またロトの話です。
今回、3月4日抽選の第486回ロト6、私はある試みをしていました。
昨年暮れ辺りから、私はロト6について、書籍、雑誌、ブログで徹底的に勉強し、そして第1回から現在回に至るまで、結果を徹底的に分析しました。
そして、最近では「ロト数字には神様がいらっしゃる」という、根拠はハッキリあるわけではないのですが、そういう考えに至りました。
でも、心の中では、「でもね。よくかき混ぜられる43個の玉が、意思を持って出るはずがないよね‥」とかという思いもチラッと、ほんとにチラッとは、やはりあったのです。
で、今回の私の「試み」とは、「ロトの数字には本当に神様がいらっしゃるのかどうか」ということをはっきり確かめるための試みだったのです。
今回の当選数字と、私の選んだ数字(当選にいちばん近いと思われる数字)は、
当選数字
16、25、27、29、34、41
私
15、27、30、33、35、42
ですよ。何となく惜しいでしょう。今回、他にも惜しい流れは複数ありました。
私の最近のロトに関する記事、しょっちゅう「惜しい惜しい」と書いていますよね。
私としては、毎回確かに考え方が惜しいと思うのです。
ふつう、「当てよう」と思って、何回もここまで近づくことができると思いますか。
私は断言いたします。
「ロト数字には、確かに、意思を持った神様がいらっしゃる」のです。
もしくは、「みずほ銀行は、夢ロトくん(ロト玉の撹拌装置)に何らかの細工をしている」のです。
もちろん、後者はあり得ませんよね。
今回「27」が出たのは、私からすれば「ロトには神様がいらっしゃる」ということを裏付ける、一つの証拠だと思っています。
最初から、27が出れば、神様はいらっしゃることになる、と思っていました。
「27が出る確率なんて、43個のうちから6個選ばれるわけだから、7分の1程度。出ても全然不思議ではない」と 皆さんは思われることでしょう。
でも、これは私にとっては、半ば奇跡みたいなすごく不思議なことなのです。
なぜ不思議なのかは言えません。
でも、これは断言しましょう。
す ご く 不 思 議 な こ と な の で す (ただ繰り返しただけですが)
でも、私のこのことへの力の入れようから、おわかりですよね。すごく不思議なことだということが。
とにかく不思議なことなのです。
「25」が出たのもその考えに拍車をかけているのです。私からすれば、偶然と片付けることは到底できません。
今回の結果を見て、私は、ロトの神様が「ボスさん、まだまだだよ。だが、なかなかいいところまでは来ているね。では。次の私の手をしっかり読んでごらん。」とおっしゃっているようでならないのです。
私はこれからも一層、神様に好かれるような行動をします。そうした人になります。
そして、ロトに当たり、多くの人に役立つことをいたします。