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モンハン学園

授業が終わると校舎は次第に騒がしくなった。理事長室の前は変わらず人気がないけれど、下の階や中庭には生徒の気配が溢れている。

授業に出よう。

そう思った時、携帯が震えた。

「いま何処に居んだ」

出て直ぐに届いたのは、事務長の声だった。それは少し怒気を含んでいる。

「ガッコウっす」
「ァア?」
「ガッコウっす!」
「てめぇ、俺に嘘吐いてんのか」
「はっ?」
「今日は休みかって担任から連絡来たぞ」

マジかよ。

ちょっとサボったぐらいで速効でチクられんの?

「すんません。自分のクラスが分かんなくて」
「……嘘じゃねえだろうなあ?」
「本当っす。事務長に嘘吐くなんて、盃が割れちまう」

事務長は少ししてから「そうだったな」と呟いた。俺を拾ってくれた時の声に似ていて、俺は情けなくなった。

俺はクズだけれど、事務長は違う。

「クラスぐらい人に聞け。転校生ってのは、目立つもんだ」

事務長は笑った。

俺は笑わなかった。

モンハン学園

職員室の場所に当たりを付けたが、行き着いたのは理事長室だった。

職員室って最上階にあるんじゃねえのか。

あー、静か。

誰も居ねーじゃん。

そこは学校とは思えないくらい静かな場所だった。よく憶えていないけれど、少なくとも小学生の頃の記憶とは大きく違う。

高校って、こういう場所なのか。

知らなかった。

俺はその場に腰を下ろして煙草を取り出した。そして火を点けようとして、ライターが無いことに気付いた。

「くそ、」

付いてねー。

いや、違った。ライターは捨てたんだ。改心して高校生に成ろうと決意したんだ。俺を鑑別所に送った連中が笑うくらい、高校生に成ってやるはずだったじゃないか。

そんなことを忘れるなんて。

俺は本当に駄目な人間だ。

俺は煙草を床に放り投げた。それは軽い音を立てて廊下を滑った。そのただの紙は強烈に俺を引き付けたけれど、そこに手を出せば俺が本当に社会のクズだと証明されてしまう気がした。

「くそ、」

チャイムが鳴った。

授業の終わりを告げる祝福の鐘は、俺を責める正義の鐘だった。

モンハン学園

ジンはゆっくり立ち上がった。ぱたぱたと膝や尻を払う様子は兄貴にそっくりだった。

そうか、兄貴とそっくりなんだ。

だからムカついたんだ。

俺は一人で納得した。ジンオウガ亜種とジンオウガなのだから似ていて当然だ。そりゃそうだ。

そんな俺の心の内に気付くはずもなく、ジンは俺に話し掛ける。

「ケルビって武闘派なんだな」
「商売やる頭ねーし」

ジンは、はははと笑った。

「馬鹿でいいんだよ、筋を通せば」

兄貴も似たようなことを言っていた。喧嘩が弱くてビビりの俺に、『弱くていい。筋を通せば』と。それがカッコヨくて惚れたんだ。

「お前って本当に堅気?」
「違うよ」

違うのかよ!

「それ早く言えよ!」
「は?」
「ヤクザと喧嘩して謝っちまったじゃねえか!」
「そうか?」
「てめぇ、ふざけんな!」
「ふざけてねえよ」

なんだこいつ!

俺はジンと距離を取った。ジンは相変わらずにこにこ笑っている。

「へらへらしやがって、」
「ははは、ヤクザだって笑うだろ」
「いてぇ時に『痛い』っつうのは極道じゃねえ!」

ジンと目が合った。食われる、またその本能が疼いた。背筋がぞくりとして身動きを奪われたように錯覚した。翡翠の瞳はきらきらしているのに、纏う空気はずしりと重い。

「俺はここでは高校生として高校生の生活をしてんだよ。痛がるのも笑うのも自然なことだろ」

じゃあ俺はどうなるんだ。

今『高校生』だから、ジンに服従するなんて道理はねえ。

「くそ、」

俺はジンに背を向けた。今度は捕まることはなかった。

モンハン学園

「よお、昨日の奴じゃん」

振り返らなくても分かる。声の主はジンオウガだろう。だから俺は振り返らずに歩き続けた。

「無視かよ」

はい、無視っす。

だってムカつくんだよ。

ナルガのことがなくてもこんだけムカつくのは新事実じゃねえの。心のメモに書き留めておこう。とにかくジンはくそムカつく、と。

「君のこと気になっちゃって」とかそんな風に軽々しく言ったから、俺は変わらずに無視した。

「君って飛竜組だろ」

……え。

ジンは俺の腕を引いて壁際に押し付けた。背中に受けた軽い衝撃は心理的なそれによって容易に掻き消えた。

なんでバレてんの。

「うちの高校に入ったのは事情があるの?」
「いや、」
「俺には嘘吐くなよ」
「いや、」
「なあ、ケルビ」

いやいやいや。

つーか名前も知られてるし。

勝ち目がねー。

でも尻尾巻いて逃げるなんて絶対にできねー。

「てめぇ、」
「喧嘩は駄目だろ」
「ァア?」
「目立ったらイケナイんじゃねえの?」
「うるせぇ、」
「もうごまかしは利かねえよ?」

それは腹の中でよく響く低い声だった。俺を威嚇したり脅迫するためのものではないと直ぐに理解できる優しげな声だった。

馬鹿な俺でも分かる。

でも馬鹿だから、俺は馬鹿だから、こんな男に簡単に腹は見せらんねえ。

「うるせえ!」

思い切り殴った。渾身のボディブロー。

反射的に腹筋に力を入れられたらしく手応えは余りなかった。しかし不意打ちが効いたのか、ジンはそこそこ本気で腹を庇っている。

「マジで殴ったろ……」

当たり前だ。

当然だ。

「悪いけどな、うちじゃあガキの喧嘩に親は手を出さねえ。組に用があんなら俺の死体を海に沈めるぐらいじゃ足りねえよ」

ガキのお守りは組の仕事じゃねえんだ。俺を出汁に組を引っ張るなんて安っぽい喧嘩は恥ずかしくて買えもしねえ。

「何言ってんの、君」
「身元バラして俺を退学させるって組を脅すんだろ?」
「は?」
「ちげぇの?」

ジンは腹を押さえたままずるずると屈んだ。

「阿呆。そんなこと言ってねえ」

マジかよ?

「じゃあ何?」
「何って、」

ジンは「もう分かんねー」と言いながら壁に背を預けた。脂汗が滲んでいるので相当腹が痛いらしい。

「悪い……」

俺もジンの横にしゃがむと、ちょうど予鈴が鳴った。

授業、また出らんねえじゃん。

ジンが余りに痛がっているので、漸くこいつが本当に同業者じゃないのだと分かった。

ごめんなさい。

モンハン学園

教室に向かう間、ナルガは終始視線を落ち着きなくさ迷わせていた。何かを警戒するその動きは出入り前のチンピラに通じるものがある。

「なんか捜してんの?」
「はっ?」
「なんか、そう見えっけど」

俺を見たかと思っても、またチラチラと視線を泳がせる。

「捜してるっつうか、」

歯切れわるー。

「好きな奴でもいんの?」
「はっ!?」
「ま、どうでもいいけどなあ」
「違う」
「だからどうでもいいっつってんだろ」
「だから違うっつってんだろ!」
「ァア?」

マジみたいな反応すんなよ。

「ただの癖だよ」
「くせ?」
「タバコの臭いする奴の顔を憶えとくんだよ」

それって。

「お前、ポリスみたいな趣味してんのな……」

中学の時にある警官に目を付けられて、何をするにも監視されていたことがあったのを思い出した。一度顔を憶えられるとほとんど自由がなくなる。

ナルガは眉を顰めた。

「ヤクザよりましだろ……」

あー、そっか。

そうだよな。

「そう言えばタバコ嫌いっつってたな」
「うん。お前ってクラスどこ?」
「分かんねえ」
「はっ?」
「いいだろ、どこでも」
「良くねえだろ。授業出らんねえだろ」

あ、そっか。

授業、出ないと。

「じゃあ探してみる」

俺はそう言ってナルガに背を向けた。見回すとここは3年の教室が並ぶ階だったので、まず下へ降りなければならない。ずっと天使を見詰めていたから全く気付かなかった。

「職員室行けば分かるんじゃねえの」
「ァア?」
「一緒に行ってやろうか」

ナルガは俺のすぐ隣を歩いていた。

手を伸ばせば届く距離。

でも俺はナルガに触れられなかった。

『ヤクザよりましだろ』

俺の中に響くのは、ナルガの冷たい声音。ヤクザより警察、そんな当たり前の世界がここにはある。どうしてナルガがチンピラに見えたのだろう。そんなことは有り得ないのに。

ナルガに触れてはいけない気がした。

近付けない、そう思った。

「要らねえよ。ガキじゃねえんだ」

立ち止まったナルガとの距離はどんどん開いてもう元には戻らなかった。

モンハン学園

「おはよう」

俺が声を掛けると天使は顔を歪めた。それでも十分過ぎるくらい天使なのは、きらきら煌めくオーラで分かる。

「ほんとにウチの生徒だったのかよ……」
「疑ってたの……」

24歳の男が簡単に入り込める場所じゃねえよ。

「だいたいなんで女装してんの」
「……、趣味?」

事務長の。

「俺に聞くなよ変態」
「まあまあ。ここに入れさせられたのも、親心には逆らえなかっただけでさ、」
「親心?」

あー、言わない方が良かったか?

「そんなところ」

ナルガは探るような目線を俺に向けた。紺碧の瞳が獲物を狙い澄まして隙をつく、油断ならない目だった。

くらり。

天使に見詰められると、くるものがある。

「ホテルに行こう」、そう言おうとした時、ナルガが俺の両肩を細い指で掴んだ。流れるような動きは、その柔らかさに反して俺に抵抗を許さなかった。

「俺はお前の味方だ」

ァア?

どうした、エンジェル。何を言っているのかさっぱり分からないぜ。

「俺はお前の、恋人?」
「うるせーよ変態! 耳鼻科行ってこい!」

嗚呼、酷い。

でもときめいちゃうッ。

俺を置いて教室に向かうナルガを追った。肩に手を掛けても抵抗されなかったので、その手を腰まで下げた。

振り向き様にぶん殴られた。

モンハン学園

今日は授業に出よう、と俺は決意していた。

真面目に学校に通っていたら変わっていた人生もあったかもしれない。鑑別所に放り込まれた時に俺の人生は決まった。

今の俺は人性の底の更に下を這い蹲うことで生きている。

極道っていうのは、そういうことだ。

てめぇを殺して親を生かす。

敵を殺して俺も死ぬ。

警察とか裁判所とか、あそこには真っ当な大人達がたくさん居た。あいつらは俺を見下して或いは憐れんでいるように思っていたけど、そんなのは俺の矮小で歪んだ卑屈に過ぎなかった。

ここには、この高校には、明るく輝く人間の卵が大勢居る。

人を傷付けないように、誰かの役に立てるように、毎日笑ってからかって怒ってまた笑って生活している。

やり直せない。

けれど繰り返してはいけない。

俺は名前も知らない女に貰ったライターをごみ箱に捨てた。それは存外軽々しい音を立てて沈んでいった。

大学の怪人

あれはクリスティーヌ?

間違いない!

僕のことを憶えているだろうか?

「落とし物ですよ」
「え?」
「赤いスカーフ、憶えてない?」
「ラウル! ラウルなの?」
「そうだよ!」

クリスティーヌは昔と変わらない綺麗な瞳をしていた。

「これから食事に行かない?」
「え?」
「友達にノートを返してくるから、2分だけ待っててくれ」
「ごめんなさい、今日は、」
「食事だけだよ、約束する」
「先生が怒るの」
「新入生の代表挨拶を成功させた今日ぐらい、多めに見てくれるよ」
「ダメよ!」
「すぐに戻るよ、待ってて!」

クリスティーヌだ!

本物のクリスティーヌだ!

僕はその場を離れて友達に借りていたノートを返しに行った。そのことを深く後悔することになるとは思いもしなかった。

モンハン学園

事務長は俺のことをじっくり見ている。いや、セーラー服を着た男を見ているだけなのかもしれない。

「あの、報告していいすか」
「なんだ」
「とりあえず転入して、まだ不審なところはなかったっす」

事務長は眉間の皺を増やした。

「てめぇに『不審』かどうかなんてわかんのか」
「えっ」
「お前は普通に高校生やってりゃいい」
「ヤっていいんすか」
「それ以外に、てめぇにできることあんのかよ」

事務長は黒い煙を吐き出した。

「ありません!」

俺は冷や汗を流して頭を下げた。自分がセーラー服を着ているのが見えて、こんな時なのに本当に高校生を演じているのだと実感した。

「学校であったことはなんでも報告しろ。誰に教科書を借りたとか、なんて教師と話したとか、全部だ」

そうだ。

これは組のための仕事だ。

俺には脳がないんだから、せめて言われたことはなんでもやろう。それで兄貴や事務長に拾って貰えたんだから、俺はこの人たちを絶対に裏切れない。

「はい……!」

礼入れの姿勢のまま顔を上げると、にやりと笑う事務長と目が合った。

カッコイイ!

痺れるぜ!

俺は高揚した気持ちのままで部屋に帰って、明日からの決意を新たに男子校への潜入一日目を終えたのだった。

顎が外れる

死にたくて、消えたくて、殺されたくて、忘れられたくて酒飲んで草吸って閉じ篭って寝たり起きたりしながら拒絶して逃避して絶望して隔絶されたくて廃絶されたくて死にたくて消えたくて、ふとテレビを点けた。

芸人が喋っていた。

俺は笑った。

なんでこんな下らないことで、と思ってから、自分が笑ったという事実に気付いた。

だって楽しかったんだよ。

ふっと空気を吐き出して、つっと口角を引き上げた。

笑っている。

今、笑っている。

だって楽しかったんだよ。

俺は笑った。げらげら笑った。声を上げてひいひい息を吸って腹に力を入れて大声で笑った。

そんな下らないことが生きるということだった。

俺は死ぬほど笑った。



曰く、“顎が外れる”。
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朱を奪う紫

「高校にも入って説教かよ!」
「そうそう。服装とか髪型とか、個人の自由だろ」
「だいたいぶつぶつ文句言いやがってキモいんだよな」
「あいつ服もダセェし」
「一緒にすんなよなぁ!」
「つか話し方とかキモくねぇ?」
「だよなぁ!」
「まだ童貞なんじゃねぇの?」
「キモいぃぃぃ!(爆)」



曰く、“朱を奪う紫”。
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朱に染む

だらりと落ちた細い腕は真っ赤に染まっていた。顔も脚も真っ赤だった。風呂場は天井にまで血飛沫が上がって、それをぽつりぽつりと垂らしていた。文字通り血の雨が降っていた。

不気味な一面の紅は、私という人間を、深い将来に渡って呪縛するのだと思った。



曰く、“朱に染む”。
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モンハン学園

廊下を曲がったところで男とぶつかった。

「……、痛い」
「ァア?」

ゆっくり間を持たせて言うことはそれだけかよ。セーラー服を着た24歳の男を校舎で見掛けてそれだけで済むものなのかよ。最近の子どもってほんと怖い。

……違った。

なんだよ。

なんか言いたいことがあんのか?

真っ白い肌をした男はなんの言葉も話さないで幽霊のようにぐらりと揺れた。そして何かの妖術でも掛けたのかと言うくらい、あっという間に俺との間合いを詰めた。ぐにゃりと遠近感のない腕が俺の胸倉を掴む。

目が合った。

その目は真っ赤に充血していた。

「いいにおい」
「なんか文句あんのかよ!」

めちゃくちゃこえぇよ!

近寄んな!

「甘い」
「ァア!?」
「きっと甘いよね」

ずるり、とまた近寄って来たので、俺は反射的にその男を突き飛ばして思い切り蹴ってしまった。男は1メートル以上すっ飛んで勢いよく尻餅をついた。

「あ、悪い」

なんで謝ってんだ俺!

でもあんな風に泣きそうな顔されたらさあ!

「痛いよ」

男は母親を見失った赤ん坊みたいに少しずつ顔を歪めていった。ちょっと蹴ったくらいで泣かれるのはすごく困る。堅気のガキを泣かせたとあっては俺の極道としてのプライドが廃る。

「悪い。ちょっと、」
「ちょっと?」
「いや、あの、だってお前、どんどん近付いてくんじゃん」

あれはホラー映画を彷彿とさせる接近の仕方だった。思い出しても背筋がぞくりとする。

「……、俺の目は?」
「ァア?」
「怖くない?」

目、は。

「別に、言うほど目付き悪くねえだろ」

はったり噛ましてなんぼのヤクザは目付きだけじゃなくて全身で敵を威嚇する。怯えるなんて許されない世界にいた俺だとしても、目の前の男の目付きは本当に微塵も怖いとは思わない。

怖いのは幽霊みたいな挙動の方だ。

俺とじっくり目を合わせてから男はにたりと笑った。口元には真っ白い歯が整然と並んでいる。ゆらゆら揺れて立ち上がって近付いて来る様子は、やはり幽霊みたいだった。

「やっぱり甘い」

ハァ!?

何コイツすげぇ怖い!

やっぱ怖い!

動揺して後退る俺を追うように男がまた詰め寄って来た。負けじとまた後退ると、泣きそうな顔をされた。

くそ!

怖いんだよ仕方ねえだろ!

「怖くねえ! 怖くねえんだけど、近寄られっと、やっぱ怖い!」

俺は訳の分からない言い訳をして、また一歩後退した。極道も堅気も関係ない。俺は幽霊とか言う得体の知れない存在が大嫌いだ。

つうかやっぱこえぇじゃん!

「甘いにおい……」

俺はその言葉を聞き届ける前にその場を全力で立ち去った。というより逃げ去った。

モンハン学園

「ちょっと!」

手を振り払われて始めてナルガの手を握っていたことに気付いた。

「白けた?」
「はっ? いや、」
「せっかくのデートなのに、悪いね」
「別に気にしてないけど、」
「……ナルガは優しいなあ」

こんな白けたデート、平手打ちされても文句は言えない。俺自身だってかなり気分が冷めた。

しかしナルガは違った。気にしてないと言ってくれて、その上まさかフォローして貰えるとは思っていなかった。ナルガの天使な一面を再発見できてかなり癒された。

ナルガは俺の目をじっと見た。

「お前って変人」
「えっ? 恋人!?」
「うるせーよ変態野郎!」

きゃん!

この口の悪いところがたまんねえ。ぞくぞくする。綺麗な顔から流れ出る罵詈雑言のギャップに惚れ込んでしまった俺としては、やっぱり優しくされるよりは貶されたいのだ。

「ナルガは授業出ねえの?」
「んー、ジンも言ってたろ。かったるいって」
「将来のこととかあんだろ。高校ぐらいは出た方がいい」

俺なんて小学校の終わり頃から遊び回って、残されてたのはこんな生き方だけだった。事務長になら、セーラー服で男子校に入れと言われても、義理を通して頷くことしかできない。

「お前もな」

ナルガは笑った。

それがとても高校生らしい笑い方だったから、目に焼き付いて離れなかった。

学校をサボるということが俺みたいな人間に成ることを意味するわけではない。俺は学校に行っても行かなくても俺という人間に成ったのだ。

「ああ、そうだったな」

綺麗な人間に成りたい。

俺は心の底からそう思った。

モンハン学園

「タバコ捨てんじゃねえのかよ」

ああ、エンジェル……。

「それより、どっか遊びに行かねえ?」
「はっ?」
「歌とか歌う? 静かな方がいい? 欲しい服とかあれば買ってやろうか」
「だからナンパしてんじゃねえよクズ!」
「エンジェル……」
「妄想を口から垂れ流すな死ね!」

俺の天使はちょっとだけ口が汚いな。天使だからまあいいんだけど。まじで天使だわ。

「ナルガじゃん」
「うっせえ!」
「おい、元気いいな」
「え、あ、ジン」
「よお、またタバコ狩りか?」
「……分かんない」

ナルガが横目で俺を見詰めてきた。

これってアレか。好きでもない男に付き纏われてんのか。そんで俺に助けを求めてんのか。よし分かった。

「デートしてんだよ。見て分かんねえのかよ、ァア?」
「いや、ナルガも分かってねえし」

ははは、と男は笑った。それがめちゃくちゃムカつくのはこの男がナルガに対して馴れ馴れしいからだと思う。

「ジン、授業は?」
「サボり。かったるくてさ」

なんだ、仲間か。

俺は、気が合うかもしれない、と気持ちの軌道修正をした。

「とにかく、俺たちはデートしてんだよ。お前とはまたな」
「はは、そっか。じゃあ今度会った時は、デートしてくれる?」

何言ってんの?

「そんなのナルガが決めることだろ」

男は暫くぽかんと俺を見た。翡翠の瞳はキラキラと光を放っていて、全く傷んでいない黄金の髪によく似合っていた。

「君ってどこのクラス?」
「どこって、」

あ? どこだっけ?

「俺は3年1組。ジンオウガって言います。ナルガと同じクラスだから、いつでも遊びにおいで」

ジンはウインクした。

俺は驚き余って恐怖さえ感じた。

食われる、という純然たる本能は、その道の業界に生きる人間に備わる最も信用できる武器だ。生き残るためには本当にヤバいものには近付いてはいけない。俺のこの本能は、その時確かに危険を察知した。

「悪い。今日のことは忘れさせて貰う」

最悪だ。

あれは仲間だ。同業者だ。

ジンが見せた柔和な笑みは、兄貴が落とし前をつけさせる前に見せる慈悲深いそれと重なって見えた。

揚げ壺を食う

亜依は私のことが好きだと言った。私も亜依のことが好きだと言った。私は、私たちの関係は円満に始まったものだと信じて疑わなかった。

酷い。

酷い。

酷過ぎる。

「私は、亜依にとっては、ただのペナルティだったんですか」

亜依は視線を左右にさ迷わせた。それが余りに真実味を帯びていて悲しくなった。

本当だった。亜依の言っていることは冗談でも悪ふざけでもなく、ただのありのままの真実だった。私はそのことに厭でも気付かされた。

亜依は罰ゲームで私に告白した。

「普通さ、オーケーするって思う?」
「私は、私なら、オーケーしてくれそうな人だから好きになるわけじゃありません」
「そりゃそうだけど」
「私は亜依のことが好きです。亜依が私のことを好きだと言う前から、好きでした」

亜依は「そうだったね」と呟いた。溜め息に混ざったその声は、上司が面倒な仕事を相談された時のそれに似ていた。

「だから狙われたんじゃん」

私は言葉を失った。

そうか。そういうことか。

そういうことか。

オーケーすると分かっていたから告白したのか。オーケーすると分かっていたから罰ゲームになったのか。オーケーすると分かっていたからペナルティになったのか。

騙された。

狙われた。

くだらない子供の遊びの玩具にされた。

私が見え見えの態度だったから。私が浅はかだったから。

私が亜依を好きだったから。

「そんなこと、なんで私に言うんですか」
「いつかバレるでしょ」
「なんで今言ったんですか」
「だから、いつかバレることじゃん」
「理由になってません」
「なってるよ」
「なってません」
「これ以外にないでしょ」

『これ以外』?

「別れたいんじゃないの」

罰ゲームはただのゲームなのだから、いつか終わらせなければならない。遊びはいつまでも続かない。

鼻の奥がじんときて、私は泣きそうだった。泣きそうだから亜依のことを真っ直ぐ見たら、余計に悲しくなって泣けてきた。

「何、そういうこと」

亜依は苦笑いした。

「そういうことって、そういうことですよね」
「違うよ」
「え」

亜依は私の頬を撫でてから、優しく抱き着いた。

「私は、告白が成功するなんて思ってなかったんだよ」
「うん」
「罰ゲームは、『好きな人に告白する』だよ」
「え」
「皆は知ってたみたいだけどさ」
「え、え、それって」
「好きだよ」

亜依は私の身体に擦り寄ってまた「好き」と繰り返した。

なんてことだ。



曰く、“揚げ壺を食う”。
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モンハン学園

俺は絶望していた。

女子校と、男子校。

キュートな女の子の花園と、汗くさい野郎の巣窟。

天国と、地獄。

あーあ。

「じゃ、自己紹介して」
「夜露死苦ー」
「……それだけ?」
「ァア?」
「いやいいですこちらこそよろしくね。ケルビはペルーから日本に来たばかりだからまだ分からないことだらけなんだよな」

担任は早口にそう言うと用意してくれたらしい席へ案内した。整然と並んだ木の椅子と机は懐かしいけど学校って感じでかったるい。

つーか、ペルーってどこだよ。そんな設定知らねえよ。俺って外国人ってことになってんのかよ。日本語しゃべっていいのか?

わっかんねー。

とりあえず、一服するか。

「あの」
「ァア?」
「校内禁煙なんだけども…」

まじかよ。

「そっスか。じゃあちょっと吸ってきます」
「えっ」

やっぱ学校ってめんどくせー。

俺は適当にタバコを吸えそうなところを探して火を点けた。すると急に後ろから声を掛けられた。

「校内禁煙ですよー」
「知ってる」
「だから、校・内・禁・煙」
「だから知ってるっつってんだろ!」
「じゃあ吸うなよ!」

うるせえ!

振り返ると、天使が居た。

ここは天国かッ!?

「こんにちは」
「はい、タバコ回収しますね」
「ありがとう。君ここの生徒なの? 何年何組?」
「3年1組だけど。なんで?」
「これから学校抜けて遊ぼうよ。金は俺が持つからさ」
「うっせーよ! クズがナンパしてんじゃねえよ死ね!」

なんて正義感が強くて理不尽で口が悪くて愛らしいんだ! まさに濃紺色のジャージを着た天使ではないか!

胸がムカムカするこの感情は…恋!!?///

「クズでごめん!」
「はっ?」
「君の名前は?」
「ナルガだけど…」
「タバコが嫌いなの?」
「うん。大嫌い」
「分かった、ナルガのために禁煙する」
「はっ?」
「その証拠に、これからこのシガーケースとライターを捨てに行く。だからちょっと付き合ってくれない?」
「なんで、」
「ナルガのおかげで禁煙できそうなんだ。だから頼むよ」
「そんな、急に、」
「ダメかな…」
「じゃあ、ほんとに捨てんなら……」

Oh...ジーザス!

ナルガはどこからどう見てもどこをどう取っても多少口が元気なだけのまさにエンジェルだったので俺は完全に失念していた。

ここは男子校だった。

モンハン学園

俺は極道に生きる平凡な男。ただ一つの問題は、明日から“女子高生”としてスパイをしなければならないということだった。

男に生まれて24年、中学もろくに通ってないのに、女として高校へ行くことになるとは思いもしなかった。


〜回想〜

「事務長、本当に俺がやるんすか」
「なんだ。不満か」

事務長の赤い目は俺を威嚇した。ディアブロス亜種の事務長とケルビの俺とでは、やはり全く勝負にならない。

「組の為なら死んでもいい。その気持ちに変わりはないんすけど…」

すね毛の剃り方だって知らないのに。

俺は自分のもじゃもじゃのすねを見詰めた。

「大丈夫だ、心配するな。すね毛の剃り方は、ジャギオ…いや、ジャギ姉さんに教えて貰えるように、俺が口を利いてやる」
「事務長…!///」

なんで俺の心が読めたのか!

さすが事務長!

タバコの黒い煙を吹かす事務長のカッコヨさに、俺はこの話を快諾してしまった。

〜回想終了〜


「お前、明日からスパイするんだってな」

一緒に住んでいる兄貴は笑いながらそう言った。兄貴は家出した俺を世話してくれた恩人で、とても大切な人だ。

「他人事だと思ってるんすね」
「高校なんて懐かしいなあ。まあ、楽しめよ」
「でも俺、女装なんて…」
「お前、女装するのか」
「だって、潜伏先は女子校っすから」
「女子校だと…!? なんでそれを早く言わないんだ! 俺だって行ったことないのに!!」
「えっ」
「いやそれはいい忘れろ。それで、伯父貴に女装姿を見せたのか?」
「なんでそんなこと…」
「これは大事なことだ。女装姿を、見せたのか?」

兄貴の咆哮に怯みつつ、俺は正直に答えた。

「制服用意してくれたの、事務長っすから」

兄貴は俺の襟元を鷲掴んだ。

「伯父貴の女装好きは、有名だろうが!」
「えっ」
「どうせ、伯父貴の野郎、お前の制服姿を見る為に今回のことを考えたんだ」

そんなバカな。

いや、でも確かに、事務長が女装した俺を見る目に変なものがなかったとは言い切れない。

「大丈夫だ、心配するな。俺に任せておけばいい」
「兄貴…ッ///」
「お前のことは、必ず“男子高”に入れてやる」
「えっ」

そういう訳で、俺はセーラー服で男子高へ転入することになったのである。

モンハン物語

【亜種の恋】


ロアルドロス亜種であるロアは恋をしていた。お相手はロアルドロスのドリーである。

「さて、交尾しようか」
「やだ」
「なんで」
「あんた亜種じゃん」
「でも交尾はできるよ、同じロアルドロスなんだから」
「やだよ絶対」

ドリーが交尾を渋るのには訳があった。

本来ロアルドロスは身体が軟らかく湿っぽいだけの水生獣である。ところがロアのように亜種に分類されるロアルドロスには、普通のロアルドロスにはないある特性があった。

「交尾しよう」
「やだっつってんのに」
「ほら、今日は解毒薬も用意したよ」
「…サイテー」

ロアは体内で毒素を大量に生成する変異種なのだった。

彼ら亜種は興奮すると体表から毒が滲み出るし、加えて体力も桁違いに高い。亜種はこの呪わしい特性のせいで、原種が相手の交尾がままならないのだ。

「君のことが好きだよ」
「うそだぁ」
「綺麗な黄色が好き。素直で真っ直ぐな性格が好き。寝ている時のくるっとした背中が好き。軟らかくてつるつるの肌が好き。ちょっと低い声が好き」
「やめてよ」
「君のことが好きだから、もう我慢したくない」

ロアの告白に、ドリーは黙ってしまった。

「交尾しよう」

頷きながら「うん」と言ったハスキーボイスが、ドリーの最期の言葉となった……。


「ぅぁあああああああ!!!」


ロアは飛び起きた。身体は毒の汗でびっしょり濡れていた。元からぬるぬるしているのだけれど、いつもより濡れている気がした。

「びっくりした」

夢だった。

「しかも解毒薬って…」

ロアルドロスの世界に解毒薬などない。亜種と原種とでは、触れ合うこともできないことがほとんどだ。だから亜種としての系譜を辿ってきた。

ロアは溜め息をついた。

「やっぱ、あっちと交尾したら死ぬよね」

ロアはドリーを思い浮かべながらもう一度深く息を吐いた。今度は安堵の溜め息だった。


「ドリーが亜種でよかった」

悪木盗泉

「おはようございます」

馴染みの生け垣の向こうには見知らぬ色男が立っていた。その男から発せられる低音の声は、俺を威嚇している様だった。

「誰?」

ここってリョータの家だろ。

色男はいい加減に笑って、今度こそ明白に俺を睨み付けた。売られた喧嘩はタダでも買って遣るのが男なので、俺も目の前の男を睨む。

睨む。睨み付ける。

「君は、」

そう呟いてから、男の目に浮かぶ敵意が、ぐらり、と揺れ動いた。

その時、不意に、俺の頭が叩かれた。

パーン!

「いてぇ!」
「来い」

嗚呼、この声は。

「リョータじゃん、なんでいんの」
「うるせぇ。俺の台詞だ」
「あれ、誰?」
「ァア?」
「リョータの家ん中にいた」

喧嘩を売られていたんだ。

向こうもその気だった。間違いない。

「父親」

リョータは小さい声でそう言った。眉間に寄せられた皺は不愉快だからなのか照れ隠しなのか分からないけれど、余り見せない表情だったと思う。

「あれが、父親」

リョータの父親を初めて見た。10年以上の付き合いがあるのに、俺はリョータの父親を知らなかった。居ないのかと思っていた。

「ああ。だからもう喧嘩売んな」

分かんねえ。

俺は買っただけだ。

「すっげぇ色男だよな」
「誰が」
「お前の親父」
「……、そうか」
「再婚?」
「そんなもん」
「おばさん帰って来たの?」

リョータは言葉を濁して答えた。

「……そんなもん」

俺が詮索して良いことではないのだろう。リョータは家のことはほとんど話さないし、俺の家のことも知りたがらない。俺としては仲良い友達の家庭のことを全く知らないのは物足りない。価値観が違うらしい。

「つうか、喧嘩なんて売ってねえよ」
「売ってただろ」
「売ってねえ」
「売ってた」

売ってねえ。



曰く、“悪木盗泉”。
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