアンってところ」

レオンは料理を口に運びながら答えてくれた。

「そっか」

私は自分から聞いたのに詰まらない相槌を打った自覚があった。何かもっと良い話題はないかと思案しているちょうどその時、身体の大きな男が私たちに話し掛けてきた。

「今日は休みじゃないのか」

その声は私の聴覚を甘く刺激した。

声の主はダラスだった。

「ダラス。休みだよ」

だからこうしてレストランで談笑しているのだ。仕事をしているようには見えない筈だけれど。

「ウォルターに挨拶していったらどうだ」

ダラスが強制力を感じさせる表情と口調で言うから、私が答えられることなんて決められているようなものだ。

「ここに居るの、ウォルター」
「ああ」
「そう、じゃあ、挨拶しないとね」

プライベートな時間に仕事で席を外すなんて最低な13歳じゃないか。

私のげんなりした表情とは正反対に、ダラスは敵意さえ覚える鋭い視線をレオンとヤンに向けた。私を引き留める様子など微塵も見せていないのに、過剰な牽制を示している。

「少し借りる」

そう言い放ったダラスの声は、私の脳を侵して痺れさせた。

怖い、と思った。
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