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極められない山伏国広(前編)

※「山伏国広の極」のイラストの不備から着想を得た創作ですので苦手な方はご注意ください。
※後半刀さに(ぶしさに)






刀剣男士が修行に出ると96時間で帰還して修行の成果を見せてくれる。それは審神者が励起させた物の心より顕現した男士ならば、一振も例に漏れずにそうあるべきだった。

「兄弟、これはどういうことだ?」
「拙僧にもわからぬ」

ここにいる山伏国広は修行から帰還したにもかかわらず、『あるべき姿』をしていなかった。

極めていない姿のままなのである。

宝冠から、衣服、手甲、見た目の細かなところまで、よくよく観察しても修行に出る前と何も変わっていない。山伏自身は何やら今まで感じたことのない秘めた力のようなものは感じているが、出陣してみないことにはそれもどうかわからない。

山伏は己れの姿に困惑していたし、刀工を同じくする山姥切国広にも、この状況はまったく理解できなかった。

「拙僧は、何か、間違えてしまったようであるな」

山伏国広は目尻を下げて、申し訳なさそうに頭を掻いた。少しずれた宝冠の下に浅葱色の美しい髪がのぞいている。

「兄弟が間違うはずがない。そんな顔をするな。主が本丸に帰ってくる前に、誰かに相談しよう」

この本丸の主はよく外泊するので、本丸にいない時間も長い。今はちょうど留守にしている。長期の遠征に出陣している部隊の帰還に合わせて本丸に顔を出すつもりなのだろう。もちろん山伏の晴れ姿も楽しみにしているはずである。

「こういう時は……」

二人は顔を見合わせて、あまり冴えない表情のままある男士を思い浮かべていた。

こういった相談事には向いていない刀に思える。

しかし、仕方ない。

彼はこの本丸の初期刀である。この本丸で起きたことは、まずは彼の耳に入ることになっている。律義な刀なので一度はなんでも真面目に話しを聞いてくれる。しかし彼が何か有意義な意見を口にしたり、悩める男士に対して親身になって相談に乗るかと言うと、それはまた別の話しである。

二人は重い腰を上げて、この本丸の初期刀を訪ねることにした。

「歌仙殿。少しよろしいか」

山伏が声を掛けると直ぐに引き戸が開いた。そこにいるのはこの本丸の初期刀、歌仙兼定だった。

「やあ! 戻ったんだね。さあ、どうぞ入って」

山伏と山姥切国広は逡巡したのち、歌仙に招かれるまま部屋へ入った。

「さて、修行から帰還した日は特別だ。今日は宴会になるかな。主も帰ってくる日だし。素晴らしい日だ。皆にはもう顔を見せたのかい?」

歌仙は客人に座布団やお茶を用意しながら尋ねた。

「実は、まだである」
「そうなのかい?」

そこで漸く歌仙は不思議そうに山伏を見た。

「君の帰還を喜ばない者はいない。我らが本丸を支えてきた大切な太刀なんだからね。道場にでも行けば誰かがいるし、君を歓迎してくれるよ」

山伏は言いづらそうにして言葉を探し、けっきょく山姥切国広に助けを求めた。

「歌仙、兄弟は、修行を終えたと思うか?」
「え?」
「兄弟は、何故か、修行に行く前と姿が変わっていないようなんだが」
「え……?」

歌仙はまじまじと山伏を見た。

「なんだって……?」

今度、言葉を失うのは歌仙のほうだった。無理もない。修行から帰還したのに、姿が変わっていないなんて、これまで一度もなかったことだ。山伏と山姥切国広は歌仙の反応を見て、改めてそのことを実感した。

これは相当不味いことなのではないか?

このままでは、刀解なんてことになりはしないか?

山姥切国広はその考えの余りのおぞましさに口をつぐんだ。山伏も思案するように目を伏せた。

「修行には……?」
「ああ、もちろん。行き申した。主には三通の手紙を書き、本日、帰還した。修行先では貴重な出会いもあり、確かに修行を終えた自覚もあったのであるが、このとおりである。これも拙僧の未熟さゆえか……」
「そんな風に卑下するな! 修行の成果と俺たちの見た目は関係ないんじゃないのか?」

山姥切国広は声を荒げて歌仙を睨んだ。

べつに歌仙に怒っているわけではない。山伏に対する苛立ちを、本人にぶつけられないだけだ。

歌仙はこの二振を憐れに思った。

堀川派と呼ばれる刀は普段からとても仲が良い。無骨ながらも互いを兄弟と呼び、信頼し尊重し合っている。喧嘩なんてとんでもない。山伏国広が八重歯を見せてにっこり笑うと、山姥切国広は顔を伏せて喜び、山姥切国広が不器用に懐けば、山伏国広は誇らしげに目尻を下げる。

歌仙にはそのような関係の刀はいない。

しかし、例えば小夜左文字が修行から帰還しても姿が変わらず、自分を責めていたとしたら?

歌仙は想像するだけで息がつまった。

実際は、小夜は極の新たな装いできちんと帰還したので、歌仙は帰還した小夜の手を引いて本丸中の男士に挨拶して回ったし、小夜はそれを少し迷惑そうにしながらも最後まで付き合ってあげたのだった。

山伏が万が一にも何かを間違えたとは思えない。

しかしどんな短刀も打刀も他のどの男士でも、こんなことにはならなかった。

どうして山伏だけが、という疑問は残る。

「力になれなくて申し訳ないけれど、主を待つしかないんじゃないのかな」

歌仙はちらりと山伏を見た。

山伏はいつの間にやら常と変わらない様子に戻っており、「カッカッカッ。煩わせてしまい、あいすまぬ。これもまた修行」と言って笑った。

山姥切国広は相変わらず歌仙を睨みつけていたし、歌仙も胸が痛んだので言い返さなかった。

「大きい声出して悪かった」

山姥切国広は、部屋から出ていくときに歌仙に小さい声で謝罪した。歌仙は、「ああいうのは雅じゃないね」と言いながらも、「主が帰ってくればきっと大丈夫さ。政府のいつもの『不備』というやつだろう」と精一杯励ました。

山姥切国広と山伏は、なんの解決策も持たないまま再び自室へ戻るしかなかった。

今回のことは、他の男士たちには歌仙から話すこととなっている。歌仙は文系を自称しているが繊細でない一面もあるため、山姥切国広はなんとなく不安な気持ちで主の帰りを待つしかない。

山姥切国広が山伏に目を向けると、山伏は目を閉じて静かに瞑想していた。

こういうところはズルいな、と思う。

もっと動揺してくれたら、頼ってくれたら、これまでの恩を少しでも返せるのに。

いや、自分はなんてことを考えているんだ?

山姥切国広は、山伏の置かれた状況で彼に恩を着せようとしている自分に気づいて恥入った。兄弟は平気なように見えるが、内心では不安に思っているかもしれないじゃないか。

山姥切国広は山伏にかける言葉を必死に探したが、けっきょく声をかけられなかった。

その日、主が帰ってきたのは夜遅い時間になってからだった。

迎えに来たのは堀川国広だった。堀川も山伏と同じ堀川派の刀である。

「兄弟、主が帰ったよ」

堀川は姿の変わらない山伏を目の当たりにしてほんの少し動揺したが、山伏や山姥切国広には気づかれない程度のちょっとした動揺だった。そうだといいな、と思った。

「あいわかった」

山伏の静かな声が部屋に響く。

「二人は先に主のところへ行ってくれるか。拙僧もすぐに向かうゆえ」

山姥切国広と堀川はこっくりと頷いた。

「何かあったら呼んでね」

堀川が部屋から出る前に声をかけると、山伏は目を細めて「ありがとう」と答えた。そして、山姥切国広にも目を向けて「兄弟も、ありがとう」と続けた。

山姥切国広は布で顔を隠して「べつに、いい」と答えることしかできず、自分を不甲斐なく思った。もっと気の利いた言葉をかけられたら、兄弟をもっと安心させてあげられたのに。

山伏はそんな山姥切国広の内心を知ってか知らずか、邪気のない様子で破顔して二人を送り出した。


審神者が主として本丸に帰った時から遡ること5時間ほど前。

その日、審神者は心臓が破裂するのではないかというほど緊張していた。なぜなら山伏国広が修行から帰還するからである。

歌仙にはかねてより今日の日のことを伝えてあり、ご馳走をたくさん用意して欲しいとお願いしてあった。刀剣男士を修行に送り出すのも迎えるのも歌仙の役目なので、山伏を送り出したのは歌仙であり、3日後には主が心待ちにしている山伏が帰還することは百も承知である。

「めでたい料理がいいな。鯛とか、赤飯とか」

歌仙はおとなしく主の言うことにうなずいた。他の男士と違いが出てしまうので、もちろん特別に豪勢な晩餐会というわけにはいかない。あくまでいつもどおり山伏を迎えるつもりだが、主の嬉しそうな様子を見て、ほんの少しだけ予算を増やしたことは歌仙だけの秘密である。

審神者はようやく山伏が帰還するというその日、突然政府に呼び出された。

会議室には他にも審神者がいる。すべて、山伏を修行に送り出し、彼の帰還を今か今かと心待ちにしている者達だった。

そこで言い渡されたことは。



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