※twstBL
※イデア夢
※イデア×モブ寮生♂
※notイチャラブ
※イデアが経験豊富っぽい描写あります




イグニハイドの寮長は謎多き人物である。イグニハイド寮生は彼のことを尊敬はしているが、畏怖に近い。よくわからなくて、恐ろしいのだ。

イデア・シュラウドという男、前寮長に指名されてイグニハイド寮長になってからというもの一人部屋の寮室とちょっとした権限を手に入れて自由を謳歌していた。イデアに口ごたえする者は弟であるオルト・シュラウドくらいのものだ。欲しいものはなんでも手に入れんという勢いがある。

イデアは今日も『自由』を欲しいままにしていた。

「イデア先輩、お部屋けっこう綺麗にされているんですね」

ベッドの上に胡座をかいて座るイデアからひと一人分ほど空けた隣には、サバナクローの腕章を結んだロモという生徒が座っていた。獣人の耳をそわそわと動かしながら落ち着きなく部屋を見回している。ロモは猫の獣人だ。対してイデアは着古した部屋着に学校指定の白衣を羽織ってくつろいでいる。

「綺麗に見える? そのへんけっこうホコリたまってるよ」

イデアは冷たくそう答えた。実際イデアはこの部屋をそれほど綺麗だとは思っていない。彼の実家のピカピカに磨かれた床に比べれば、たいていそんな風にちょっと汚れて見える。

ロモはイデアの機嫌を損ねたと思って「すみません」と小さく謝罪した。

イデアは気分屋だ。機嫌のいいときはとことん良いが、機嫌の悪いときはとことん悪い。機嫌のいいときのイデアは神様みたいになんでも与えてくれる。ロモはそのときのイデアになってほしくて糸口を探した。

たとえば手土産に持ってきたお菓子とか、このあいだ購入した電子書籍とか、きのう読んだカーデザイナーのウェブ記事の話題なんかもいいかもしれない。ロモはイデアに興味を持ち続けてもらうため、機嫌よく過ごしてもらうため、日常のどんなこともイデアに関連づけて過ごす癖がついていた。イデアに喜ばれるならなんでもいい。

でも、イデアに喜んでもらう一番の方法は簡単だった。イデアは『猫』を撫でるのが何より好きだから。ロモはイデアが自分のような一生徒と交際している理由もそこにあるとわきまえている。

「ねえ。それより」

イデアは続けて「こっちおいで」と言って薄く笑った。

ロモはいつでもイデアの許しを待っている。自分からということは滅多にない。イデアの機嫌を損ねないためには彼から教えてもらうのが一番いい。待ちに待ったイデアからの「おいで」にロモが顔を赤らめて彼の近くに擦り寄ると気まぐれに爆ぜるイデアの髪が頬に触れるほど近づいた。

イデアが自分と交際する理由、それがなんであってもかまわないとロモは割り切っている。いま彼が自分を特別にしてくれている、それで十分満足すべきだ。

イグニハイドでは寮生以外が寮内に入るにはセキュリティ管理者からあらかじめ許可されておく必要がある。ロモへの許可は寮長であるイデアがおこなった。イデアから入室を許可され、イデアに選ばれ、いまイデアのパーソナルスペースへの侵入を許されている。ロモはその甘美な響きに酔いながら頭を垂れてイデアに服従を示した。

自分は幸せだ、そうロモは思った。

「やっぱり猫たんはいいねえ。はあー、かわいい」

イデアは文字どおり猫撫で声でそう言った。「よしよし。いい子いい子」と言ってロモの猫耳を両手で遠慮なく撫でている。さっきまでとはまるで態度が違う。

ロモは耳を触らせながら、優越感に浸っていた。快感物質が分泌されているのが自分でわかる。

イデアはやわらかい毛に覆われた動物が好きだ。人間にはそれがないから好きになれないのではと思うくらい猫や犬の触り心地が好きだ。獣人の耳や尻尾に触れることはイデアを心底癒やしてくれる。ロモの前の恋人も、その前もそのまた前も恋人は獣人だった。そんなことをイデアがロモに説明したことはなかったが野暮なので今後確認することもないだろう。

欲望に忠実な自分をごくたまに恥じるくらいにはイデアは獣人が好きな自分に自覚的であるがそれがなんだと言うのか。見よこの少年の悦に入った表情を。イデアは癒されロモは悦ぶ。損をする人間が誰もいない。合理的だ。効率的だ。

イデアは非効率的なことが嫌いだ。非効率的な勤勉さは怠惰と同じだと思っている。

しばらく好きに撫でているとロモが顔を上げた。目はうるうると潤んで息を弾ませ、欲情していると一目でわかるような様相だ。

「イデア先輩、俺も触りたい」
「フヒヒ、素直でいいですなあ」

イデアは拒否しなかった。

ロモはイデアの長い髪をおそるおそる避けて白衣に手をかけた。

イデアの髪は燃えているが触っても少しも熱くない。淡く輝いて透明感のあるブルーは燃えているのにかえって冷たい印象を与えている。イデアが冥府の番人ならば一筋の光も差さない地下の底にあっても彼を目印にできて安心だとロモはぼんやり考える。彼が神様の血を分けた末裔だと言われても「そうか」とあっさり信じるだろう。

白衣を脱がしてロモはイデアをそっと押し倒した。もう何度もイデアに触れているのにテキーラを何杯もあおったかのように心臓が激しく脈打っている。

ロモの指先は震えていた。だってこんなのたまらないじゃないか。人間嫌いで自分本位で金持ちで権力を持った男に「かわいい」と笑いかけられて。タブレットを通じてコミュニケーションを取りたがる男にわざわざ呼びつけられ、いまロモはイデアのテリトリーで彼の体の上にまたがっている。ロモはその事実だけで恍惚として口元を自然と緩ませた。

ロモは布越しにイデアの下半身に触れながら、自分の上半身をイデアの胸板に重ねて頬擦りした。

これはマーキングだろうか。それはロモにもわからない。本能的な行動であることは確かだ。

本能が、欲求が、満たされていくのがわかる。

イデアは自分に甘えるロモの頭を優しく撫でてやる。もちろんふわふわの毛に覆われた可愛い耳にたっぷり触りつつ尻尾の方にも手を伸ばした。

そのとき突然ロモのポケットに入った携帯端末が電子音を鳴らした。二人とも驚いて飛び起きた。

「すみません!」
「あっ、電話。……いいよ、出て」

ロモは端末に表示された名前を見た。同じ寮の先輩だ。ダンス部で知り合ったが部活動に熱心というわけでもなく余りいい噂のない先輩だ。

ロモが電話に出るあいだ話しを聞くのも悪い気がしてイデアはベッドを離れてデスクの方へ行った。イデアはロモの交友関係に興味はない。ロモが他の男と浮気などしていれば話しは別だが幸い今のところそのような心配はしたことがない。ネットニュースを流し見しながら時間をつぶしていると電話を切ったロモに声をかけられた。

「イデア先輩、すみません。お待たせして」

それからロモは「寮の先輩に呼び出されちゃいまして」と歯切れ悪く言った。

「そう。じゃあ……」

イデアはそう言ってロモを見つめたがロモが気まずそうに下を見ているため表情は窺えない。恋人とこれからというタイミングではあったがイデアはそれで怒ったりはしない。陽キャには陽キャの付き合いがあって大変だなあと思っているし、どちらかと言うと関わりたくないのでこの話しは終わりにしたい。

一方でロモは「引き止めないんだ」という言葉を飲み込んだ。

ロモがじっとして動かないのでイデアは「行かないの?」と言って反応を窺った。

「寮の先輩、俺のこと嫌いなんですよ。こんな時間に呼び出すのも嫌がらせかも」

ロモはそう言って顔を上げた。

イデアは不思議な気持ちでロモを見返した。なぜロモがこんなことを言うのか少しもわからないが、なんとなく気まずくてすぐに顔を逸らした。

「へぇ。そう」

イデアの返事はそれだけだった。

ロモは泣きたくなった。みっともなく泣きついてイデアに慰められたいと思った。

こんなに好きになるなんて。

こんなはずじゃなかった。

イデアは陰キャと自称しているがその本質は温厚さにある。イデアは周りに合わせて騒ぐことはないし雪玉をぶつけられても怒らないしいつも自分のペースを崩さない。イデアはその温厚さとマイペースさで時折年上らしい振る舞いをする。ロモにはイデアが寮生に慕われる理由がよくわかる。

もし自分がイグニハイド寮生で彼に庇護してもらえたらどんなに良かっただろう。

イデアは頭がいい。秀でた才能がある。家柄もいい。髪は燃えているが背も高く容姿もけっこういい。持って生まれたものがこれだけあるのに、そのうえ勤勉で温厚で面倒見がいい。

イデアが怒ったり感情を露わにするのは自分が愛情を注ぐものを否定されたり汚されたり攻撃されたときだけだ。

イデアが愛情を注ぐもの。

オルト・シュラウド。崖っぷちもいらす。魔導工学。好きなアニメ。好きな映画。勤勉さ。

ロモはそこに自分が含まれていないことに気づいてしまった。

イデアは自分に愛情を注いでいない。自分が攻撃されたとき、イデアは自分のために怒らない。オルトが誰かに呼び出され嫌がらせされたらイデアは絶対に黙っていないし全力で報復するだろう。オルトと同じにはなれないにしても、少しは自分に心を砕いてくれると信じたかった。

現実はいつも厳しい。

まあそうだろう。ロモは勤勉とは言えないサバナクロー寮生だし魔導工学への興味もそんなにない。

こんなことなら下手な試し行動などしなければよかったとロモは後悔した。気づかなければずっと幸せでいられた。

イデアは悪くない。イデアはこのことに無自覚だ。イデアはロモを恋人として特別扱いしており他の生徒とは明らかに区別している。イデアは誰かれともなく部屋に招いたりしないし、まして体の関係など持たない。ただそれが愛に基づくものではなかっただけのこと。

ロモは顔を引きつらせて「じゃあ行きますね」とかすれた声で告げて部屋を出た。そうするしかなかった。

いつかイデアの心を射止めて彼から心底愛される人が現れるだろうか。そんな人が永遠に現れなければいいとロモは願った。そうすれば『自分がイデアに愛されなかった』のではなく、『イデアは人を愛せなかった』と思える。

ロモはイグニハイドの暗い廊下を歩きながらイデアの不幸を願った。

寮から出ると雲のない星空に流れ星が見えて、ロモは息を吐いて笑った。それは余りに綺麗で神様が願いを聞き届けるに相応しい夜と思われた。

願いをどうか叶えてください。

ロモは立ち止まって手まで合わせて心の中で願った。

イデアが誰も愛しませんように。

イデアが誰も愛さなければ、イデアの恋人はみんな救われる。自分もそうだ。

ロモには転んでもただでは起きない不屈の精神がある。傷ついて一人で泣くのは性に合わない。ときどきサボったり人の不幸を願ったりするくらいがちょうどいい。何度くじけても、何度自分の理想が覆されても平気だと確信している。生まれ持ったものが少なければ他の何かで補えばいい。

ロモは顔を上げてまた歩き出した。

その顔には物語のはじめにヴィランズが浮かべるような悪い笑みが浮かんでいた。