スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

極められない山伏国広(後編)

※「山伏国広の極」のイラストの不備から着想を得た創作ですので苦手な方はご注意ください。
※極バレ
※刀さに(ぶしさに)
※女審神者


前編はこちら
mblg.tv












「主殿、只今戻ってきたのである。修行の結果を、我が筋肉を見よ!」

山伏が勢いよく障子を開くと、そこに主はいなかった。広間には遠征に出ていた男士も戻っており、多くの目線が一斉に山伏に集まった。山伏も彼らを見返すが、ここに一番居て欲しい人物は見当たらない。

「山伏さん」

呼びかけられて目を向けると石切丸が立ち上がって山伏のところへ歩み寄ってくるところだった。

「主は一期一振さんと居て、ここにはいないよ」

石切丸は襖の外を見た。

「一期一振殿?」
「落ち込んでいたから、慰めてもらっているんじゃないのかな? 政府に呼ばれたみたいで、いつもより遅い時間に戻ったと思ったら、わんわん泣いて寝室にこもってしまったようだね。せっかく山伏さんが修行から帰ってきたっていうのに、まったく主には呆れてしまうよ。こんな時こそ、ちゃんと出迎えてあげないとね」

石切丸はマイペースに山伏に声をかけてくれたが、他の男士たちは二人のやり取りを慎重に眺めている。それもそのはずだ。山伏は修行から帰還したにもかかわらず、修行前と変わらない姿をしている。

修行を乗り越えると力が湧いて、前より強く、そして姿形もそれに相応しく変化するものである。

山伏は違った。

「主殿を落ち込ませたのは、拙僧だと思う。拙僧はまだ未熟であるなあ」

山伏の言葉は広間の一番奥にいた山姥切国広や堀川国広にも聞こえた。山伏は明るく振る舞っているが、かえって痛々しい。堀川国広はたまらず山伏の元へ駆け寄ろうとしたが、和泉守に腕を掴まれ制止された。山姥切国広も駆け寄りたい気持ちを必死に抑えている。

まるで心臓を直接掴まれたみたいに痛む。息がつまって苦しい。

無意識に己れの武器を見る者がいた。刀身が傷つけられたかのように、実際に明確に痛みを感じたからだ。しかし刀身には傷などなく、常と変わらずあやしい金属光沢をまとっている。

頭の中に「刀解」という言葉が浮かんでくるのを、誰もが止められなかった。

広間にいる男士たちの間に冷たい沈黙が流れる。

口火を切ったのは石切丸だった。石切丸は「慌てないことだ」と告げた。その声はおっとりとして、穏やかで、とても安心感を抱かせる。

「カッカッカッ、修行は続くのであるな!」

山伏が笑って答えると、石切丸は「うん、そうだね」と優しい声音でうなずいた。

石切丸のマイペースさにはいつも驚かされる。彼のその資質を今日ほどありがたいと思ったことはない。山姥切国広はこの日からしばらく自分がもらった団子はすべて石切丸に供えることにした。それほど心から石切丸の存在に感謝した。

広間のほかの男士たちも、二人の様子を見て少しは安心した。

「主のところへ行くのかい?」

石切丸に尋ねられ、山伏は「うむ」と力強くうなずいた。

「皆にも心配をかけてしまい、すまぬな。遠慮せず、先に宴会を楽しんでいてほしいのである」
「そうだなァ、せっかくの馳走が冷めちまうもんな!」

和泉守がひときわ大きな声で宣言すると、山伏を心配そうに見ていた堀川国広も「そうだね」と答えた。兄弟が心配なことに変わりはないが、ここから先は山伏自身の問題だ。堀川国広がひっついて回っても詮ない。

「僕は歌仙さんをお手伝いしてきますね」

堀川国広はそう言って厨で宴会の準備をしている歌仙の元へ行った。

山伏は広間を去ると、主の寝室へ真っ直ぐ向かった。山伏は主の恋刀だ。主の寝室に行くのは初めてではないが、いつもより廊下が長く感じられた。

「主殿、おられるか」

山伏が声をかけると一期が「おられますよ」と答えるのが聞こえた。

主は一期一振が好きらしい。「お兄さんって感じで安心できる」というのが主の言い分だが、どうもそれだけではないと山伏は踏んでいる。

付喪神は物に宿るひとの心から生まれ出る。元来、物やヒトへの執着が強いものだ。それは愛情として表れるときもあれば、憎悪として表れるときもある。

山伏国広は少ない主に大切に所有されてきた太刀だ。美術館や寺社で多くのひとに鑑賞され、愛でられた刀剣とは違う。山伏自身も刀剣男士として顕現してからの自分に宿る「心」のようなものを、そういった来歴に由来するものかもしれないと漠然と理解していた。そしてこの「心」は、自分でよくよく制御すべきものだとも考えている。

いま山伏の心で燻るこの感情は、良くない感情だ。

一期一振に対する、この感情。

「失礼してもよろしいか」

山伏が尋ねると、主と一期の囁き声が聞こえてから、「どうぞ」と許可が下りた。

なぜ一期が許可するのか、山伏は努めて考えないようにする。

部屋の真ん中には一期がいて、床に敷かれた毛足の長い敷物に座っている。そしてその後ろに主が隠れているらしい。一期に抱きつく主の腕が見えたと思ったが、それもすぐ後ろに引っ込んだ。

「主殿、只今戻ってきたのである!」

返事はない。

主に代わって一期が「お待ちしておりました」と答えた。山伏は面白くなさそうに一期を見つめる。

「一期一振殿、ちょっと、主殿と二人になりたいのであるが……」

山伏が申し出ると、一期は「どうされますか」と後ろに隠れる審神者に伺いを立てた。返事を待つあいだも山伏にじっとり見られているので居心地が悪い。

一期は主から頼られることは誇らしく思っている。しかし他の刀剣男士とはうまくやっていきたいとも思っている。

ふむ。この山伏は誰とでも打ち解ける太刀だが、主のこととなると時折感情が露になる。そこへあえて波風を立てることもあるまい。一期は思案の後、そう結論づけた。

「主、私はここらで失礼しますよ」
「え!」

主の声が部屋にむなしく響いた。何かの動物の鳴き声みたいだと一期は思った。

一期は無情にも立ち上がり、すがるような主の目線を冷ややかに受け流して「山伏殿とよく話し合うことですな」と言って、言葉とは裏腹に、主の頭を優しく撫でた。一期も、主の傷ついた様子には心を痛めたが、今は引くべきと判断した。

去り際の潔い男だ。

残された二人だけの空間。審神者は山伏を見ると再び涙を溢れさせた。正確には、まだ山伏を直視できないでいる。鼻をかむ音がやけに響く。

「主殿、大丈夫であるか」
「山伏が……」

それだけやっと言うと唸り声をあげてまた泣く。

山伏は仕方なくしばらく主を後ろから抱いて、慰めてやった。落ち着いてきた審神者から少しずつ話しを聞くに、やはり山伏の極の姿についてのことで落ち込んでいるらしかった。

「すべて拙僧の未熟ゆえ。主殿が気に病むことはないのである」

そう言われると余計に悲しくなる。

山伏の姿が変わらないのは、政府のせいだ。審神者のせいではないし、まして山伏のせいなどでもない。

しかし、考えずにはいられない。あと少し、彼を修行に送り出すのを待っていたら、こんな気持ちになることはなかったのではないか。『不備』がすべて解消されたあとなら、はじめから新たな装いで、堂々たる姿で帰還できたはずだった。本丸の、ほかの男士たちも不安にさせた。特に堀川派の二振には。

「違うよお」と言って審神者はまた泣いて、そのあいだ山伏は辛抱強く寄り添った。

「主殿」
「なに」
「今日はもう、失礼した方がいいようである。一緒にいても主殿を悲しませるだけなようだから」

審神者が振り返ると山伏はにっこり笑っていた。

山伏の笑顔に救われる。

「山伏……」

山伏が私を悲しませているのではない、と審神者は思う。それは間違いない。山伏をようやく正面から見ることができてから、やっと気づいた。

「あれ?」

なんだろう。キラキラ光っている。山伏の、右肩の辺りで。

審神者が急に離れようとするので山伏は少し寂しく感じた。今日は失礼すると言ったのは山伏の方だが。そう思っていると、「なに?」とか「なんだろう?」とかぶつぶつ呟きながら、審神者が山伏の周りをぐるぐる回っている。

「あの、主殿。いかが召された」

主の様子がおかしい。

それも拙僧の未熟ゆえか。

山伏はいつになく悲観した。悲観というより諦念に近い。刀解もあり得る。今日が主と会える最後の夜かもしれない。自分がいなくなった後、『不備のない山伏国広』がこの本丸に顕現されるのだろう。それまで一期一振が主を慰める。その全ての原因が自分にあるし、時間は戻らない。

「山伏!」
「うむ、なんであるか」
「なんだあ! 山伏! そっかあ!」

何のことかわからない。

山伏が怪訝そうに主を見上げる。主の視線が、山伏の右肩の辺りにあるような気がする。山伏の気も知らないで、なんだかすっきりした顔をしている。

「主殿、今日は、もう」

これ以上一緒に居ても、別れ難くなるだけだ。

主にとっては、二振目の山伏国広だって、拙僧と同じ『山伏国広』でしかないのだろうか。

この遣る瀬なさも今日が最後か。

自分はここまで。

そう思うとやり残したことが多い気がする。

「山伏、修行お疲れさまでした」

審神者のその言葉が引き金となった。

「これからすること、今日限りのことと思ってお許しいただきたい」
「え?」

山伏はおもむろに立ち上がると審神者を強引にベッドへ寝かせた。

「主殿」
「はい?」

審神者は場違いだと知りながら胸が高鳴った。これは、もしかして、修行の成果がわかるのでは……?

下世話な想像をしている。

「拙僧がいない時に、一期一振殿をここへ招かないでいただきたい」

ここ、この部屋へ。この寝所へ。

山伏は真剣な面持ちで審神者の目を見つめた。

無責任な願いだとわかってはいる。おこがましい願いだとわかってはいる。しかし、先ほどの体を寄せ合っていた二人の姿が脳裏をよぎると、どうしても我慢ならない。

これは制御すべき感情だ。

山伏はそのことを理解していたはずだった。しかし今や「心」のようなものが自分の中で暴れて平常心には程遠い。

山伏は主を見つめながら、不動明王に祈るような気持ちだった。感情のまま全てを主に打ち明けたい。否、そんなことは許されない。葛藤している。苦しい。この感情を、どうか、打ち砕いてほしい。

審神者は山伏の様子がいつもと違うことにようやく気づいた。

「山伏、どうしたの。一期と何かあったの?」

審神者が体を起こして山伏の頬を手で包むと、山伏もそこへ手を重ねた。

「……修行を終えて帰還したものの、このようなことになり主殿には申し訳が立たない。どんな処遇も甘んじて受ける所存である。だから、今日くらいは、どうか、拙僧の言葉にただ頷いてほしいのである」

なんだか仰々しい申し出だっった。

「処遇って」

審神者は視線をさまよわせて政府の説明を思い起こした。

少し時間はかかるが、その時がくれば山伏は必ず「極」の姿へと変化する。そして、山伏の姿に関わらず、彼には「極」の力が宿っているし、修行を終えたことに変わりはない。

審神者は山伏の右肩を見た。

キラキラした「極」のしるしが見える。

そして、山伏の口ぶりや態度から、彼が以前とは違うとはっきりわかる。

審神者は笑った。

「ふふふ。山伏、大丈夫だよ」

ふふふふ。

まだ笑っている。

山伏はちょっとむっとした。自分は真剣に話しているのに、どういうことなのか。

「主殿」

たしなめるように呼ばれてから、審神者は改めて山伏に押し倒された。山伏に怒りをぶつけられたことがなかったので、新鮮に感じて嬉しいくらいだ。

「山伏、大丈夫だよ。修行お疲れさま。私には、わかるよ。山伏が修行を終えたこと。過去のこと、乗り越えて還ってきてくれて、ありがとう」

審神者は山伏に口づけようとしたが、届かなかったので精一杯優しく笑った。

山伏を安心させる手段がないことがもどかしい。

いつも山伏を見ると安心するのは審神者の方だった。山伏のどっしり構えた態度、山伏の笑い声、山伏の筋肉、山伏の八重歯。そのどれも、見ていると安心する。

「拙僧の修行は」
「うまくいってる!」
「この姿は」
「それは、まあ。そのうち変わるみたい」

山伏は釈然としない。

「拙僧は、修行から帰還したということになるのであろうか?」

審神者が山伏の首に腕を回して引っ張るように力を込めると、山伏は引かれるまま審神者に顔を寄せてくれた。審神者はやっと山伏に口付けた。

「『極』の味がする」

主の突然の冗談に山伏は呆れた。大事な話しをしていたのに。それに一期一振殿とのことをごまかされた気がする。

それでも愛しいと思う気持ちが勝るので山伏も主に口付けを返した。

「どんな味であるか?」
「千年に一度の素晴らしい出来。豊かで、逞しくて、優しくて……」

山伏はさらに呆れた。

でも好きだと思った。

「主殿、」

今度の口付けは深かった。


山伏が仰向けに寝転がったので、審神者は腕に頭を乗せた。山伏は好きにさせている。

「手紙ありがとう。何回も読んじゃった」

何回も、なんてものではない。手紙が汚れるのが嫌なのでコピーを取って、山伏が帰還するまで、そのコピーを肌身離さず持ち歩いていた。コピーがボロボロになるのでコピーのコピーまで取ったくらいだった。原本はすっかりしまい込んである。

「主殿の祈りはいつもこの胸にある。そして山伏国広に込められた祈りがどんなに情深く、切実なものであったかこの度の修行でよくわかった。修行へ行かせていただき感謝申し上げたいのは拙僧のほうである。主殿の祈りに応えられるよう、これからも鍛錬に励むつもりである」
「うん。私からも、これからもよろしくお願いします」
「うむ。修行はまだ続くようであるからな。よろしくお頼み申す」

山伏を窺い見ると、にっこり笑っていた。安心した。山伏は前と変わらないようで、ちょっと違う。修行は続く。戦いも続く。日々も続く。これからもそんな風に、変わりなく、それでいてちょっとずつ違う、そんな毎日になればいいなと思って眠りについた。

セントー


Centho
セントー
2,500円

鮮やかなブルーの箱に長方形のチョコレートが収められている。チョコレートはシンプルながらもジャム入りにはカラーのライン、産地別のカカオを味わうショコラには国の名前がプリントされていて、どこか整然とした印象を受ける。

ガナッシュはとてもなめらかな舌ざわり。コーティングのチョコレートとガナッシュのバランスがそれぞれ絶妙。ブラックカラント、パッションフルーツ、アプリコット、ユズなどジャズには遊び心がありつつ、どれもチョコレートとの相性はよく美味しい。

カカオだけでなくこういったガナッシュにもこだわって作っているのがよくわかり、チョコレート好きだけでなく、多くのひとにとって嬉しいアソートになっている。

LENOTRE

LENOTRE
ルノートル
3,564円

外装は高級感のあるマットな白。丁寧に整形されたショコラは芸術作品のよう。

プラリネがメイン。ヘーゼルナッツ、アーモンド、ピスタチオ、くるみなど、多彩。コーティングは油分の少ない感じでさっぱりしている。プラリネを楽しむ為に極められた究極のショコラ。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2021年01月 >>
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
アーカイブ