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母さん

今日は何十年かぶりで母さんのそばで眠ることができる。



やさしい母さん…



母さん、いままでそばにいなくてごめんなさい。




今日はずっとそばにいるから…





ボスは・・



私の母さんがなくなってしまった。










今日の母へのお見舞い

今日、母のもとにお見舞いに行ってきました。

今日は母はうなされず、おだやかに休んでいるように見え、たまに開ける目が合ってもまたゆるやかに休んでいて、私も心おだやかに帰ることができました。

母へのお見舞いのあと、母の病院の地区の神社に行き、母のくるしみがなくなるようにお祈りしてきました。

神社に私が進んでお参りするのは12、13
年ぶりです。
ここの神社は、私の父の生家のそばの、私が改めて見れば、「こんなりっぱな神社だったのだなぁ」と、私の不信心さが恥じられる感じがわいてくるくらいの神社でした。

神社からはこの地区の港が一望でき、雪がちらついてはいても、気持ちがなんとなく晴れるような気がしました。母にできるだけのことの一部をしているという気持ちもあり、軽くなる感じがしました。

神社に人影はなく、堂々と、照れることなく、お願いをつぶやきながら、心からお祈りできました。

無人のおみくじ箱からおみくじをいただいたところ、母の病室412号室と同じ12番のおみくじが出て、まったく今の私を諭すような、しみじみと考えてしまうようなことばが書かれておりました。当分かみしめ暮らします。

帰り際、今日の記念に神社の横からまったく同じ二枚の写真を撮りました。
家に帰りしみじみながめると、二枚目の、神社の横の植え込みに、同じ場所を撮影した一枚目にはない白い太いろうそくのようなものが映っており、何かのお知らせなのかとも思われました。

神社には、母をお見舞いの都度、詣りたいと思っております。



画像は病院そばのお店の塩ラーメン。

かなりおいしい。しょっちゅういただいております。

あなたにも。

ボスは母が危篤で弱まっている。

ボスは、母が危篤で弱まってます。


母は9か月前に大腸がんの摘出手術後、昨年10月に肺にがんの転移が見られ更に摘出手術をしたのですが、術後3か月で摘出反対側の肺にあった小さながんが急速に大きくなり、その進行が早すぎて、現在胸骨が溶けるくらいになり、ドクターも「手のほどこしようがない、余命1か月」と1週間前におっしゃいました。

母は今、モルヒネの中でもうろうとしながら、病、痛みとたたかっております。


病院は、現在、面会謝絶対応ですが、病院では余命短い患者の家族のみ、1日15分を限度に面会、お見舞を許してくださっており、ボスは片道45キロ車を走らせ面会に行っております。

ボスは昨年11月下旬に東京で心臓血管手術し、回復のための病気休暇が切れる数日前の今年1月10日に、心臓が苦しくなり、地元の病院に運ばれ、病気休暇が更新されたので、今、母に面会に行けるのです。
これも不思議なことです。心臓が痛まなければ1月15日から職場に出勤し、仕事に埋もれ、危篤の母に会いに行けなかったわけですから。

神さまからいただいた病気休暇です。

母にできるだけのことをしたいと思うボスでした。


画像は、以前母がよく作ってくれたエガイの味噌汁を再現し作ってみたもの。

母の味噌汁には及びませんが、母をしのんで食べました。

あなたにも。






乾燥の更科そばを茹でてお店の雰囲気を味わうプチぜいたく

乾燥の更科そばを茹でてお店の雰囲気を味わうプチぜいたく。

更科そば、とは、そばの実をひいて粉にする際に、外皮の内側、そばの実の乳胚、一番粉をそばにした、白く上品な味わいのお蕎麦なのです。


これを乾麺で買ってきて(正確にはAmazonで大量種類購入し味比べし)、茹でていただいている次第なのです。


神田藪そばとかまつやとか、室町砂場とか、ああいったお蕎麦屋さんに行ったつもりでいただく更科のもりそば。

あえて麺を流さず(上げて流すように盛らず)ワサワサ、というかバサッと盛った専門店風もりそば。

蕎麦湯もとろりおいしい。


うーん、プチぜいたく。


これもまたよし。


あなたにも。





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