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ジョシュ ノートン/味方

「どこにいたの」

責めるようになった俺の口調にウェンスは曖昧にごまかしたりしなかった。真っ直ぐ俺を見てから少しも笑わず「ノートを届けてた」と答えた。

「先生と少し話し込んじゃった」
「そっか。仲良かったんだ?」
「いや、ちゃんと話したのは初めて、かな」

ウェンスがマイヤー先生と話しているところは見たことがない。避けているのかとすら思ったことがあるのだから、話し込んだというウェンスの主張には疑問があった。

「大丈夫?」
「何が」
「マイヤー先生、生徒と遊んでるって噂あるから」
「……そう?」

詮索している響きにならないよう注意してみたけれど、ウェンスは普段以上の平静さで俺の横を通り抜けた。

これは警戒されている。

「8回生から11回生が趣味らしいから、ウェンスだって危ないよ」
「詳しいね」
「火のないところに煙は立たない」
「……」
「今回一人で行くようにしちゃったのは俺のせいだけど、あんまり無防備だと心配だよ。ウェンスは今力を付けてる途中なんだし」
「…ありがとう」
「……」

ウェンスは教科書類を丁寧に縛ると重そうなそれを両腕で抱え上げた。細い腕は針金のように巻き付きている。シャツの上からでも白い肌に食い込む様が思い浮かぶから痛々しい。

気軽に持とうかと申し出られる関係ならよかった。

ウェンスが健康で生きることに直向きならよかった。またそうなればいいと思っている。

けれど今はその時ではない。

俺は回復の兆しのある彼に無闇に手を貸すことはしたくないけれど、彼を直視していることもできずに自分の荷物に目を落とした。ロッカーに置いたままのものが多いので軽く済んでいる荷物は外国語とその辞書程度だ。

持っていても痛くない。

普通はそうして自分の体力に見合ったものだけ持つものなのだろう。

他人の荷物は背負えない。

せめて彼から発する声くらいはと、「ジョシュは、」と切り出したウェンスのそれに俺は耳を澄ましていた。

「ジョシュは、そういう『遊び』が嫌い?」
「……」
「好きではないみたいだけど」
「……、」

恐らく俺は縋る目で彼を見ていただろう。望む答えが欲しいと言う我が儘な態度を取っていただろう。

ウェンスの嫌いな『噂』を俺が態と口にしたことに気付いたのかもしれない。マイヤー先生を故意に悪く言う俺が不快だったのかもしれない。

しかしそのどれも的外れ。

これから宣告される真実に身構えた。

「頽廃的だと思うんだろう」

ウェンスが振り返った気配がしたけれど俺はそれに応えず余所見を決め込む。

「……間違いではあるんじゃないかな」
「冒涜だから?」
「……」
「やっぱり嫌い?」
「……」
「僕のこと、嫌いになるね」
「違う!」
「マイヤー先生、優しそうな声で誘うんだ。知ってた?」
「…、ウェンス…」
「何」
「無理矢理なんじゃないのか」
「何故」
「お前、避けてただろう」
「…誰を」
「マイヤー先生だよ」
「そう見えた?」
「見えたよ。少なくとも今年度はまだ一度も話したことなかっただろう」
「そうかな」
「ああ。避けてた」
「……それでなんで一人で行かせたの」
「それは、」
「僕が拒否すると思った?」
「……」
「泣いて付いてきてくれと懇願すると思った?」
「……」
「それを知ってて置き去りにしたの」
「……そうだよ…」

笑ってウェンスを見ると彼は驚いたようだった。

悲愴な言葉に対してウェンスの表情は淡々としている。号泣でもするのではないかと思わせる雰囲気なのに、一方では薄いけれど絶対に越えられない、或は越えさせない壁を築いている。

この一線を越えたい。

何年間も、毎日ずっと思ってきた。

「……」

自分がウェンスにとっての特別であると信じて疑わず、ピノやマイヤー先生のことを彼から遠ざけようとした。それで優越感を得ようとした。

「お前はマイヤー先生を拒否してくれると思ってた」
「何それ」

何故分かってもらえなかったのか。

「自分でも、分からない」

それは俺がウェンスを理解していなかったからだ。

ウェンスは綺麗なだけの人間ではない。厳しく自分を貶すだけの根拠は確かに彼の中に巣くっていて、それに触れなければ完全には治らない。

彼は病んでいる。

「……」

体育を見学しながらピノと会話する彼は健康を望んでいた。マイヤー先生を避ける彼は健全を望んでいた。

けれどウェンスは俺に死にたいとばかり言う。

明るく振る舞う程に白々しさが増して失笑に近く、親身になって擦り寄る程に一層避けられてしまう。楽しい話がしたいのに希望の未来を語りたいのに彼はそれを許さない。

もう、疲れた。

「マイヤー先生に犯されたの? ピノとはどう? 俺は、お前の中にいるのかな。ウェンスは俺を何度も拒否してきたけど、それに従っていた方が君の為だったのかな。分からないよ」

笑うことしか、できないよ。

結衣

第3保健室には時々来る。仮病なのは中山先生だって分かっていると思う。でも中山先生は生徒のことを理解し過ぎるくらい理解しているのだ。

「失礼しまーす」

入ってきたのは真井さんだった。頭から足先までずぶ濡れだけれど具合が悪いようには見えない。

「いま先生いませんよ」
「おー、そうか。タオル借りたいんだけど」
「ちょっと待ってください」

真井さんはソファが濡れるのを憚らずどかりと腰を下ろす。手足がすらりと長くて女の子がキャアキャア言うのも分からなくはないなと思う。

「俺は真井京平。名前教えてよ」
「花岡です」
「保健委員なの?」
「いいえ。はいこれタオルです」
「ごめん、ありがとう。保健委員じゃないの?」
「ええ。ただの常連です」

真井さんはワイシャツを脱いでいた。ハンドタオルを絞りながらくつりと笑ったのがやけに様になっていて目を逸らした。

「花岡さんて面白いね」
「……真井さんは、カッコイイですね」
「あはは。ねえ、じゃあ俺と付き合う?」
「はいって言ったら困るんじゃないですか?」
「あはは、それ付き合ってもいいってこと?」
「……」

真井さんは流しで頭を濯ぐと乾いた大きめのタオルで乱暴に拭く。ハニーブラウンよりも薄く染め抜かれた髪は細くて艶があって絡まってしまいそうだ。

肌が白くて綺麗だなと思った。

すらっとして見えるけれど肩幅があって筋肉も付いている。ますます女の子たちが騒ぐのが分かる。

「早く授業終わんねえかな」
「あと15分です」
「ありがとう。長いなあ」
「……」

ベッドに座って靴と靴下も脱ぐと真井さんはごろりと寝転がった。カーテンを閉めると呼び止められた。

「花岡さん。彼女なら来てよ」
「……」

近付くと強い力で腕を引っ張られて組み敷かれた。怖いというより緊張したのは真井さんが色っぽかったからだと思う。

「ちょっとくらい抵抗しなくていいの?」
「…彼女なんでしょう?」
「あはは」

真井さんはあっさり私を解放して隣に横たえると、「処女かと思った」と呟いた。

「真井さんって本当にモテるんですか?」

森田

ドアを脚で勢いよく開けた真井先輩は、そのまま迷いなく僕の教室に侵入した。だから彼には本来僕に向けられたはずの雑巾入りのバケツの水が浴びせられ、席からも濡れ雑巾が投げつけられた。

僕は廊下に立ち竦んだ。

異変に気付いたドアに最も近い女子が悲鳴にも似た制止の叫び声を上げるまでのそれらの攻撃は文字通りあっという間で、教室の前方に出ていた男子数名は制止すら聞き流して事態を悪化させる。

「おっせえんだよ!もう授業始まってんだろ!」
「これお仕置きな!」
「今度は何に着替えるのー?」
「泣いちゃったー?」

表情が見えなくてよかった。

真井先輩は石膏を床に置くとまず濡れた雑巾を投げてきたであろう座席の人物を睨み付けた。当人は疎かクラスの全員が目を見開いて黙った。

教室は不気味に静かだ。

「なんだ、これ」

半笑いのその声は僕たちを支配する専制の合図。

教室の前方にいた男子数名に悠然と歩み寄り一人のブレザーを弄ると生徒手帳を取り出した。無言で氏名や学籍番号のある表紙を破り取ると、もう一人の男子の分も同様にした。残り2人のうち一人は只管謝罪しているがそれで許される雰囲気では到底なかった。

「てめえも出せよ」

ブレザーやズボンのポケットを優しい手つきで探る真井先輩は異様で、そうされるクラスメイトの脚が震えているのが見えたけれど同情する余裕もなかった。

自分が安全な場所にいる気がしない。

「カバン、に、」
「だったらすぐ取って来いよ」
「は、いっ」
「ほら、お前も出して?」
「すみません!間違えただけなんです!」
「へえ?」
「すみません!本当にすみません!」

カバンから出された生徒手帳の表紙も引き千切ると、それらはまとめてズボンのポケットに仕舞われた。

そこで隣の教室で授業をしていた先生が、音で異変に気付いたのか、現れた。驚いているのか怒っているのか分からない顔をしている。

「何やってんだお前ら!床もびしょ濡れじゃないか!」
「……」
「そこのお前、何やってる!」

指差されたのは真井先輩だ。

生徒手帳を奪った男子と床に座り込んで謝罪する男子と座席の数名とに順を追って目を合わせた真井先輩は先生の存在も教室にいるその他の全ての存在も無視して『兇悪』と謳われる均整の取れた笑みを湛えて宣言した。

「全てを後悔させてやるよ」

先生に廊下に引き擦り出された真井先輩は最後まで笑っていた。

京平

「よお」

声を掛けられた吉田は瞳をキラキラとさせて振り向いた。

「先輩、どうしたんすか」
「お前のクラスの美少女を見にきた」
「ぇえ?」
「岩尾と話してたろ」
「ぇえー?」

吉田は覚えていないらしく冴えない反応をする。

「じゃあお前が一番かわいいと思う女の子でいいや」

教室を覗くと何名かの女子に気付かれた。名前を呼んで歩いてくる彼女たちの手にはプリクラが握られている。

「京平先輩! また撮ったんです〜」
「この間も撮ってなかった?」
「私のプリで埋め尽くしてください!」

こんな風に言う彼女たちだけれど、大きいサイズのプリクラを貼ると仲間うちでハブかれることもよく知っている。えげつない言葉で責められる現場も実際に見た。

彼女たちは学則の17条まで見えなくなっている生徒手帳に迷いなく貼る。

他のプリクラをチェックする時間を与えるために俺は吉田と暫く話した。だから通りがかった光に声を掛けたのは偶然。彼と話したことは一度もないし小柄で地味なその少年に注目する理由はない。

「あ、おい、お前ちょっと待って」
「はい」
「ちょっといい?」
「…はい」
「5組で一番かわいい子って誰か分かる?」
「……裏コンの駒碕さんのことですか?」
「いま教室にいる?」

「ちょっと待ってください」と言って教室を覗いた少年はやはりとても小柄だった。ジャージだけど次の授業が体育というわけではないらしい。

「いません」

不在を教えてくれたその言葉に俺は答えられなかった。女子に絡まれていたからだ。

「さつき先輩と別れたら私と付き合ってくださいね!」
「あはは、ありがとう。タイミング次第だな」
「ぇえ〜」
「じゃあ、もう行くわ。吉田!来週のはナミ高の子集めたから頑張れよ!」

席に着いていた吉田はまた嬉しそうに笑った。

「カラオケ行きましょう」などと言っている女の子に手を振りながら俺は先程の少年を探す。見当たらないので声を掛けた時に向かっていた方向に進むと思いのほか早足で3号館に向かっていたらしいのを見付けられた。

「おい!」
「…あ」
「悪いな、さっきはありがとう」
「いえ、そんな」
「俺3年の真井京平。お前は?」
「……森田光です」
「光ね、いい名前だ」
「……」
「次の授業なんなの?」
「美術です」
「あはは、お前手ぶらじゃん」
「いえ、石膏を取りに行くだけなので」
「じゃあ俺も付いていくわ」
「へ!? いや、あの、大丈夫です!」
「手伝うなんて言ってねえよ。溝江先生に会いに行くの」
「……すみません」

光は顔を赤くした。項垂れる姿は嗜虐心を煽る。

第1美術室の扉を開けると授業中だった。話している間にチャイムが鳴っていたのにのんびり歩いたのだから当然だろう。

「真井、いい度胸してるなあ」

溝江先生はにこやかに近付いたけれど内心では俺のことを即刻シバき倒したいのだろうと思う。蟀谷がぴくぴくと動くので彼女のポーカーフェイスはひどく杜撰なのだ。

「光」
「あ、あの」

俺の後ろから現れた光が用件を説明する間、俺はまた生徒手帳にプリクラを集めていた。携帯のアドレス交換までしていたら準備室から戻ってきた溝江先生にさすがにどつかれた。

「ここはキャバクラじゃないんだよ」
「先生」
「ぁあ?」
「キャバクラなんて単語が先生の口から聞けるなんて…」

わざとらしく悲しむ素振りをして見せる。

「……さっさと帰れ」

そう言った溝江先生に俺は丁寧に笑った。女子が喜ぶ顔で。

美術室を出ようとする俺を呼びとめた女子は俺の携帯を怖ず怖ずと差し出しながら言った。

「アドレス、6件しかありませんけど…」
「は?」

受け取ってみると本当だった。心当たりがあるので笑うしかなかった。

光は埃っぽい大きな石膏を抱えている。本物ではないのか触っても削れないらしいから、後で雑巾で拭くらしい。

廊下は授業中らしく静かだ。

「アドレス、どうかしたんですか?」
「全件削除されてた」
「ぇえ!?」
「いやあ、次に合コン行ったらアドレス全件削除するって言うからさあ、それは困るって言ったらキレてよく分かんなくなったんだよ。その時は面倒だから放っておいたんだけど本当に削除するとか思わないじゃん」
「ええ、まあ」
「でもこれで5回目」
「……」

俺は可笑しく思ったけれど光はそうは思わなかったらしい。

「それ持つよ」
「へ!?いや大丈夫です!」
「俺の方が先輩なんだから、後輩を可愛がるのはうちの学校の方針だろ」
「や、でも…」
「俺の方が背も高いし」
「そんな、」
「ほら寄越せ」

強引に奪うとレプリカとはいえずしりと重かった。敢えて選んだのか大きくて視界が遮られる。

「お友達多いんですね」
「多くねえよ」
「…僕からしたら、多いです」
「女の子のこと言ってんなら、あれはオトモダチとは言わねえんだよ」
「へ?」
「友達なんて2人もいれば十分。お前も2人だけでも見付けられたらそう思うんじゃねえかな」
「……」

廊下を歩きながら隣にいるはずなのにほとんど足音を立てない光の存在がひどく薄らいで感じられ、薄弱な彼はかつての綜悟さんと似ている気がした。上背も口調も違うけれど、彼らの命の底にある苦悩が似ている気がした。

「今度どっか遊び行こう」
「え?」
「友達の在り方を、教えてやるよ」
「……」

困ったように笑う光は、やはり綜悟さんと似ていた。

鈴木

生活指導の先生に呼び出されたら駒碕さんがいた。連休前に灸を据えられるのは俺だけではないらしい。

「はい、先生」なんて、俺とは違ってあっさり言った駒碕さんは、しかし生活指導室を出ると悪態をついた。その表裏の激しさに恐怖すら覚える。

「どうせ卒業させんなら説教してんじゃねえよ」
「……」

ぱちりと合った彼女の目は大きくて濃い化粧と白い肌と少しも傷んでいない金髪とで人形のように見える。

「お互いつまんないことで時間取られたわね」
「ああ」
「じゃあね」

呼び留める勇気はなかった。

ロト

嘯きやがって。

「ルカの方はいいんですか」
「何がでしょうか」
「ここ何日も動いていないようなので」
「明日も顔を出しますよ」
「見付かる見込みはあるんですか」
「いつかは見付かります」
「……」

ルーセンは渡したばかりの調査書類に目を通している。

「これ、あなたも読みました?」
「はい」
「肉体関係、推定有り」
「……」
「恋人とは書かないんですか」
「…どうなんですか」

恋人と書いてあったのを修正させたのは私だ。

「どうでしょう。盗撮やら盗聴やら多いと思ったら、あなたのところだったんですね」
「手段は選びません」
「頼もしいんですね」
「…ありがとうございます」

ルーセンはまだ書類を見ている。

「しかし、これは完全に何もありませんね」
「私もそう思います」
「グレーは私と付き合いがあるという一点だけなんて、こんな男もいるんですね」
「ええ」

大半はそうだろう。

「死んでもいいような人間で、少しは仕事もできる人、紹介していただきたいんですけど」
「かしこまりました」

ルーセンは穏やかに笑うと書類に火を点けて言った。

「今回の分と合わせて、弾ませますね」
「毎度ご贔屓に」

グリーン

目が覚めると知らないベッドで裸になっていたなんてことは若い頃にはしょっちゅう覚えがあったけれど、久々のその現状に今は笑えそうになかった。

もしかして、ここは。

カチャンと音のする方を見るとルーセンがいた。逞しい身体にタオルだけ巻き付けていて、浅ましい推測が頭を過ぎる。

「おはようございます」
「あ、おは、よ」
「覚えてないんですか」
「へ!?」
「そういう顔してますけど」

合わせられた目に身動きを封じられる。

ルーセンはするりと視線を外すとクローゼットから着替えを出した。ベッドに腰を下ろすとぎしっと揺れる。

「すみません」
「……」
「あの、ご迷惑を、」

シーツを手繰って身体を隠すと余計な羞恥心が湧く。ルーセンの着替えを覗き見るといよいよ頭が混乱してきた。

彼はジーンズを乱雑に穿いてから振り返り、四つん這いで俺に近寄った。

「覚えてます?」
「……」

微かにコーヒーの香りがする。

上半身は裸のままである彼のどこに目を遣れば良いのか分からずさ迷わせていると更に躙り寄ったルーセンに身体を撫でられた。触ることもできない。

赤面、していると思う。

「すみません本当に。覚えてないんです。酔って記憶なくすなんて最近はなかったんですけど」
「経験多いんですね」
「け…、え、いえ、本当に、あの、俺、何か、あの、あ、あの、服は、俺の服ってどこですかね」
「どこでしょうね」
「ど、え、あの、服は…」

耐え切れず服を探す振りをして横を向くと耳を舐められた。ずるずるとシーツを下げられていくのに抵抗もできず、おかげで昨夜のことを朧に思い出し始める。

なんとなく、分かってたけれど。

耳に唇を当てたまま囁かれると神経が痺れる卑怯な声。優しいけれど抵抗を許さない手つき。決して大きく笑わないけれど楽しそうな表情。

「欲しいですか」

何を、とは聞けなかった。

服をください。コーヒーをください。昨夜の記憶をください。君をください。

「…、欲しい」

ルーセンは軽く笑ってから「いいよ」と言った。それは鳥肌が立つくらい甘く響いて、それに興奮する前に緊張してしまった。

ルーセン

犯罪と関わりなく暮らしている人間にとって自分がどう思われるのかなど瑣末なことだ。それは俺の生活にはなんの影響も及ぼさない。

「あのさぁあ」
「はい」
「君ってえ、ひとぉを殺したことはあるの?」
「いいえ、まさか」
「ふう、ん」
「……」
「ルーセンがいない間に人殺しが、あったんだあよ」
「知りませんでした」
「怖いからってえ弟たちは引っ越した」
「犯人が捕まってないんですね」
「そう。そおなんだよ」
「早く捕まるといいですね」
「そう思ぅう?」
「ええ」
「自分でえ、どうにかしようって、思わあなあい?」
「それは、警察の仕事ですから」

グリーンは俺の仕事を知っているのかもしれない。

グリーンは酒に弱い。今ならあれこれと聞けばぼろぼろと知っていること全て吐き出してくれそうだ。

「人を殺すっていうのはあ、酷い」
「ええ」
「居直り強盗らしいよ」
「酷い話ですね」
「そお?」
「……はい」
「人をお殺して、完結しようなんてえ、痴がましぃ。そこにいなけりゃ窃盗でえ、見付かったから殺したなんて」

殺すことは造作ない。

「そんな理由で殺しですか」

グリーンはジョッキを机に置くと長い溜め息を吐いた。その手で頭を掻いて唸ってから、もう一方の手も頭にやって抱えるようにする。思い悩むというより具合でも悪いような弱々しい唸り声だ。

「そんな理由でえ、殺し、ねぇえ」
「……」
「そんな理由じゃなければ、もっと大層な理由がありゃあ、いいいんですかあ」
「そういうつもりでは、」
「生きてる人おぉを、殺すうなんて」
「……」
「あああ、もう」

グリーンはジョッキの残りを一気に空けると充血した瞳を俺に向けてにっこりと笑った。焦点の合わないらしい目はくらくらと揺れ動き、どうにも嫌な予感がする。

飲み過ぎだ、そう思った時には彼は俺に縋っていた。

何か、受け皿は。

「う」
「ちょっと待て」
「…、う」
「……」

ほとんど水分のそれはジョッキ2杯を満たしても足りず俺の腹から脚へと注がれた。

駆け付けたロージーが無残なジョッキを見て苦笑いした。

セツと彼方

「これ作って」
「はい?」
「今度はルートル地方で講義するから、チラシと出張のための申請書類」
「はーい」
「素直ですね」
「…課長が、頑張れって言ってくれたから…」
「(そこで赤面?)」


彼方の課長ラブ具合にさすがに不安を覚えた瞬間。

三谷

アヤが久しぶりに現れた時に雰囲気がすっかり変わっていることに気付いた。明るくなったとか表情豊かになったとかいう言い方はちゃちだけれど他に言葉を知らなかった。

「あ、アヤ」
「あら、久しぶり」
「……」

今までどこに?

「試験、受けるの?」
「…うん」
「ちゃんと勉強しなさいね」
「もちろんだよ」
「えらいえらい」
「……ナイフ、持ってないんだね」

アヤは掌をくんと広げた。そこには傷ひとつない細い手首が見えた。とくんと脈打って血液が流れたような気がする。

「ふふ」と笑ったアヤは光を纏って輝いた。

『能力と向き合う』

その言葉が思い出された。

賢と慎

「お前って訓練所でちゃんと訓練受けたわけ?」
「いいえ」
「は、え?」
「僕は記憶力がいいんです」
「は?」
「記憶力の世界大会で万年6位。知名度は全くないと思いますけどカメラ要らずのスパイになれるからって澤口さんにおいでって言われて」
「知らなかった」
「夜もそういう要員だと思うんですけど」
「…そうだな」
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蛟と登志

「ど? 熱下がった?」
「…や、まだ…」
「大丈夫かよ。お前ってクスリ効きづらくしてあるんだよな。仕事の時はいいけど、馬鹿が風邪引くことまで考えてなかったのか?」
「……るさい、」
「なあ」
「…ん…?」
「座薬ぶち込めばさすがに効くんじゃねえかって言ってたけど」
「ぶっ…!?」
「さすがにお前病人だし、優しくぶち込んでやるよ」
「いら、ないっ」
「おら遠慮すんな」
「なっ、ふとん、はがす、な…!」
「抵抗が弱い。減点」
「へ!?」
「熱出てるのに薄着。加点」
「は!?」
「上目遣い。加点」
「なに、言って…、」
「とにかく高熱は身体に悪い。座薬が嫌なら飯ぐらい誰か呼んで作らせろ」
「…それは、……」
「最後の一人でもいいから俺を呼べよ。チーム組んで長いのに信用ねえなあ」
「ちがっ」
「この作りかけは俺が代わってやるから、ゆっくり寝とけ」
「……ありがとう、ございます」
「いーえ」
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賢と春

「すっげえ」
「何が」
「それお前が作ったの」
「……組み立てただけよ」
「その爪で?」
「つけ爪だから割れても気にしないもの」
「女ってこわー」
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ダリア

父よりもチーフといる方が長い。

これ以上はないだろう破綻した性向の持ち主に血の繋がった実の子どもを預けた父を怨んだことはあったけれど、その存在を忘れて目移りしたことはなかった。

圧倒的な存在感への思いは憧憬に近い。

犯罪者集団の頂点に君臨する人間が誰とどういう経緯で自分を生まれさせたのだろう。

そこに愛はあったのか。

自分の存在を自分で否定するには俺は十分に愛され過ぎて、だから笑ったり怒ったりしながら幸せを噛み締めるのも悪くないと思ってしまう。

それが人としての生き方だ。

チーフは破綻しているけれど破滅はしていない。

父の命令にだけ従うチーフは不器用に乱暴に俺を育てた。大切に扱ってはくれなかったけれど育ててくれたことに時々感謝するくらいには彼なりの誠意をもって接してくれていたんだと思う。

父と同じくらいには、チーフが好きだ。

或いは、もっと。

『ハッピーバースデー』

生きてきたことに祝福を。生かしてくれたことに祝福を。あなたの無感情な幸福に祝福を。

ダリア

「リュウがいたよ」

そう言ったミツルの表情は曇っていた。冴えないというより険しい、何かを悔やむような顔だった。悔やむことになりそうな何かを峻別しかねるような。

右か、左か。

「……チーフといただろ」
「うん」
「俺が届けたんだ。生きてるとは思わなかった」
「元気そうだったよ」
「……」

そして微かに笑った。

ミツルの穏やかな微笑は今まで見たことのないものだから名状し難い違和感を覚える。じくじくとして気色の悪い違和感。悪い予感がしたと言ってもいい。

更に、ミツルは俺の手元を見て目を細める。

「それ、」
「もう話しはいい」

耐え兼ねた。

俺は真っ直ぐ歩いて振り切ろうとしたけれどミツルは許さずなお話し続ける。視界に入れないようにと前方に視野を絞っても声だけは嫌でも届く。

「もう夏だなあ」
「……」
「あの時は真冬だったのに。もう少しも寒くない」
「……」
「リュウはずっとここにいると思う?」
「……」
「俺はリュウを見るといらつくんだよ。なんでお前にもチーフにも気に入られた。俺らのことなんて何も知らないガキが、どうしてここにいるの」
「子どもだから、だろ」
「そうか。だからハルヤみたいに?」
「ハルヤは内部の人間だ。でもリュウは、俺たちのことなんて、何も、一つも、知らない」

ミツルはふんわりと持ち上げていた口角を静かに下ろした。

「殺せば、いいのに」

それは場違いに優しい声だった。殺伐とした言葉に寸毫ともそぐわないその穏やかな優しさが自分に向いているようで寒気立つ。

『優しさは人を殺す』

情けの欠片も見せない男は優しさを怖れてそう言った。

「急に、何言ってるんだ」
「テロリストの拠点にネズミが一匹入ってきた。それだけだったんじゃねえの」
「……」
「俺はいらついてんだよ。あのチーフが一縷の希望も残さず完膚なきまでにリュウを虐げるのを見て、醜くなったその顔から目を逸らした時から、ずっと、だ」

ああ、それは、愛憎だ。

「……ミツル、」

身を焼く、とも。

「どうしてチーフに渡したのか言えよ。些少とも躊躇せずに生きてきたことを後悔させられる暴虐の男に、大好きな子どもを、どうして渡したのか」
「……」
「形だけで愛するの? 身体だけを愛するの?」
「……」

ミツルは幽霊みたいにそっと笑った。

「殺せば、いいのに」

ノイウェンス ハウゼン/恋慕

強めにノックした。返事がないのでドアを開けると先程と変わりない。

よかった。寝てる。

僕は泥棒みたいに足音を潜めて準備室を進みノートを置いた。マイヤー先生にかけられた毛布を取りたいけれど止めておいた。余計なことはしない方が良い。

やるべき仕事は終えた。もう帰ろう。

マイヤー先生を見ないようにして出口に急いだ。ドアノブに手をかけて回そうとした時、突然腕が伸びてきた。バン、と音を立ててドアに置かれた手は見覚えのあるものだった。

凪いでいた水面に何かが叩き落とされたみたいにざわつく。

身体中の筋肉が硬直する。

ドアノブがじわりと汗ばんだ。

身体を覆うように重ねる背後の人が「もう帰るの?」とせせら笑う。授業の時とは違う掠れて低い声は怒りとも喜びともつかない声音だった。

「……」

緊張する心の糸は自分で断裁した。

僕はピノの前では一度として泣いたことがない。ジョシュの前でも同じだ。苦しくて悔しくて泣きたいと思うことは何度もあったけれど一人で泣くこともなかった。

だってそれはあまりに哀しい。

昔から僕は彼の前だけで泣く。彼は涙と鼻水で汚す僕を卑しめた。床を磨く為の雑巾でそれを拭わせ嘲笑した。惨めで腹が立つのに彼の前では我慢できなかった。

僕は泣いた。

下品で劣等で貧しい本性を彼だけが知っている。

だから嗤う。だから撲る。だから縛る。だから蔑む。だから愛する。だから憎む。だからこうして忘れられずにいる。

「……」

抱き竦められた。

長くて大きいと思っていたけれど今は僕と大差ない。シャツ越しに心臓の拍が伝わり僕のそれと馴染んでゆく。

それは誰も僕にくれなかった。

家族も、クラスメイトも、教師も、ジョシュも、ピノも、誰も与えなかったし教えてもくれなかった。胸が締め付けられる痛み、褪せることなく鮮烈に蘇る言葉、身体の奥底から湧き上がる感情、嫉妬、執着、慈愛、繰り返される行為、音。

殴って舐めて、閉ざして開いて、吐き出して飲んで、最後まで。

陋劣でもいい。暴悪でもいい。

それは僕が一番知っている。情けないくらい知っている。

僕はマイヤー先生が、好きだった。

「結婚しよう」
「……」

その言葉を信じたいとは思った。聞いたこともないような先生の優しい声は甘美だったし例えどのような形であれ先生が僕に執心であることに違いなかった。

それを信じさせないのは先生の方だ。

僕は弱い。

僕はピノが好きだ。彼は僕に特別な関心はないようだけれど、僕は彼を初めて見た時から彼に惹かれていた。それは憧れや理想の像として好きなのだと思う。

ピノが笑ってくれると嬉しい。彼といると安心する。彼は弱い僕を丸ごと受け入れ甘やかす。

けれども彼は違う。

先生は僕とは丸で違う人だから彼の言う言葉の真意は僕の考えるものとは違うものかもしれない。僕の願望が見せる幻影かもしれない。

だいたい僕はあの頃に先生の内に酷薄な感情しか感じなかった。

先生は僕に地獄を見せる。けれどその指先だけで楽園へも連れて行ってくれることを知っている。

惹かれた訳ではない。

強引に引き付けられただけだ。

先生は僕に恐怖を与え辱め束縛し突き放した。だから彼を避けて拒否して忘れようとしていたし、ピノの齎す温かさに包まれたいと願ったし、何より先生に隷従する自分は惰弱で惨めで浅ましいと思った。

なのに、どうして、先生の腕を求めてしまうのだろうか。

横暴は狡い。欲望は卑しい。圧倒的な暴力は人間性のない下劣な行いだ。

先生は卑怯だった。

卑怯で残忍で、純粋だった。

そういうものに打ち勝つ強さは僕にはなく、だからと抗うことができなかった筈はなく、僕は自身の弱さによって先生の注ぐ激情に善がった。

自分の醜悪な本性を見せたいと思うのは今でもやはり先生だけだ。

好き、なのだと思う。

「結婚したい」

先生が切なげに鳴いたから、僕だってこの恋情を伝えなければいけない。

「……じゃあ、僕がお嫁さんになってあげる」

背中越しに笑った先生の笑顔を見た気がした。

ノイウェンス ハウゼン/恋慕

こんなはずじゃなかったのに。僕は確かに憎んでいるのに。身体に刻まれた恐怖と心に染み付いた嫌悪を忘れられず今でも時々苦しんでいるのに。

眠る彼の身体に毛布をかけた。

「……」

最悪だ。

化学室の前で僕は座り込んでしまった。廊下は不気味に静かで遠くの音だけを響かせる。曖昧に広がる音のせいで水の底にいるような錯覚さえあった。

薄暗い水底。音も光もぼんやりして僕を圧迫する。

ノートを届けなければ。

何もマイヤー先生を起こさなくても良かったのだ。多少無礼でも机に分かるように置いてくれば良かったのだ。

呼吸しよう。例え酸素が薄くても。

光を見て、進むんだ。

『大丈夫。君が頑張ってきたこと、ちゃんと知ってるから』

ピノは見守ってくれると言った。ジョシュはずっと支えてくれていた。誰かが僕を罵倒しても彼らは必ず庇ってくれる。全てを打ち明けるにはまだ勇気が足りないけれど差し延べられた手がすぐ近くにあることは分かった。

『私だけが迎えに行く』

違う。マイヤー先生は僕を捨てた。

『君を放さない。泣き喚いても』

違う。彼は泣き顔しか愛さなかった。笑う僕のことは直視してくれなかった。

『これは君の知る中で、最も卑怯で、残忍で、そして純粋な、愛だ』

違う。……違う。

あんな関係は終わって当然だ。正義も道徳もない感情と欲望だけの行為。歪んだ感情の押し付けと快楽を追求するだけの利己主義。

吐き気がする。

フランツ マイヤー/倒錯

疲れていた。新しい講義、新しい生活時間、媚びを売る生徒、見当違いのバッシング、家族、ノイ。課題と気掛かりだけが増えていく。

よく眠れない日が続いたので授業のない空いた時間は準備室で寝るようにしていた。頭の疲れはあまり取れないとしても身体は僅かでも楽になる。あとはカフェインに頼って鞭打つだけだ。

敵も味方もない。

準備室のドアが開いたことには気付いた。その前にあったであろうノックでは起きられなかったけれどさすがに人の気配では目が覚めた。

「……」

その人は静かに私の近くまで来ると立ち止まった。

寄宿舎では倒錯が起こる。それは恰も真っ当な伝統であるかの如く受け継がれる。誰も何も口にしない。ひたひたと近付く足音にはこの閉鎖された檻の中でだけ耳を澄ませる。

私はその倒錯が好きだった。

「……」

これが生徒でも教師でも普通ではない反応だ。起こすか、起こさないなら出て行くか、それが普通だ。

キスくらい、しないかな。

そんな不純な思考に任せて寝た振りを決め込むけれど何も起こりはしなかった。そこに誰もいないのではないかと思う程静かで困惑する。

気付いたら、再び寝ていた。

ノイウェンス ハウゼン/偶然

「本当にごめん。放課後ちょっと用事があるんだ」

それを偶然とは思わなかった。

マイヤー先生のことは避けていた。どれほど生徒からの評判が良くても彼は僕にとっては『あの時のあの人』でしかないのだから当然だ。

マイヤー先生しか受け持っていない演習の授業を履修するのだって本当は酷く気が重かった。けれど演習は試験だけで既習にできないし、何よりピノが一緒に受けようと言ってくれたから登録した。

「いいよ。気にしないで」

その言葉をジョシュは普段通りに受け取った。申し訳なさそうな顔はしたものの、僕の許しはそのまま受け入れた。

まさかただノートを届けるだけの行為にこれほど鬱屈しているとは思いもしないだろうから仕方ない。自分でも自分の女々しさと執念に驚く。

しかし選りに選ってこのタイミング。

分かっている。ジョシュに責はない。

しかし偶然と呼ぶにはほとほと運が悪い。偶然というより、これは悪意だ。誰だか知らない人の、或いは神や超然的な運命の、悪意だ。

尻込みするのは思い出すから? 恐怖するから? 期待しているから? 自己嫌悪するから?

すぐに届けよう。それだけだ。

決意を込めて心の中で呟いた。声にしたら震えていたかもしれないけれど心の中では決然と断言できたからそれでいい。僕はあの人と決別したのだから問題なんて起こりようもない。

ピノと仲良くなれた。僕は変わった。

マイヤー先生を憎んでいる。昔とは違う。

では昔は?

頭を擡げた不安を振り払うことはできず僕は目を瞑った。

ローリー

カウンターのベルに呼ばれて行くと唯一の泊まり客がいた。

「食事できる場所はありますか」
「あ、すみません。食堂はもう工事してて入れないんです」
「そうですか…」

子どもの手には食料と果物があった。

「あの。私の生活スペースになってしまうのですが、よろしければキッチンをお貸しできますが」

クロス様が使っている部屋にはサイドテーブルくらいしかないので食事はできない。ベッドで食べてもらう訳にもいかないからこう提案するしかない。

子どもがクロス様の顔を仰ぎ見た。

「では、お借りできますか」

彼らはダイニングでひっそりと食事をしていた。僕がコーヒーを持っていくと2人して黙っていて、いよいよどういう関係なのかなと思った。

「ありがとうございます!」
「いえ、どうぞ」

子どもの方はにこにこしてる。

「ここ、取り壊すか何かするんですか?」
「はい。もう古いので」
「仕事はお一人で?」
「ええ。ここ数年はお客様も少ないので」
「そっかあ」
「……お客様はどちらからいらしたんですか?」
「……」

子どもはクロス様を見て「どこから?」と尋ねている。自分の住んでいる場所が言えないなんて驚きだ。

「引っ越したくて、候補の街を見学して回っているんです」

クロス様は視線を上げずにコーヒーを一口含んだ。それはどこかの由緒ある家の人か何かみたいな優雅さがある。

実際のところ引っ越すために街を移動して回るくらいの優雅な生活をしていることに違いはない。お金持ちの息子が家を追い出されたとかだろうか。

しかし、だったらなぜ僕のモーテルになんかに来たのだろう。

「いい街が見付かるといいですね」
「僕はこの街も好きですよ!」
「ありがとうございます」
「道路も建物もバランスがよくて、綺麗なのにちょっと古い空間のにおいがします」
「…ありがとうございます」

子どもは興奮気味にそう言った。どこか違和感のある説明だったけれど、嬉しそうにそう言われたので悪い気はしなかった。
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