今日、前記事をアップし、急にある方のブログを見たくなって訪問したら、その方のだんなさんが、そのブロガーさんのご逝去を伝えていらっしゃいました。
しばらく呆然、そしてたまらない悲しみ、私の不甲斐なさで苦しくなりました。
私がそのブロガーさんの逝去を止めることができたとは、決して申し上げませんが、何かお力になってあげたかった…。
その方には私の母の姉みたいな親しみがありました。ブログその他で幾度かお話させていただき、最初私が抱いていた誤解が解け、私、大した力になることもできないけれど、話は聞きたいなと思うようになりました。
私がお話することで針の先くらいでもそのブロガーさんの気晴らしになればうれしいなと思うようになりました。
でもそのブロガーさんは突然いってしまいました。
できれば、同じ時代に生まれ、生き、ブログで接点を持ち、少しでも互いに魂の共感を持てた者どうし、生きた交流をさせていただければよかった。
いまはただ、無限の反省をするのみです。
お力になれず ほんとうにごめんなさい 合掌
おくやみ申し上げます
記事タイトルを見てすぐにどなたのことかわかりました
残念なことですが
文字にしていた以上にその方の闇は深かったのかもしれないですね
言葉を交わしていた間だけでも
その方は救われていた部分が大いにあったのでなはいでしょうか
反省するだなんて…
自分を責めてはいけません
元気だしていきましょう
本当に心配していただけあって、自分の無力さを痛感しました。
天国では元気になっていると良いですねえ
人が亡くなった時。
残された人間は色んな亊を思います。
己を責めたり、他人を責めたりもします。
もちろん大変な悲しみや、喪失感にも襲われます。
ですが。
それは間違いなく亡くなったその方が残した証であり軌跡だと思います。
だから、その方の周りの方は各々が感じるままに、その方を偲ばれればよいと思います。
でも、一つ間違いないのは、その方の命に関して『誰も責めを負うべき人間は居ない』といふ事実で御座ひます。
命とは、そういうものだと思います。
などと。
偉そうに申し訳ありません。
その方のご冥福をお祈り致します。