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カフェのまぼろし



「いらっしゃいま・・せ。」



その時、まぼろしを見ている気がした。




ここは私のお店「カフェ椿」。

長年の夢であったカフェを開業し、はや6カ月。
多忙のなか、なんとか自分の理想のお店に近づけ、作り上げてこれた。

店内にはいつも生花を生け、カップやお菓子皿はヨーロッパの名陶を用い、流れる音楽は静かなヨーロピアンミュージックや映画音楽、クラシック。

女性に人気のある、しっとりとしたお店に仕上がっていた。



そんなある日の木曜日。




彼女がお店に入ってきたのだ。



20年前に私が通学駅で知り合った彼女。

お互いに意識していたけど、彼女は私より4歳年上の短大生。
私はただ遠くからあこがれ、見つめたりするしかなかった。



そんな彼女、彼女は「椿」が地名についた地区に住んでいた。


「椿」。


その頃から私は、椿の花がむしょうに好きになった。

あの鮮やかな、しっとりとした椿の色。
大好きになった。



カフェにはこの花を使った名前をつけよう・・・いつか、というか私は自然に、そう思うようになっていた。



そしてつけた名前、カフェ椿。



彼女を知って、いつしか彼女は保母さんになったと聞いていた。そして彼女は結婚もなさった。

私はいつしか彼女のことは忘れていたが、なぜかしら、椿の花が好きなことはずっと続いており、カフェ開業に当たっても、あのしっとりとした赤色の椿のイメージをカフェの名前につけたくて、自然にお店の名前は「カフェ椿」となっていたのだ。


カフェ椿は、県庁所在地の商業区域に開店した。

そういえば、お店の近くには、彼女が保母さんの資格を持たれたカトリック系の短大があった。

でもあれから20年。私はそんなことも忘れていた。




そんなある日の木曜日。




彼女がお店に入ってきたのだ。



彼女はしばらくして気づいてくれたようだ。

でもお互い、長かった時間の壁にさえぎられ、お話を切り出すことも、もちろんお互いに見つめることもできなかった。


ただ静かに映画音楽が流れていた。




音楽に私の好きな「ナイト・アンド・デイ」が流れはじめたとき、彼女はキリマンジャロとチョコブラウニーをオーダーし、
私はいつものとおり、ネルで丁寧に珈琲を淹れ、フルーツを添えたチョコブラウニーを、私がいちばん好きな椿の絵皿にのせ、お出しした。


彼女はわかってくれただろうか。私の気持ちを。






静かに時間は流れた。



彼女は帰る時間となったようだ。



私は最後まで、彼女には自然に、心静かに対応しようと決めていた。



会計をし、お店を出ようとする際、彼女はためらうように立ち止まった。


「とてもおいしかったです。椿のお皿、きれいでした。ありがとうございます。

また・・来ていいですか・・。」



うれしかった。


お店を開いてよかった。












いつしか私は涙で枕を濡らしていた。


なつかしい、どこか切ない、明け方の夢であった。






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