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真井 良平/別れの足音

綜悟さんと話していると今まで分からなかったことが分かる気がする。綜介と話していると時々は同じように何かが分かる気がする。

綜悟さんに会った。久しぶりに会って少し緊張した。

「緊張してたろ」

京平は鳥肉を焼きながらそう言った。

「うん。した」

俺の方は酷く緊張したけれど綜悟さんはそんな風には見えなかったし昔と変わらず優しかった。綜悟さんは優しげに笑って俺と握手した。

京平はふふ、と笑った。

油の跳ねる音と一緒に香辛料の香りが辺りに広がっていく。京平はそれをゆったり眺めていた。

俺が朝来を好きになった頃、きっと京平も同じように綜悟さんを好きになったんだ。俺が綜悟さんをちょっと憎むように京平も朝来をちょっと憎んでいるのだろうか。

俺はもう京平とは違う人間になってしまった。

京平はいま何を考えているのだろうか。

綜悟さんのこと。

それとも只の違う人間同士に成り下がってしまった俺達の未来のことを考えているの。

「ダンテって店には今も行ってるの」

ダンテは綜悟さんが通っている店だ。ゲイバーだとは聞いたが俺は行ったことがない。俺が朝来と二人で会うようになって彼女を京平とは会わせたくないと思い始めた時、たぶん京平も俺の居ない所で綜悟さんと二人で会うようになったのだ。

こんなの、良くない。

同じで在るべき俺達だ。

俺が京平の求めているであろう食器を用意した頃合いを見計らって京平は鍋を火から上げて鳥肉を皿へ移した。

「ああ、うん。そう言えば。週末に魚住と会おうと思ってるんだけど、お前、会う?」

魚住って。

魚住は、ぐずぐずした区立中学校の生徒だ。

「まだ会ってたの」
「だってあいつ面白いじゃん。会いたいって言われたら断れないんだよね」

確かに面白くはあった。

綜悟さんは一族に跪くけれど、それは飽くまで人の上に立つ支配者の姿だ。俺達は何時でも綜悟さんに従順だ。

魚住は人の足元を這いつくばっている。魚住は何時でも誰かに隷従している。

「いつ会うの」
「お前が時間ある時でいいよ」
「じゃあ明日がいい」
「明日?」
「生徒会は暫く無いし、新しい企画は駄目になったし、朝来は放課後どっか行っちゃうし、お前はあの家に行ってるし」

俺達は変わってしまった。

「大丈夫か、お前」

京平は綜悟さんが好きだし、きっとあの家に行っても緊張もしないし、俺はもう学校で京平の代わりに成れるとは思えなくなってしまったし。京平は、良平にも京平にも成れる。

京平は俺の肩を掴んだ。

京平の目が俺を見る。

俺は自分の顔が嫌いだ。だから京平の顔も嫌いだ。見ていると心の底から不愉快な気持ちになる。

京平とキスすると、それでも、なんで落ち着くんだろうか。

俺は京平にキスした。

煙草の臭いがした。

京平は変わらず俺の目を眺めた。

「なに」

ああ、変わったのは俺だろうか。

俺は京平が憎かったけれど俺達二人のことは好きだった。俺は自分に瓜二つの弟が居ることが誇りだった。あの家にも二人でなら顔を上げて前を見て入れた。

今は違う。

変わってしまった。

「良ってほんとキス好きだな」

京平はふふ、と笑った。

俺は朝来が京平に取られてしまう気がして空恐ろしくなった。


【別れの足音】
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セツ/休日出勤の朝

気怠いなんてものではなくて、体が重くて息苦しいと思いながら起きた今朝。

「おはよう」

カナタはいやに機嫌がよかった。容姿が凛々しく整っているだけにその爽やかな朝の挨拶は馬鹿みたいに好感度が高い。

「おはよう」

それに比べて私の声は掠れて低く、これから仕事だと言うのに徹夜明けのような重量感だ。実際のところ現実的な悪夢に魘された昨夜は眠った気もせず疲れも取れなかった。喉が渇く。声が掠れる。

「体調悪いんじゃねえの。顔色わりいな」
「そうかもね」

死体を見たの。

私はそう素直に言いたかったけれど、現場主義で度胸があって正義感の強いカナタにとっては詰まらないことなんだろうなと思うと何も言えない。

あの時、私はルーセンのことを思い出した。

死体を生み出す人間のこと。

人間が人間を殺して食い物にしているんだ。

ルーセンは人殺し。

だからルカは甘えなんだ。ルーセンの味わう痛みを避けて人から美味しいものだけを搾取している。

ルーセンは分かっている。

死体の放つ異臭はルーセンに纏わり付いてもう離れない。二度と瞬くことのない虚ろな目はいつまででも彼に縋っている。彼の手は洗っても洗っても落ちることのない死体の血に染まっている。

死体を見たの。

死体もきっと、私を見たんだわ。

「無理、すんなよ」

カナタは顰めっ面でそう言った。その優しさはきっと課長のものだ。課長と良いことがあったんだ、と私は思った。


【休日出勤の朝】

恭博/弟子からの、たすけて

「挨拶してくるから、自由にしてて。夕食の時にまた呼ぶから」

アキは服装を整えながら言った。

「え。俺も行くよ」

これからお世話になるのに挨拶ぐらいした方がいいのではないか。大人ならそれくらい当然だ。挨拶は全ての始まりであり全ての終わりを告げるものでもある。

「それはまあ、そうだけど。でも、いずれっていうか、すぐ会うんだからさ」

俺の申し出に、アキは少し身動きを止めて言葉を濁すようなことを答えた。

「そんな不義理なことできねえよ。理由があんのか」
「理由はあるよ」
「なに」
「言えねえから、こうしてさあ」

理解してくれ、とアキの目が言った。

そう言われたら、俺は、俺をここへ招いてくれたアキを裏切ることはできない。ここではアキが俺の主人なのだからアキが駄目だと言えばそれは絶対に駄目なのだ。

「わかった。いいよ」
「部屋の外も出ていいからさ。適当にしてて」

アキはそう言うとさっさと部屋の外に出た。

「適当に、って……」

改めて部屋を見回してみる。豪華な部屋だ。ゴテゴテに飾られた内装、家具、調度品、そしてどうしても無視できないのが如何にも高級そうな絵画や置物の類。

俺にはそれらの価値が計り知れない。

仕事上でお世話になる人達もそういうものが好きらしくて壺やら武器やらが飾られていた。それらは収集家の思想が体現されたかのように見る者を圧倒する。だから彼らの領地に入る時はその無言の圧力だけで膝を付きそうになるくらいだった。

この部屋は、違う。

不必要に凝った飾りはそれ自体が不必要であることを主張していて俺の方が疲れてしまう。

どれもこれも無駄なんだ。

無駄な物。

無駄な空間。

無駄な時間。

それを見ている者も、やはり無駄。

「しんど……」

俺は一人でそう呟きながら部屋を出た。

ここはアキの故郷でありアキが憎んでいる場所でもある。俺にはそれが分かるような気がした。

冬には雪に覆われて食料も少なく交易もなくなる。真っ白い世界に並ぶ家々は黒い柩であり、土地を歩く人々はその葬列である。狭苦しい世界に忽然と現れる豪華絢爛なこの城もやはり黒い柩でしかないのだ。

部屋がどんなに綺麗だってそこに感情がないなら薬物依存患者の汚い部屋と同じものでしかないだろう。ただ在るだけ。それは死に行く者の視界に映る、最期の景色。

俺が辿り着いたのは音楽室だった。

他の部屋とは何処かが違う。

「どうかしましたか?」
「え」

俺に声を掛けたのは若い男だ。その男と会って、漸く俺は気付いた。

この男は能力者だった。この街に来て初めての。

この男は粗末な身形で陰鬱な表情で背を丸めて俺を見た。親に殴られる前のガキみたいに服従と反感を合わせた目をしている。

この街では、コレが能力者なのだ。

この男はかつてのアキだ。

この気分が悪くなる異様なものの正体は、だから俺には直ぐに理解できた。

アキと同じだ。

あの時の。

「お前能力者か」
「はい?」
「最悪だ、この家は」

アキが付けられていた拘束具は何処かで売られようとして捕まった時に付けられたのかと思っていた。或いは相手をしてはいけない連中に喧嘩を売ったとか。ああ、でも違った。漸く分かった。

この家が原因だった。

「すみません」

男は謝罪した。謝罪する理由はひとつとしてなかっただろうに。

いや、あったのか。

この男にとっては謝罪するだけの理由が。

「すみません。拘束具を、付けているんですが。私は能力者です。すみません。すみません」

すみません、と何度も言われた。

最悪だ、本当に。

こんな場所にはもう居たくない。

俺は一刻も早くこの家を出て自分の住むあのボロい家に帰りたくて仕方なかったけれど、荷物を取る為にあと少しだけと我慢して部屋に戻った。あの男は放っておいた。あんな男のことはもう知らねえ。

「クソ!」

こんな家、ぶっ壊してやりてえ。

そう思ってカバンを持つと笑顔のアキが目の前に現れた。

「恭博さん。ダメですよ」
「ダメじゃねえ、帰る」
「ダメです」
「うるせえ帰るっつってんだろ。お前は好きにしろ。俺のことも好きにさせろ」

俺はアキを睨んだ。

アキの方はまだ笑顔だ。

「残ってください」
「嫌だ」
「俺の力になってください」
「はぁ?」
「たすけて」

アキは小さな声で言った。口元には微笑。普段は真っ直ぐで迷いを見せない視線だけがいつもと違ってふらふら揺れている。

「なに言ってんの」
「おれ、ダメになるんだ。この家に居ると」
「ダメって」
「恭博さん。たすけて」

ダメだって言ってんじゃん。

こんな所には居たくねえ。

拷問部屋なんだ、この家自体が。

ダメだ。

ダメだ。

そんな目を向けられたら。

「お前のことは俺が面倒見てやってんだ。お前が弱ってる時に助けてやんねえわけがねえんだよ」

アキは俺を見た。

照れたように、つまんなそうに。

「なるべく早く終わらせる」

ああ、そうしてくれ。

俺は内心で毒づきながら「いいよ。何年かかっても」と答えてアキの頭を撫でてやった。

最悪だ。


【弟子からの、たすけて】

鬼原 駿/嘘つきのゲーム

嘘は人を殺す。

嘘が人を殺すって言うのは、何かの例えだと思っていた。今は、しかし、俺はどんな些細な嘘も見逃さないし、誰かの嘘で何時でも人を殺す準備を整えている。

「仕事はどうだ」

澤口さんが尋ねると、リュウは無表情のまま「任務を遂行することだけしか考えていません」と言った。

人形みたいなガキだ。

作り物の人形みたいに空っぽで気迫も熱情も持たない。

「他に痛いところは、ある?」

藍沢さんの質問に、リュウはやはり冷たく「いいえ」とだけ答えた。

よく言うよ。

リュウは貧血で倒れた。昏倒したのだ。昨日の任務でかなり出血したので当然だと藍沢さんは言っていた。真っ青に腫れている指先はこれから回復するのかどうか怪しい。

リュウは氷のように冷たい顔で嘘を吐くけれどその身体は何時でも悲鳴を上げている。

「ダウト」

それはあるカードゲームの言い回しだった。お前は今、嘘を言った、という意味を持つ。

「ダウト?」

面白がったのは雨宮さんだった。

「リュウが嘘を言ったからですよ。違うか?」

リュウを見ると相変わらずの無表情だったが、はっきり「はい。嘘でした」と答えたことには驚いた。俺に服従してはいたけれどまるっきり言いなりになっているようではなかったからだ。リュウのプライドを傷付ける積もりで言ったのに全く通じていない。

リュウの主治医である藍沢さんも驚いたらしく、リュウのことをぽかんと眺めている。

「それ、ヨルにもやってあげてるの?」

雨宮さんはリュウのことには気を留めていないのか面白そうに目を細めてそんなことを尋ねた。

「ヨルに?」
「そう。嘘は身を滅ぼすからねえ。訓練になるでしょ」
「訓練ですか」

雨宮さんはにこにこしながら頷いた。

確かに雨宮さんの言う事は正しい。私たちはどんな嘘であれ敵に見破られればその身を滅ぼすことになる。

ヨルは嘘が苦手だ。

嘘と言わず、話すこと全てが嘘の様に聞こえる呪いにかかっているとしか思えないくらい挙動不審だ。生まれ育った環境の所為らしいが余りに酷い。

嘘を言う訓練。

いずれは行わなければならないだろう。

「その話し、悪くないですね」
「ヨルだけじゃあ可哀想だから、私も参加しよう」

そう言うと雨宮さんはリュウを見た。

「リュウは参加する?」

リュウは雨宮さんの問いに淡白に「はい」とだけ答えた。

「あとは藍沢先生も参加しますよね。あとトシも、かな?」
「え、私もですか」

驚いたのは藍沢さんだった。

「私は、その、嘘は下手な方なんですが」
「だったら尚のこと、いいじゃないですか」
「それは、その、どこかで清算もするってことですよね」
「お、乗り気ですねえ」

藍沢さんは、そういう意味じゃない、という顔をしたが、ぎこちなくやっと愛想笑いだけしていた。

「清算については、まあ、僕が色々と考えておきますよ」

雨宮さんは楽しげに「じゃあ私はこれで」と退室していった。

リュウはやはり表情を変えずに「はい」とだけ答えた。


【嘘つきのゲーム】
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陰陽師/現代パロディ

※夢枕版 陰陽師
※現代パロディでゲイパロディ
※精神的にR15
※15歳未満は読まないでください
妄想設定



「動くなよ?」

闇の中に妖しい香りが漂っている。晴明が口元に浮かべた微笑を、縛り上げられ視界を塞がれた男はそれでも気配で察して晴明に服従を示した。晴明もまた男が目隠しされたその奥で哀願の目をしているのが分かって微笑んだ。



博雅は制服のまま床にゆったり座った。強い南風のある日で朝に家を出た時よりも昼間の今は7度も暑く、そのためブレザーのジャケットは脱いで博雅の隣に置かれている。

「学校は?」

晴明が聞くと博雅は背伸びをしながら答えた。

「午前だけ行った。統一試験だったから」

晴明は博雅が以前そんなことを言っていたのを思い出して「ああ」と気の無い返事をした。

「晴明がいてよかった。お前、土日も仕事で家にいないことがあるから」
「議会があったり、出張があったりするからなあ」
「今日は?」
「休み。たまたまな」

博雅は晴明を怪訝な目で見た。

「お前、俺が来ることが分かっていたのか」

博雅の突飛な発想に晴明は始め驚いたけれど、すぐにおかしくなって笑った。ははは、と少しわざとらしい笑い方が博雅はけっこう好きだったので晴明を責めずに睨むだけにしておいた。

「俺を超能力者の様に言うなよ」
「そういうつもりじゃなかったんだけど。お前はそういうところがあるだろ」

晴明は片眉を上げて目を細めた。

かたん、と音が鳴った。

「なんだ?!」

驚いたのは博雅である。晴明は何も聞こえていない様に振舞っているが博雅には確かに上階から物音が聞こえた。

博雅は耳が良い。

博雅は自分の耳を信じているし晴明の危険に対して無頓着なところをよく認識している。

「聞こえなかったか、今?!」
「何が」
「音。物音がした」
「そう?」
「誰かいる」

博雅が怯えるのには理由がある。

博雅にとっては炊事や洗濯などの家事は家政婦を雇ってやってもらうものであり、家人が居ない間は彼らが家に居て留守を任されている。その上でセキュリティ会社に警備を任せている。ところが晴明は昼も夜も留守がちで家政婦もやとわずセキュリティ会社とも契約していない。

博雅は無意識の内に膝を付いて立ち上がる準備を整えた。その目は見えない敵への恐れと正義感に溢れている。

不自然に感じる程には確かな音だった。

誰かが、居る。

「猫かもしれない」

晴明は珍しくポーカーフェイスを崩して言った。物音を警戒する余り博雅は気付かなかったが、傍から見ればそれは焦りの表情だった。

晴明には音の原因がわかっている。

「猫?」
「餌をやったら懐かれて、時々家に上がらせているから」
「お前が猫を?」

晴明は博雅の気持ちも十分に理解しながら「おかしいか」と尋ねた。

博雅は少し考えてから何かに納得したような顔をして言った。

「なんだ。そっか」
「何が」
「何って。晴明、お前、俺に遠慮してんの?」
「『遠慮』?」

自慢にはならないが晴明は博雅に対して『遠慮』などという奥ゆかしい態度で接したことはない。思ったことで言いたいことは言いたい時に直ぐに言う。そんなことは博雅自身が一番分かっていると思っていた。

博雅は脱いで横に置いたままになっていたブレザーのジャケットを取って立ち上がった。

「誰か居るんだろう?」

晴明は返すべき言葉が見付からなかった。

「いいよ、別に。俺はお前のプライベートを詮索する積もりじゃないからさ。休みの日に悪かった。今度はゆっくり会える時にまた会おう」

博雅はそうと決めたら行動が早かった。晴明が弁明しようかと迷う間もなく部屋を出てしまった。晴明はその後を黙って追い掛けている。

「彼女がいるなら、そう言えよ」

博雅は玄関で靴を履きながら言った。

晴明は「違う」とは言わなかった。人が居るのは確かだ。しかし博雅になんと説明すれば良いか分からなかった。

「じゃあ。仕事頑張って」

晴明がそれに答えるのを待たずに博雅は早足で立ち去ってしまった。



晴明は男の前に仁王立ちした。

「動いただろう?」

男を縛る麻縄がみしりと鳴った。男は頷いて土下座して許しを請いたかったけれど縛られて身動きを奪われていたから非を認めることも拒否した。

いつもなら、これだってプレイの内だ。

血が出るまで鞭に打たれるだけが悦びではない。痛め付けられるだけなら機械に鞭を持たせればよいのだ。でもそうはしない。鞭を打つ方だって打たれる方と同じくらい快楽を感じるから互いをパートナーとして認め合うのだ。

晴明は男がいつもと違うのを感じた。

晴明自身も遊びを続けられる心境ではなかった。

晴明にとっては博雅は世界にただ一人の存在であり、博雅がいるから生きていけるのだと思っている。博雅に敵うものはなく、迷いなく自分の生命よりも博雅を選ぶと自覚もしている。

博雅が帰ってしまった。

単なる遊びの為に。

快楽への期待も悦楽も興奮も何処かへ行ってしまった。気持ちが冷めてしまった。男もそうなのだろうと思う。

晴明は男の目隠しと口枷を外して縄を丁寧に解した。ゆっくり静かに解していった。

「風呂に湯を張るけど。使う?」

男は晴明を睨んだ。

「安倍さんって、ヒロマサ君と付き合ってるの」
「付き合ってない。もう服を着てもいいよ。終わりにするんだろう?」
「『終わり』って?」

晴明は麻縄や口枷をベッドに放って部屋を出た。

男は裸のまま晴明の後を追って行く。

「『動くな』って言われてたのに、俺は動いたんだよ?」

丸でその罰を望むかのように男は言った。

「わざと、動いたのか?」

晴明が男にそう言った時、その口元には笑みがなかった。赤い唇にも涼しい目元にも感情が無いことに男は初めて気が付いた。そんな顔は初めて見た。

「ほら、正直に、言え」

晴明は男の唇に人指し指を当てて言った。そのまま徐々にその指を口内に沈めていく。

「違いますアレは本当に……!」

男はなんとかそれだけ言った。

男は晴明との行為が好きだった。自分の他に何人もパートナーが居ることは知っている。鞭で打たれた場所が真っ赤に腫れ上がって燃えるように痛くなることもよくある。こんな苦しい行為はもう止めようと思うこともある。

でも、また会ってしまう。

晴明と会えない時だって、思い出して一人で慰めてしまうこともある。

パートナーに対する気持ち以上のものが生まれていることに男は今日気付いてしまった。博雅というただの高校生に嫉妬したのだ。博雅が自分より優先されることが許せなかった。こんなのはもうプレイではないと思ってしまった。

動いたことも無意識に身体がそうしたのかもしれない。

男は自分では気付かなかったけれど殆ど泣きそうな顔をしていた。

「お前はかわいい男だな」

晴明は小さな声で呟いた。切れ長の目がほんのり細められている。

「か、か……」

男は驚きに目を見開いた。晴明には身体を褒められることはあるし言い付けを守ればなんとなく褒美を貰うこともある。しかし今のように言われたことはただの一度もない。

男はだから余りに吃驚して言葉が出なかった。

晴明はマゾが好きだ。

晴明は確かに受け入れる側になったこともあるし今だってどうしても無理とまでは思わない。しかしマゾの思考については全く理解できない。

思わぬ時に思わぬことを言われることがある。

なんでそんなことができるんだ?

晴明はそう思いながらも彼らを愛しんでしまう。

「何時まで裸でいる積もりだ。湯が溜まるまでまだ時間がかかる。それまで、どうする?」

晴明が誘うように言った時、男のそれはぞくぞくと反応し始めていた。
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