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彼方/怠惰な官僚生活

生きる権利を喪失するなんてことがあって良いのだろうか。人殺しを推奨してその上彼らに報奨金を渡すことが罷り通って良いのだろうか。

この国を変えたくて官僚になった。

今は官僚になったことを少し後悔している。


【怠惰な官僚生活】


「ハンコお願いします」

俺がそう言うと課長は僅かだけ笑った。そして普段とは少し違う鋭い視線で俺を刺す。

「ああ、はい。どうぞ」

課長は書類にさっと目を通すとハンコを押して俺に戻した。庶務係の執務室に居る時とは丸で別人だ。俺とは特に話すこともないと言わんばかりに淡白な態度を取っている。

「ありがとうございます」

官僚だな、と思った。

バラ色の日々よ

君は何処かへ逃げて行く。あの月のように、美しい過去のように。楽しいことや幸せな感じを求めて現実を掻き分けると、手には茨の棘が刺さっている。嗚々、バラ色の日々は来ない。

アルファベット

A→スタンダードな正統派ヒロイン 黒
B→トークの上手いちょっと派手な子 ピンク
C→スケボーやってるストリート系 緑
D→図書館通いの読書家 茶
E→前髪をアップにしてる短距離ランナー 青
F→オカルトに精通した不思議ちゃん 紫
G→女子ソフトボールの4番強打者 金
H→面白い事を求めてあちこちうろつくサブカル好き クリーム
I→武道を嗜む孤高の美少女 銀
J→ラップやダンスミュージックを聴くB系 かなり深めの緑
K→メカ好きでそれ以外にはてんで興味なし 赤
L→謎の母性を持つレズっ気のあるお姉さま カフェラテの様な薄い茶色
M→常にアメ咥えてるひねくれ物 深めの緑で赤いカチューシャしてる
N→口元がいつもニヤニヤしてる情報通 薄い緑
O→モノクロを愛するオシャレさん 黒
P→ミーハーなムードメーカー 濃いピンク
Q→何考えてるか分からない奇妙な子 灰色
R→みんなをまとめるサバサバした子 濃い青
S→困った時に何かと役に立つちっちゃいヤツ 水色
T→知識量が凄いけど最近の事には疎い優等生 焦げ茶
U→バンドのボーカルを務める音楽通 薄い紫
V→映画好きでなぜかサングラスかけてる 黄色
W→無口だけどリアクションは多彩なオーバーオール 茶
X→痩せてて目が完全にイってる厨二 黒
Y→いつもなんか飲んでる食いしん坊 オレンジ
Z→何かと一人で行動するソロ充 赤

陰陽師

「お前には好いてる女はいるのか」
「どうした、急に」
「俺は好いている女とうまくいかないことがあるが、お前なら上手に立ち回るんじゃないかと思ってな」
「そうでもないさ」

「昨夜、徳子殿が来ていたよ」
「あの、生成りの」
「お前の言うことをよく聞いていれば、こうはならなかっただろうな」
「お前はあの女を救ったさ」
「しかし生成りとなってしまった。そして自害を。晴明、俺はお前にも加担させてしまった」
「鬼に成らずに済んだと思え」

「戻らない人の心とは、徳子殿の心も同じことだったのかな、と思うよ」
「ほう」
「きっと憎みたくはないと思っていても、憎しみを消すことはできなかった」
「お前の心だって同じだろう」
「俺の心もか」
「そうだ。あの女を知る前には戻れまい」
「はあ、こういう時のお前の励ましは真面目だな」
「心外なことを申すな」

「俺もいつか鬼に成るだろうか」
「それは誰にも分からん」
「鬼になったら、俺を祓うか」
「それが仕事だ」
「友人としてはどうなのだ」
「それはなあ」
「うむ」
「お前が鬼に成る時は、この私とて人ではなくなっているのではないか」
「そうか」
「うむ」

「お前を祓える陰陽師はおるのか」
「さて、おるかな」
「いなければ京が滅びてしまうではないか」
「そうだろうな」
「お前、京が滅びてもよいのか」
「その時には私は鬼に成っておるのだから、滅びたとて構うことないだろう」
「俺はいやだぞ」
「そうか」
「当たり前だ。俺のせいで京が滅びたとあっては、武士として申し訳が立たぬ」
「そうであれば簡単な方法がある」
「なんだ」
「お前は鬼に成らぬことだ、博雅」

「お前が鬼に成ったら、俺も鬼に成るだろうか」
「ならないさ」
「ならないか」
「うむ」
「そうか」
「お前は武士だからな」
「そうだな。俺は、鬼に成った相手がお前とあっても太刀で斬ってしまえそうな気がするし、そうでなければならないと思っているよ」
「それでよい」
「そうか」
「そうだ。だからその時は迷うなよ」

「なんだかすまないな」
「すまなくないさ。そうでなければ京が滅びるのだろう」
「お前、俺は笑い話しの積もりでしゃべっていた訳ではないのに」
「俺だってそうさ」
「そうか」
「そうだ」
「うむ。ならよい」
「お前は良い漢だな」

「お前やはり笑っておるではないか」
「元からこの顔だ」
「お前はいやな漢だな」
「哀しいことを言ってくれるな、博雅よ」
「お前が俺をからかうからだ」
「からかっていないさ」
「いいや、からかっている」
「私が鬼に成った時は迷わず斬れと言うことが、からかうことになるのか」
「それは、ならないさ」
「では、そういうことだ」
「そうか」
「そうだ」
「はぐらかされた気がするのだが」
「ほら、酒を飲め。今宵は月が綺麗だ」
「うむ」

「真に月が綺麗な夜だ」
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アキ/故郷からの案内状

世界中で能力者が重宝されていると言うのに、俺の生まれた街では能力者を異端とする風潮があった。特に俺の家は能力者を忌み嫌っていた。


【故郷からの案内状】


「恭博さん、俺の故郷に興味ある?」
「は?」

恭博さんに案内状を見せた。父からの食事会への誘い文は如何にも厳粛で気が滅入る。

「同伴者は2人くらいまでなら常識の範囲内ってやつじゃねえ?」
「お前って家出てなかった?」

恭博さんは案内状をじろじろ見ている。

「飯とかは食わせてくれないけど離縁された訳じゃねえからなあ。遠戚って扱いにはなるだろうけど、こういう時は割ともて成してくれるよ」
「もて成すって……」

恭博さんは裏があると思っているらしく、可成り胡乱な表情をしている。普段はチャーミングな目元がきつく案内状を見据えて穴でも空きそうなくらいだ。

この話しには正しく裏があるので強引に誘うのは止めて俺は引いてみる作戦を執ることにした。

「興味なければいんだけど、その日ら辺はちょっと仕事できないよ」
「仕事はいいけど」

食いついたか?

「ヘイト地方なんだけど」
「ヘイト?」
「行ったことある?」
「仕事で、何度か」
「ハルメンの北の方で、パンと菓子はすごく美味いんだよ。なんか土産物買って来るから楽しみにしてて」

来い。

「ハルメン?」

来い。

「冬は寒いけど今の時期はけっこう暖かいんじゃないかな」

来い。

「それ、俺も行ってみようか」

来た!

「あ、ほんと?」
「立て込んだ仕事もねえし」

俺は顔がだらしなく緩むのを堪えるように努めた。恭博さんは押されると警戒するけど引かれると気を許す。痛い目にも何度か遭っているらしいのに懲りない人だ。

「来週くらいに出発するけど、いい?」

恭博さんは小さく頷いた。

あの街はとにかく能力者を嫌っている。世界の人口に対する能力者の比率に比べて、あの街のそれが極端に低いのはそれが関係しているに違いない。

恭博さんはどうなるかな?

恭博さんから案内状を返してもらうと、それは実に愉しいパーティーからの誘い文のように思えた。

恭博さんと初めて会った時に俺が能力を抑制できる特殊な拘束具を付けていたのが俺の家族に因るものだとは恭博さんはまだ知らない。

蛟 進/ジェリー・ジョン

【ジェリー・ジョン】


ここ最近はキツい仕事もない。

今日は任務で2人抜けているので、ガキ共は4人で訓練しろとのことだった。俺は自分自身の任務がない時はこうして零部のお守りをしなければならない。

「お前は適当でいいよ」

リュウに言うと、彼は涼しげな顔で答えた。

「僕は指示通り動きます」

なんでだろう。

リュウは何時も澄ました顔をしているけれど、それを見る人間は酷く悲痛な気持ちになる。

澤口司令に好かれるガキは皆そうだ。

ユズも相当に表情が硬い方だけれど、見ていてリュウやトシを見た時のような気分になることはない。普通の会社に勤めていれば同僚とはこういう付き合いをしたんだろうと俺は想像する。だからなのか、だけれどなのか、ユズは澤口司令には特別好かれているということはない。

あのガキ共は人間じゃない。

特にリュウは。

「じゃあ1割の力で参加しろ」
「はい」

リュウは多少の抑揚も付けずに首肯した。それは銃弾で眉間をぶち抜いた時のジェリー・ジョンに似ていた。

ジェリー・ジョンは演習に出てくる人質に隊員が勝手に付けた渾名だ。決まった容姿は持たないが裏切って敵に寝返るプログラムを持っている。

裏切られたら迷わず殺す。

現実もそんなもんだ。

リュウが局を裏切るとは思わないけれど、澤口司令が抜けたらそれも分からない。俺はだからリュウと仕事をしたことは一度もない。

「お前って可愛くねえな」

俺が言うとリュウは微かに微笑んだ。

「シンって可愛いもの好きですよね」

なんでだろう。

それは世界で共通の美しさを形にした様な造形をしていたと思う。神の使い。或いは人間を惑わす悪魔。人間らしさとは程遠い禁忌のシンボル。恐ろしいくらい綺麗な死者の親近者。

生命を与え、そして奪う。

俺はやはりこいつとは仕事をしたくないと思った。

「人間は可愛いものが好きなようにできてんだよ」
「深いですね」

リュウは真面目な顔で呟いた。

それは何処かトシに似ているなと思った。

痘痕も笑窪

俺の彼女である小金井凛は所謂“オタク”だった。

見た目は最高に可愛いし、趣味が合うから恋人にした訳ではないし彼女がオタクだろうが腐女子だろうが構わない。

ただ不満があるとすればそんな彼女の趣味を全く理解してあげられない自分自身に対してだ。喜びや面白みを分かち合えないのは恋人として少し物足りない。

「あと18分ね」

今が正にそんな時。

それは今まで非常に良い雰囲気でイチャイチャしていていざ服を脱がそうとした時だった。

『あと18分』

あと18分でなんなのかと言えば、あと18分で凛の好きなアイドルが出演するテレビ番組が始まるのだ。

俺と愛し合うよりテレビが良いらしい。

そもそも俺はテレビを殆ど見ない。何が良いんだろうと真剣に考えてみて諦める。

分かる気がしない。

俺は少し考えてから身を引いた。文字通り彼女に寄り添わせていた身体を引いて彼女から少し離した。心の距離も開いたかもしれない。

番組が始まると凛は全神経を集中させるアスリートの様にテレビを見始めた。

ちょっと妬ける。

友人に言えばドン引きするレベルのことなのだが今ではそれも“ちょっと妬ける”程度になってしまった。ポンキッキーズに見入っている子供みたいなものだと思うことにしている。

まあ、アイドルを好きになる時期って誰にでもあるんじゃねえの。

番組が終わり俺は用意していた「楽しかったね」という言葉を言おうした。間に合わせの共感でも無いよりはましだろう。

「録画みていい?」

思ってもみなかった凛の言葉を聞いても俺は動じた様子もなく「いいよ」と言ってみせる。

情けねえ。

今見てたのに録画も見るのか。そんなに中野が好きか。俺よりも。

「ごめん。あとにするね」
「え、いいよ。見れば?」

心の広い男を演じながら俺は凛の「たっちゃん」という言葉に歓喜した。凛に呼ばれるとぞくぞくする。

「つづき、する?」

それは色気なんか無くて誘惑って感じじゃなくて俺のちんこはそれぐらいじゃ反応しないんだけど、でも俺の心は物凄い力で彼女のところへ引き寄せられた。

可愛い。

可愛い。

可愛い。可愛い。可愛い。

「来て」

凛に向かって腕を広げると凛はぺたぺた這って来た。ふわふわ揺れる柔らかそうな蜂蜜色の髪が彼女の顔を少し隠す絶妙な構図はグラドルにも全く負けてない。

凛は俺に抱き付くと「ごめんね」と言った。

いいよ、そんなの、とは気軽に答えなかったからなのか凛は「中野くんのことキライにならないでね」と言ってからまた謝った。

『嫌い』っつうか。

お前は中野に逢えもしないだろう。

優越感は感じても多少の嫉妬は感じてもそれであんな会ったこともない男を嫌いにまではなれない。言ってしまえば『中野』は架空の人間だ。

特別な感情を抱くなんて馬鹿みてえ。

「嫌いにはならないよ」

俺が言うと凛は嬉しそうに微笑んだ。

「たっちゃん、やさしいから好き」
「へえ。俺って優しいの?」
「やさしいよ」

そんな言葉は嬉しくもない。

「凛って結婚願望ある?」
「結婚?」
「そう。今まで誰かと結婚したいと思ったことある?」

凛の二の腕を触るとすべすべして気持ちいい。

「あったかな。昔だけど」
「保育園の時とか?」

保育園児の凛が「結婚しようね」とか言っていたらめちゃくちゃ可愛いだろうなあと妄想する。

「中学の時」

凛は躊躇う様子も見せずに言った。

「誰と?」
「高円寺くん」

誰だよ。

そいつもアイドルか?

「その時に結婚してたら俺と会えなかったよな」
「不幸中の幸いだね」

本気みたいに言うんだな。

凛はヤる気がなくなったのか俺の隣に座った。彼女が髪を手で梳かしているとつい俺も触りたくなる。

「中野とは?」
「あるよ」
「へえ」

じゃあ俺とは?

「たっちゃんって意外と中野くんのこと好きなんだね」

凛は髪の毛先を指先に絡めつつそう言い放った。趣味のことで批難するのはルール違反だと分かっているんだけど俺としては割と我慢した方だからもういいや。

「中野のこと好きなのはお前だろ」

俺が中野を好きになるかよ。

凛の友達はオタクばっかで今までそいつらと仲良く平和にやって来たんだろう。皆で“大好きな中野くん”をテレビで見てにやにやしてたんだろう。

俺は中野の顔もよく知らない。

高円寺なんて聞いたこともない。

「ごめんね」
「凛っていつからオタクなの」
「きづいたら」
「じゃあ多分俺はこれから先もオタクにはならないな」
「そうかもね」
「凛はオタク同士でいる方が楽しい?」
「そうかもね」

否定しねえのな。

「現実よりテレビの中の方がいいの?」

俺は自棄の気持ちで尋ねた。凛が俺を選んでくれたら良いなという希望的観測は勿論心に秘めている。

「あたしには、テレビも現実だよ」

突き放された。

呆れられた。

俺にはオタクの考えることは理解できない。意味不明。オタクとは脳みそが違うからだ。受容体とか神経とかどっかに必ず決定的な違いがある。

彼女はそんなオタクそのものだ。

「たっちゃん。ごめん」

でも違う。

凛は違う。

凛が俺の名前を呼ぶと世界が変わる。

全身の血が煮立って強烈な焦燥に駆られる。頭の中は一瞬で現実から引き擦り下ろされる。月面を泳ぐみたいに足取りが覚束なくなる。言葉だけでは表現し切れない甘ったるい愛に沈んでいく。

可愛い。

可愛い。

ぶん殴りたいくらい可愛い。

「ああ。だから、いいって」

情けねえ。

小金井凛はやっぱり俺にとっては最高の恋人なのだった。



曰く、“痘痕も笑窪”。
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京香/宇宙に二人

教授はにっこり笑った。紳士的で落ち着いた声はとても心地良い筈なのに、それは却って先の見えない不安定な私の未来を浮き彫りにして不気味に響いた。

「それでは、そろそろ失礼しようか」

へスターがそう言う頃にはゴアは居なくなっていた。デューリトリも何処かへ行ったので、ここには私と教授とへスターの3人しか残っていない。

「名残惜しいですね」

教授は微笑んで言った。

私は少し怖かった。

世界で私と智仁だけが異世界の人間なのだ。嘘みたいだけれど、そのことは私を果てしない孤独の渦に引き込んで行く。

宇宙に二人。

心を許せる唯一の人間は、智仁だけ。


【宇宙に二人】


教授は私の過去を全て知ったのだろうか。私がここに居るべきではないことを知ったのだろうか。智仁以外の誰とも交わるべきではないことを知ったのだろうか。

「とても楽しかったです。ありがとうございました」

私が言うと教授はにこりと笑った。

ラゼルも紳士的でにこにこしているけれど、教授はそれとは少し違う。優しいけれど何処か怖い。

私の何かを奪おうとしている気がする。

「次は一人でおいで」

教授は別れ際にそう囁いた。へスターには聞こえていなかったらしいその声は、優しく私を嬲った。
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グレイブン サヨルフ/鼠とライオン

寮の部屋に勝手に入ることができるのは寮の管理人の特権だ。子供達が変なことに手を出さない様に見張る為なのだから、それを咎められたことはない。

「よお」

ドアを開けるとジャックが居た。私が見回っているのに気付いていたらしく堂々と椅子に座って待ち構えていた。

「掃除、しますよ」

ジャックは笑顔で「どうぞ」と言った。

「ほんと、真面目だよなあ」
「普通ですよ」
「いや。真面目だろ、 先生は」

『先生』、と言った。

ジャックを見ると持て余した脚をゆらゆら動かしている。嫌味で言っている顔でもない。機嫌が良いのとも違うし、どちらかと言うと落ち込んだ風に見える。

「ありがとう」

他に言うべき言葉が見付からなかった。

ジャックはポケットを探ると煙草を取り出した。流れる様な動きでそれに火を点けると一口吸い込んだ。

「止めるって言ってませんでしたっけ」

煙草を取り上げようと近寄ると、ジャックは私の手をさっと躱した。煙が一筋、その軌道を描いてからじんわり滲んでいく。

ジャックの煙草は大人しく没収されるのが常なので、私は煙が消えてしまうまで呆然としながら黙って眺めた。大袈裟に表現すれば信頼していたものに裏切られた気持ちだ。

「先生も吸う?」
「いいえ、けっこうです」
「じゃああげねえ」

ジャックはまた一口吸い込んだ。

「身体に悪いですよ」
「口元が寂しいんだよ。誰かいい女でも紹介してくれんの?」

ジャックの口から白煙が流れ出た。それは悪魔か怪物の様で気味が悪くて恐ろしい。やがて燻った独特の臭いが鼻をついた。

「馬鹿なことを言わないでください」
「そう? 俺って馬鹿?」
「卒業まで、あと1年じゃないですか」
「1年経てば何しても良くなる?」

良くない表現をしたな、と思った。ジャックが嫌がりそうな軽々しいアドバイスだった。ジャックは忌々しげに私を睨んでいた。

1年経てば、どうなる?

卒業まで何に耐え、その暁に何から解放されるというのだ?

私は学院に居る間に耐えていた。名状し難い抑圧から今か今かと解放される日を待っていた。閉鎖された寄宿舎の中は安全だったけれど退屈で息苦しくて私にとっては囚人を捕らえる檻に思えた。

卒業まで待って、それから?

私は解放されただろうか。

望んだ自由を得たのだろうか。

「すみません」
「謝るなよ」

私は、ここが大嫌いだった。人の価値を値踏みして大人の振りした人生経験の無い未熟な子供が支配する動物の檻で、私は小さく薄汚い鼠でしかなかった。ライオンや牛の争いを、踏み潰されないように逃げ回って生き長らえていた。

卒業して、大人に成りたかった。

人の価値を認め合う立派な大人に。

「すみません。言って後悔することを言うべきではありませんでした」

私は結局、道義や正義を覚えなかった。

ジャックと同じだ。

「先生って、ほんと真面目」

褒められた心地がしなかった。人生の全ての悪行を曝された気さえした。

副流煙は私の肺を優しく撫でた。


【鼠とライオン】

ルシフェル ノクス/魂の声

人形が好きだった。綺麗なものが。

自分の造った人形に命を吹き込むことができるなら、そう思っていた時にテンマに会った。人形が瞬きをするのを見てから私はテンマにアンドロイドのモデルを提供することに決めた。

人形が私を見たのだ。

テンマは『Der Zwillingsengel』を見た時にとても嬉しそうに感謝を告げた。「綺麗だね」って言ったから、私は自分が褒められたみたいに思った。

幻の6体目。

それは世界の何処かにいるという少女のアンドロイド。

レルムが6体目だとも思ったけど、レルムの見た目は男の子だったから違うんだと思う。あれならプッペの方が女の子らしい。

レルムは完璧。

レルムを見ると人間なんてアンドロイドに滅ぼされてしまえばいいのにと思う。そして創造者だけが生きる。美しいものとそれを造る者。

「あの子欲しいと思った?」

私が聞くとアレクシエルは笑った。珍しく声に出して如何にも楽しげに笑った。

「欲しいね、喉から手が出る程。しかし私が彼と居ても価値がない」
「『価値』なんて何処にも無いよ」
「君の描く絵には価値が在る」

そういうこと、当たり前みたいに言っちゃダメでしょ。

「あんなの布切れだよ」
「いいや、芸術だ」
「価値なんて、奇抜さとか希少さとかに言葉付けただけでしょ」
「君には好きな人はいるかい?」
「なんで」
「その好きな人のことを考えなさい」

アレクシエルはそこそこ真剣にそう言ったので私は大人しく従った。好きな人のことを思い浮かべてみる。

うん、浮かんだ。

「その人は、世界にただ一人しかいない?」
「うん」
「しかし本当は違う」
「なんで」
「世界にその人が5人居ても君は好きになるだろう」

なるかな。

「なるかも」

アレクシエルは私の頭に手を置いた。撫でるとか叩くとかじゃなくてただ置いた。じんわり温かさが広がる。

「誰にも価値が在る。全てのものに価値が在る」
「平均点出したらみんな価値なくなったりして」
「良いのだ、それで」
「良くはないよ」
「それでも誰かが価値を見出す」
「誰か?」
「私は君が人形屋ではなくても君の作品を気に入った。価値と価値観が寄り添って世界が成り立っているんだ」

それっていいな。

なんだかたまらなく人形を造りたい。


【魂の声】


レルムを欲しがったアレクシエル。なんでも手に入れる力を持つのにそうしなかったアレクシエル。楽しげに笑ったアレクシエル。

「絵を描きたそうな顔をしているね」

逮捕されて拘置されて20日で外に出された。人形を造れば前科は付けないと言われたから、私は美しく綺麗な双子の人形である『Der Zwillingsengel』を造って遣った。

それから私は人形を造れなくなってしまった。

「君の人形は、素晴らしかった」

素晴らしかった?

レルムは確かに最高に素晴しいアンドロイドだ。でも私の造った『Der Zwillingsengel』は偉い人間に強要されて造った最低の作品だった。

だから奪った。

そして私は魂を失った。

魂のない人形なんて芸術じゃない。どんなに綺麗なものでもそれは違う。魂を込められないなら人形なんて造る意味がない。価値がない。

レルムに命を吹き込んだのはテンマであって私じゃない。

綺麗なだけの人形は却って作り物っぽくて少しも生命の息吹というものを感じられなかった。

「どうした」

私は魂を感じられた気がした。アレクシエルと居ると、そんな気がするのだ。人形と向き合うとまた見失ってしまうのだけど、今はまた人形を造れる気がする。

「ちょっと出る」
「何処へ?」
「どこって言うか、ここを出るってこと」
「『ここを出る』」

アレクシエルは抑揚なく呟いた。

「ごめん。じゃあね」

人の心を動かすのは人の心だ。だから作者の魂が込められたものだけが芸術として存在できる。

私は再び魂を得た。

人形を造りたい。アレクシエルの魂に似た色の人形を。そしてアレクシエルに見せたい。

「待て。契約が違う」

なんだっけそれ。

「契約?」
「そうだ。ここから出て芸術活動を行うのは契約に反する」
「なんで」
「そういう契約だからだよ」
「なにそれ」
「モデルが必要ならここへ呼びなさい」

なに、それ。

「別に造ったもの外で売ったりしないよ」
「そういう問題ではない」

全然意味がわからない。

「じゃあもうその契約終わりにしてよ」
「契約期間はあと49週間残っている」
「え? そんなに待てないよ」
「君がサインした契約書だってあるんだ。君には履行する義務がある」

なんか、こわい。

「そういうのわかんない」
「必要なものは全てこちらで用意する。ここから出なければ好きな部屋を使って構わない。不満があるなら聞いておく。何がいけないのかな」

人形は、あの部屋じゃないと造れない。

「変だよ。なんか怖い」
「君が契約違反しようとするからだ」
「違反って、大袈裟だよね」
「違反は違反だ」
「ここを出るだけじゃん」
「それが一番の問題だ」

アレクシエルは怒っていた。何があっても怒ることはなかったのに。

「また戻って来るよ」
「その保証がない」
「じゃあ、一筆書くから」
「君はそのサインした契約を破ろうとしているのだろう?」
「絶対戻るから」
「その保証がない。ここに居れば良いだろう」

なに、これ。

「ここに居なさい」
「なんで」
「居て欲しいからだ」

なに言ってんの。

「出て行かないで欲しい」

アレクシエルは顔を真っ赤にして言った。そばかすのある白い肌はわかりやすく赤に染まっている。

「それって、プロポーズみたい」

愛してる、って。

「悪いかい」

アレクシエルは耳まで真っ赤にしていた。なんだか目も充血していて血走っている。静かで優雅で柔らかくて穏やかな人間離れしたアレクシエルが、丸で普通の男の様に見える。

「え?」

大体なんでこんな話になったんだっけ?

「契約なんてどうでも良いから、君にはまだここに居て欲しい」
「うん、いいよ」

だから戻って来るって言ってんじゃん。

早く人形を造りたい。

私とアレクシエルは暫く見つめ合った。アレクシエルは愛を込めて見つめたと言うより呆然と私を眺めて居た様な感じだったのでロマンチックではなかった。

「でもさ、ここじゃ人形造れないじゃん」
「『人形』?」
「必ず戻って来るからさ、ちょっとだけ待っててよ」
「『人形』を造るのか?」
「うん」
「本当にまた戻って来るのかい?」
「約束のチューしてもいいよ」

アレクシエルは笑った。声を上げて盛大に。

「それは君が戻って来た時にお願いするよ」

アレクシエルはそう言って私の頭を撫でた。私の魂が喜んでわくわく震えた気がした。

モンハン学園/それも本能

天国は天国に住む者だけのものだって誰が決めた?

「ナルガって、なんで煙草嫌いなの」

寝ないで草吸って食べずに酒を呑むなんてよくある話だ。天使と煙草は確かに似合ってないけどナルガが女向けの煙草を吸うならそれはそれでイケてると思う。

ナルガは即答した。

「くせえから」

当然と言う様な素振りで言ったから意外だ。

「俺は?」
「まあ、お前がもう吸ってないのは分かるよ。それ程臭くない」

『それ程』って。

「ナルガって鼻いいんだな」
「さあ。そうかな」

なんで嫌そうな顔をすんだよ。

「褒めたんだよ。生きてくには鼻が効く方がいいだろ」
「あー、そう?」

あ、ちょっと笑った。

「ナルガってジンと仲いい?」
「……なんで」
「きょーみあるから」
「見て分かんねえのかよ。悪いに決まってんだろ」
「へえ」

それはちょっと嬉しい知らせだ。

ジンはナルガに馴れ馴れしくしていたから良い気味だ。

「だってあいつ煙草吸うし」

ナルガは俺の隣に座った。そして座りながら言ったその言葉はナルガが心の底から嫌そうに言ったものに聞こえた。

たぶん俺の気持ちの所為だけじゃない。

「でもあいつには勝てそうにねえから」

ナルガはきょろきょろと視線を彷徨わせながら言った。悔しそうではなかった。詰まらなさそうではなかった。ただそれはナルガにとっての事実だった。

“勝てない予感”は正しい。

それはきっと生き残る為の絶対的な本能だ。

俺は弱い。ジンと対面した時のあの絶望的な強迫は否定のしようがない。ナルガでさえ勝てないジンに、ナルガに勝てないと思っている俺が敵う訳がない。

「情けないって思うか」

ナルガは聞いた。

いいや、それは本能だ。

そうして俺たちは正しく生き残る。

「そりゃ鼻がいいんだろ」

俺はそう言ってからナルガの方をちょっと見たらナルガも俺を見返した。ナルガの顔は余りに完璧で天使そのものだったからガッチリ俺の心をホールドした。本能を鉄パイプでぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた感じだ。

ああ、エンジェル……!

人は何度でも恋に落ちるものらしい。

「お前ってただの変態でクズな野郎だと思ってたけど真面なトコもあるんだな」

ナルガは素っ気なく言った。

俺はまた鉄パイプでぐちゃぐちゃにされた。純潔の乙女の気持ちがなんとなく分かった。

本能は恐ろしい。

自分の本能が信じられない時はある。

俺はナルガに敵わない。ナルガのたったひと薙ぎで俺は死ぬし、ナルガのほんのふた口で食べられる。

でもさあ、本能に逆らってでも何かを成し遂げたいって衝動だって、確かに俺の本能だろ。生きて立っている者だけがその答えを知るんだ。

ナルガは逃げる。本能によって。

ナルガは戦わない。本能によって。

だから俺も俺の本能に従う。正しく生きて正しく死ぬにはそれしかない。砂を噛んだって泥を飲んだってかまわねえ。

俺はバカだしナルガとは生きてきた道が全然違うから、どの正義が正しくてどの本能が正しいのかなんてわからない。でも自分の本能は信じてきた。

それで今ここに居る。

「俺はもう煙草は止めたから、俺からジンに言っとくよ。煙草吸ってんじゃねえよクズって」

俺が言うとナルガはくすっと笑った。

最高に可愛い笑顔の天使はキューピッドの鉄パイプを大きく振りかぶってから勢いよく振り上げて俺の心を天国までぶっ飛ばした。

地獄の底から天国へ。

ああ、間違いない。

俺は確実に強烈にナルガを優しく激しく食べたいと思った。例えジンに美味しく食べられたとしても、この本能は信じて良いものだ。

「出そう……」

ちょとでいいから。銜えてくれたら。

「ねえ、ちょっとエッチなホテル行かない?」
「社会の為に死ね!」

あ、出る。マジで。

俺は天使の拳で昇天した。


【それも本能】
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